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マルメルモックの街医者  作者: はねうさぎ
閑話:シロの悩み
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 シロは悩んでいた。どのくらい悩んでいるかと言うと、すれ違う人たちが漏れなく「どうした?」と聞いてくるくらい悩んでいた。

 診療所では出来るだけそんな素振りは見せないようにしている。見せてしまえば優しい彼らに確実に心配させてしまうからだ。

 と言っても、シロは元々正直な人間である。どことなく元気が無い事はウツミも気が付いているし、マオとミアに至っては理由まで見当がついている。ただ理由が分かったところでどうしようもない問題であるので2人も黙って成り行きを見守っているのだ。


 シロの悩み、それはウツミの元上司、カガミのことである。




「来ちゃった♡」


 ノアを家に送る為にウツミが仕方なくカガミに連絡を取った翌日、カガミは再び診療所へとやって来た。

 前日とは違い私服姿の彼女は一見いいところのお嬢さんのようで、とても軍人には見えなかった。


「先輩、仕事はどうしたんですか?」

「お休みよ?」

「それはいつ決まった休みですか?」

「昨日かしら?」


 何でもないことのように言うカガミにウツミはため息をついた。

 つまり彼女の言っていることは、昨日ウツミの所在を知ったので、話をするために急遽本日休みをもぎ取ったという事である。


「あんまりリトを泣かせないでくださいね?」

「失礼ね。ちゃんと可愛がってるわよ?」

「まあ先輩としてはそうなんでしょうけど」


 ウツミとの会話が一段落ついたところで、カガミは室内に目を向けた。

 相変わらず患者のいない診療所ではいつものように午後の休憩として揃ってお茶をしていた為、待合室では3人の従業員たちがお茶を片手に興味津々でこちらをチラチラと伺っていた。


「こんにちは。昨日は挨拶もしないでごめんなさいね。改めまして、ウツミの元上司のカガミよ。」

「あ、マオです。ウツミさんに雇ってもらっています」

「ミアです。マオに同じくです。よろしくお願いします!」

「あ……シロです」

「マオにミアにシロね。これからよろしくね。」


 3人と挨拶を交わしながら自然にその輪の中に入っていくカガミに、ウツミはため息をつきながらお茶を淹れに行った。



「それにしても、ウツミさんって元軍人だったんですね! 全然そんな雰囲気じゃないんでびっくりしました!」

「まあ軍人って言っても軍医だったからね。ところで軍医と言えば、『戦場の青い天使』って知ってる?」

「ああ、有名な人ですよね? 戦場を駆け回って傷ついた兵士たちを治療してる軍医で、どんなに重症でも一瞬で治してしまうとかなんとか」

「そうそう! それで助けられた人たちが皆その人のことを崇拝してて、その人が髪も目も服も真っ青だからそう呼ばれるようになったんですよね!」

「へー、そんなすごい人がいるんだね」


 カガミの言った人物に心当たりがあったらしいマオとミアは盛り上がっているが、ウツミに拾われる前の記憶のないシロは当然知らず、2人の話を聞いて感心している。


「貴方は聞いたことなかったの?」

「たぶん初めて聞いたと思います」

「えー残念。国中に噂を広めたつもりだったのになぁ」

「え。あの噂、カガミさんが意図的に広めたものなんですか?」

「えー!? じゃあデマってことですか!?」


 ミアが思ったままに失礼なことを口にしたため、マオが慌ててその口を塞ぐ。


「あはは! デマじゃないわ、内容は全部本当よ。私はただ噂が国中に広がれば逃げられなくなるかなって思って、敢えてそこら中で吹聴して回ったってだけ」

「逃げられないようにって……」

「あ、別に拉致監禁とか拘束してたとかじゃないわよ? 軍医を続けて欲しかったって意味。まあ結局逃げられちゃったんだけど」

「なんだ、今はもう居ないんですね。けどその人そんなに噂が広がっちゃったんじゃ普通に生活するのも大変なんじゃないですか? 青い髪に青い目なんて目立つでしょうし」

「でしょう!? 私もそれが狙いだったわけ!」

「カガミさんなかなかに酷いですね」

「それくらい辞めて欲しくなかったってことよ。愛でしょう? まあその髪も目も天然モノじゃなかったみたいで、私の目論見は見事に外れた訳だけど」


 そこでちょうどお茶を淹れて戻って来たウツミをカガミが不満気に睨みつけた。

 その様子を見た3人は目を丸くしてウツミを見たが、話を聞いていなかったウツミはその反応の意味が分からず怪訝そうな顔をした。


「青い天使……」


 思わずと言った感じで呟かれたミアの言葉はしっかりウツミの耳に届いて、ウツミは苦虫を100匹は嚙み潰したようなとても苦い顔をした。




 それからというもの、カガミは週に1回は診療所に来て「如何にウツミが優秀で軍にとって必要か」という話を3人に聞かせた。

 その度にウツミは「人手不足だし、先輩は都合のいい部下を連れ戻そうとしてるだけ。俺は戻るつもりはないし、そのうち諦めるだろう」とは言ってくれるが、シロにはカガミがそんな簡単に諦めるとは思えない。

 それになんだかんだ言いつつカガミが来ればお茶を出してもてなすウツミは、本人は否定するがとても優しい人だと思う。だからこのままカガミが勧誘を続ければそのうちウツミが頷いてしまうのではないかと思えて仕方がないのだ。


 それに加えて、昨日カガミが言っていたことが更にシロを悩ませた。

 カガミが来るのは曜日も時間も不定期であるのにも関わらず、彼女が来た時に患者が居たことは一度もない。今は夏なので患者は週に1人か2人、多くても5人に満たない為当然といえば当然なのだが。

 そんな現状に彼女は悪びれることもなく言ったのだ。「軍に貴方が居ないと困るけれど、もしこの診療所が無くなってもきっと問題ないわよ」と。

 流石にそれにはウツミも分かりやすく不機嫌な顔になり、失言に気づいて謝るカガミを追い出してくれたのだけれど。

 シロも思ってしまったのだ、「ウツミさんのいるべき場所はここではないのではないか」と。


「はぁ~~~……」

「シロ先生、悩み事ですか?」


 薬草かごを持ってトボトボと歩いているところに今日何度目か分からない声をかけられ、顔を上げると行きつけの店の店主であるアズサさんが心配そうな顔でシロを見ていた。


「私にも何か出来ることがあるかもしれませんし、話してみませんか? 先生にはいつもお世話になってますし、力になれるならなりたいです」

「アズサさん……」

「ほら、皆も心配してますよ?」


 アズサに促されて周りを見ると、先程声をかけてくれた何人かが心配そうにこちらを見ていた。皆診療所に来たことがある人たちだ。

 シロは皆が心配をしてくれたことを嬉しく思うと同時に、心配をかけてしまったことを申し訳なく思った。だから話したところでどうにもならない問題だと知りながらも、話せる範囲で彼らに悩みを打ち明けることにしたのだ。


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