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マルメルモックの街医者  作者: はねうさぎ
第一話:ミアとマオ
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『昨日、南の平原に『ヒノウシ』の群れが観測されました』

『昨年よりひと月位早いですね』

『今年は暖かくなるのが早かったですからねー』


 良く晴れた春の昼下がり。街外れの診療所に患者はおらず、白衣を羽織った男が1人待合室のソファで寛いでいる。

 男は肩まで伸びた少し傷んで赤みがかった黒髪をだらしなくならない程度にひとつにまとめており、身長は平均より少し低く線は細め。顔はよくよく見ると整っているのだが、総評としては特に記憶に残らないようなどこにでもいそうな見た目をしていた。

 男はラジオから流れる男女のアナウンサーの会話を聞いていたが、診療所の外からカンッカンッカンッと軽快に階段を上がる音が聞こえてきたため意識をそちらに向けた。

 足音が止むと同時に開かれた診療所の扉の先には、白いシャツを着た男。こちらは綺麗な黒い髪にアイドルのような整った顔をしており、背も高くとても女性から人気がありそうだ。その腕には大きなかごを抱えており、中には植物がこれでもかというほど詰め込まれている。


「ただいま戻りました! ウツミさん、確認お願いします!」


 今回は自信があります! と言って、男は抱えていたかごを白衣の男――ウツミの前の机に勢いよく置いた。

 ウツミは嬉しそうな男の顔からかごへと視線を移し、かごを置いた際にこぼれ落ちた植物を摘まみ上げくるくると弄んだ。


「シロ」

「はい!」

「不合格」

「え!?」


 ウツミの簡潔な一言に、白いシャツの男――シロは心底驚いたというような顔をした。


「え? 判定早すぎません??」

「俺が頼んだのは黄緑色の薬草だからな」


 かごに入っているのは全て紫色の植物だ。


「あれ? そうでしたっけ?」

「そうでした。っつーことでまた明日ガンバレ」

「はい! がんばります!」


 シロはひと月程前に訳あって路地裏で行き倒れていたところをウツミに拾われてこの診療所の居候となった。その際に何か手伝わせてほしいと志願し、結果ウツミから3つのことを頼まれた。

 その1つがこの薬草の採取という仕事だったのだが、今のところシロが指定通りの薬草を採って来たことはない。

 ウツミも頼んではみたものの、そういった知識の全く無いシロが正しく“取ってこい”出来るなどと思っていなかったため、特に出来なくても気にしていない。それに頼んだものでなかったとしても、なかなかどうして偶に貴重な薬草を偶然採ってきていたりもするのだ。


 かごの中の植物を仕分けるウツミに許可をとり、シロはお茶を入れるため給湯所へ向かった。

 シロはとても不器用である。そして基本的に何もできない。本人にもその自覚はあるので、何かするときには極力ウツミの許可をとるようにしている。

 頼まれた手伝いの2つめは家事全般だったのだが、最初に夕食を作ろうとした際に、キッチンの床は水浸し、作業台は粉まみれ、ごはんはマズイという見事な3アウトをやらかした。

 しかしウツミは「美味いとは言えないな」と言いつつも完食してくれたし、キッチンの惨事も「豪快だな」と笑いながら一緒に掃除してくれた。

 他にもシロが動くと逆にウツミに面倒をかけてしまうことが多々あったにも関わらす、変わらずシロに頼みごとをするし、行動を制限することもしていない。

 シロはそんなウツミが大好きで、少しでも役に立とうと日々がんばっている。



「『ヒノウシ』って何ですか?」


 未だ流れているラジオを聞いたシロが、ウツミのお茶をテーブルに置き、自身は向かいに座りながら尋ねた。

 余談だがティーパックのお茶を淹れることは、シロが初めてここで出来るようになったことだ。最初に淹れたときは底が見えないほど濁っていたし、次に淹れたときはほぼ白湯だった。不器用だがやれば成長するのだ。

 ウツミは作業の手を止め、淹れてもらったお茶をひと口飲んで満足そうに頷いた。


「ヒノウシってのは、群れで大移動するでっかい赤牛だな。寒くなると南へ、暑くなると北へ群れで移動するんだが、春の間は南の平原に姿を現すからこの辺じゃ春の風物詩みたいなもんだ」

「へー! 危なくないんですか?」

「おとなしい性格だからこちらから危害を加えない限りまず襲われることはないよ。気になるなら見に行ってみたらいい」


 目を輝かせながら聞いている様子をほほえましく思いながら、ウツミはシロに提案した。


「わー! 行ってみたいです! ウツミさんも一緒に行きましょう!」

「いや、一応診察時間内だからな」

「あ、そうでした! じゃあ診察時間終わってから一緒に行きましょう!」

「俺はいいから行ってきな。遅くなると今度はオオカミが出て危ないから、行くなら明るい内の方がいい」

「むー……じゃあしょうがないのでひとりで行ってきます」


 一緒に行けないのを不満そうにしながらもやはり気にはなるらしく、シロは淹れたばかりのお茶を急いで飲み干した。


「あ、念のためヒノウシにはあんま近づくなよ」

「はーい! じゃあ行ってきます!」


 帰ってきた時と同じようにカンッカンッカンッと軽快な音を立てながら元気に出ていったシロを見送って、ウツミはかごいっぱいの薬草の仕分け作業を再開した。



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