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第二話

アイテムボックスの一件でなおこのこと運営に人の心はないのかと多くのプレイヤーが沈痛な顔をして。ゲームをやり進めれば進めるほどライラに愛着を持つ一方。着実に良心を痛ませながらヒロインたちを攻略することになるのだけども。


ライラは移り気な主人公に嫉妬する攻略キャラと主人公の間に立ち、仲裁したり。恋のアシストもする。


その理由は好きな人に幸せになって欲しいからだ。シスターでもある自分はリリーと添うことは出来ない。ならばリリーの望みを叶えたい。


大好きなリリーに幸せになって欲しいという想いからライラは奮闘するのだ。

そんなライラにプレイヤーが後ろめたさを募らせるゲーム終盤。ライラは殆どのルートで魔王の攻撃からリリーを庇って死ぬ。


繰り返すが魔王の攻撃から身を挺してリリーを助けて死ぬのだ。


なおライラの記憶は死に際で戻り。自分と愛する両親に不幸をもたらした憎きリリーを前に。怒りとも。愛惜とも取れる悲痛な呻きを上げながら死んでいく。大抵、プレイヤーは此処で運営に人の心はないのかと嘆くけれども。


主人公のリリーは彼女の分も。自分たちは幸せになろうと攻略キャラとなんの後悔も未練もなくそのままくっつく。


というか攻略キャラ側に主人公と恋人になることを躊躇う理由があっても。ライラの死に背を押されて攻略キャラは主人公と恋人になるのであまりにライラが浮かばれないとプレイヤーはエンドロールで死んだ目をし。ライラの攻略ルートを模索するが。


ライラは攻略不可のモブキャラ。ようは脇役な為。ライラの攻略ルートは存在していない事実にプレイヤーたちは涙に沈むのである。


ゲームにおいて。そして主人公にとっての御都合解決キャラ。それが今の私。ライラ・ハドソンな訳である。転生先がライラなことに頭を抱えるもゲームと違う点がある。私は生まれた時から女の子だという点だ。


つまり主人公の魔力暴走に巻き込まれても問題はないということだ。主人公、リリーには申し訳ないが。せっかくの二度目の人生。平穏無事に過ごしたい。辺境に領地を持つハドソン家。


是非ともこの辺境で愛しい両親とスローライフを送らせて欲しい。愛も恋も自分には必要ない。自由気儘なお一人様人生をエンジョイしてやると意気込んだのがまさに十歳の誕生日の前日で。


翌日の御披露目会で両親にべったりくっつくことで出逢いを回避しようとするも。

主人公のリリーと出会ってしまい。向こうから話し掛けて来たのは。まだ想定内ではあるのだけれども。リリーの様子がなんだかおかしいことに直ぐに気づいた。


リリーは艶やかな白銀の髪に黄金色の瞳を持ち。今は愛らしさが勝るが数年後には秀麗になるだろう顔立ちをしていた。


どういう訳か男装という出で立ちをしていたリリーは反対にドレス姿な私に何故かとても驚き。本当に女かと執拗に確かめてきた。見ての通りだと私が答えると酷く焦っていて。


他に用がないならばと私がその場を離れようとするとチェスをしないかと誘ってきた。

断ると泣きじゃくり。致し方無くチェスをすることになったのだが。私がチェスに負ける。その瞬間。私は彼女の口の端が弓形につり上がるのを確かに見たのだ。


リリーはゲームの通りに魔力を暴走させた。作中ではその被害はライラだけだったが。魔力暴走がゲーム以上に酷かったことから。その場に居合わせた見目の良い十数名の男性が軒並み女性の身体に変わるという大惨事になった。


しかし、この魔力の暴走でリリーは先王の御落胤であると判明した。聞けばリリーの母は王宮勤めの侍女をしていて。先王の寵愛を受けることになったが。


諸事情あって子を身籠ったことを隠して侍女を辞めて男爵家に嫁いだのだという。詳しい経緯はわからないがゲームの流れを追うようにリリーは王宮に引き取られることになった訳だけれども。


私はゲームと違って元から女であるし。ゲーム通りに進む筈がないとこの時まではまだ楽観していたのだ。


火事にならないように火の扱いには目を光らせて。叔父夫婦の動向にも気を付けていた矢先。両親が海難事故で生死不明になるなど思いもしなかった。


ハドソン家は海運業で財をなし。両親も。よく商談の為に船舶で各地を飛び回っていた。叔父夫婦は。生前に私の両親になにかあったときは未成年者である私に代わり利権の全てを所有する取り決めをしていたと。


私から身ぐるみを剥ぐ勢いで両親が所有していた財産を奪い。私は僅かばかりの私財だけを持たされ修道院に送られることになった。


私も馬鹿ではない。叔父夫婦に言われるまま修道院に行く気はなく。しかし、頼る人間も居ないことから。あちこちを放浪した末にゲームのライラが世話になっていた教会に辿り着き。神父さまに出会うことになる。


老境の。しかし聡明な神父さまはなにか事情を抱えていると察しながら。行き場のない私をシスターとして教会に置いてくれるだけでなく治癒術まで教えてくれた。


治癒術は高度な魔術であり。その使い手はあまりに少ない。

だから例え私が教会を出ることになったとしても治癒術が使えれば。きっと食べるに困ることはないだろうという神父さまの善意からのことだったけれども。


教会に身を寄せて六年目の今日。結局、ゲーム通りになってしまったと私は教会の裏手に広がる薬草園の片隅で嘆息した。


『キュイ──?』


「クロ。今日も遊びに来てたんだね。街に卸すパンを多く作っちゃって余らせてしまったから。クロもパンの消費に協力してくれると嬉しいな。」


『キュイ、キュー!』


腕から提げていた薬草の詰まった篭の底から布で包んだ円盤型の平たいパンを取りだす。


教会がある地域ではパンは捏ねて成形するときに紋様を作り大きな竈で焼くのだが。人によっては生地に刻んだ玉葱を入れ込んだりドライフルーツを混ぜ混んだりする。


私が身を寄せている教会は月に数回ほど街の飲食店に作ったパンを卸すのだけれども。教会独自の紋様が描かれたパンは。見た目が美しいだけじゃなく味も良いと街の人たちに大人気なんだとか。


咲き始めたばかりのライラックの下に座り。便宜上クロと呼んでいる不思議な生き物にクルミを混ぜたパンを差し出す。


スンスンと匂いを嗅いだあと。黒い靄に包まれた蜥蜴と鳥のものをあわせたような小さな手がパンを掴み。

もっもっと食べたかと思えば。美味しかったのかもももっと。パンが早回しをしたように黒い靄のなかに消えていく。


私がクロと呼ぶこの生き物は真っ黒い靄に包まれていて未だに全体の姿は把握できない。出逢いは教会に身を寄せた最初の冬。まだ日が昇りきる前の早朝。けたたましく野犬が鳴いていて。


不思議に思い。教会の裏手に行くと。踝が埋まるほどの雪の上に点々と赤い血が落ちていた。血を辿って行き着いた薬草園のなかで。私は黒い靄に包まれた不思議な生き物を見つけた。


靄に包まれて姿など見えないのに。弱々しく震えながら。けれども何者にも屈するまいと此方を睨みつける瞳を見た気がして。

私はきっとこのとき。この不思議な生き物にそうありたいと望む自分の姿を見いだした。


だからだろう。気づいたときには自室に運び込み。手探りで靄のなかに手を入れてこの生き物の怪我の手当てをしていた。


触れた感触からして四つ足で皮膚はすべすべとしていて温かい。手足の爪はよく尖っていて。背中には翼のようなものがあるし。長い尾も付いているようだ。


一瞬、私の頭に浮かんだのは竜だった。脳裏に過る最推しの姿。でもまさかなー。こんなところに竜なんて居ないかとテキパキ手当てを済ませ。


小さな箱形の金属の容器に炭を入れた懐炉を用意し布でぐるぐる巻いて。黒い靄の生き物をその横に置き。黒い靄の生き物を懐炉ごと毛布で包み。


近くに水を注いだ皿とパンを用意し。私は朝の御勤めがあるので。良い子で待っていてねと黒い靄に手を入れ。頭の辺りを傷に障らないよう慎重に撫でる。


「貴方が一体なんなのか私にはわからないけれども。だいじょうぶ。貴方のことは私が守ってあげるから。」


···理不尽に痛め付けられ。大事なモノを踏みにじられることの苦しみや悲しみは私もよくわかるし。


「なによりも傷つくことは痛くて辛いだろうに。それでも屈するまいと顔を上げて睨む貴方を見て力になりたいとそう思ったんだ。」


なにを偉そうにって言われるかもだけど。よく一人で頑張りました。貴方は偉い。そう笑いながらよしよしと黒い靄に包まれた生き物を撫で回したあと。部屋を出て。


朝の御勤め。お祈りと清掃を済ませて。部屋に戻ると黒い靄に包まれた生き物はまだきちんとそこに居て。懐炉にぺっとりくっついてぷうぷうと寝ていた。


とっても野性味ゼロ。この子、お外で生きていけるのかしらと不安が込み上げた。

けれどもその心配に反して。黒い靄に包まれた生き物は逞しかった。お礼のつもりなのだろう。怪我が治ると雉や自分の身体より大きな魚を持ってくるようになったのだけれども。


私が自分を怖がってないと確かめると。何処で誰が焼いたのかわからないが。カヌレが詰め込まれた篭を口に加えて運んでくるようになった。このカヌレがとんでもなく美味しかった。


蜜蝋が溶けたほろ甘苦い焼き皮はカリカリ。中はモチっとしていて洋酒が香るだけじゃなく。細かく刻まれた砂糖漬けのオレンジピールが混ぜこまれていて絶品だった。


雉や魚なら。まだ私が仕留めたと言い張れるけれども。カヌレは流石に誤魔化せないので神父さまには村の人たちが持ってきてくれたことにしている。


謎の生き物が運んできたカヌレ。食べてよいものかと躊躇がなかった訳ではないが。教会暮らしでは甘味は貴重な代物なので。何時も有り難く頂いている。


さて、このカヌレによって謎の生き物にはどうやら飼い主が居ることが判明した訳だ。

となれば甘味のお礼を伝えなくてはと。黒い靄に包まれているからクロと呼ぶことにした生き物に空になった篭にお礼の手紙を入れて渡す。


手紙だけでは味気ないので教会の竈で焼いた焼き立てのパンを返礼品として追加してクロに持たせ。そこからクロの飼い主と文通が始まることになる。


最初にクロが届けてくれた手紙には事情があり名前は名乗れない。自分の正体を知れば私が危険な目に遇うかもしれない。名も名乗れぬことを心苦しく思うがどうか自分のことを探らないで欲しいと書かれてあり。


それと共にクロを助けてくれたことの感謝が生真面目な文体で綴られ。手紙の差出人の誠実な人柄に触れた私は深く正体を問うことはせず。

貴方さえよければ手紙のやり取りをしないかと返した。


このとき私は教会で暮らし始めたばかりで村の人たちともまだ打ち解けていなかったこともあって。心置きなく話が出来る相手が欲しかったのだ。


それ以来。クロが運んでくる手紙と手紙の差出人が作ったカヌレを日々の楽しみとしてきたのだけども。

パンを食べ終えたクロを膝に乗せ。十日後に教会を離れることを伝えた。


『キュイ─!?』


何故とクロが訊ねた気がして。王命で勇者の旅に同行することが決まったのだと驚くクロの頭を撫でる。治癒師ライラに旅の同行を命ずる。王都からの早馬が数日前に教会に来たとき。私は率直に何故かと思った。


教会に身を寄せてから私は目立つことはしてこなかった。神父さまから学んだ治癒術を近くの村の人たちの為に使っていたが。


貴重な治癒術の使い手だと世間知らずな私がよくない輩に目をつけられないように村の人たちは私が治癒師であることを村の外には漏れないようにしてくれていた。


なのに王の勅命だと言う書状にはハッキリと。治癒師ライラと記載されていた。

それを不審に思ったのは神父さまは。そもそもこの書状は王の出した物かと厳罰に処される覚悟で問い質してくれた。


結果として書状は王の出したものに間違いはなかったが王命だとしても私は勇者の。リリーの旅に同行したくはない。


私は原作のライラと違って記憶喪失でもなければリリーに好意も抱いていない。


けれども私の意志とは裏腹に多くのことがゲームの通りになっていったことを踏まえると過程はどうあれ。結果的にリリーを庇って死ぬ事態に陥ることは十分に有り得る。


だから私は王命に背いて旅の同行を拒んだ。そのせいで私を本当の孫のように可愛がってくれている神父さまや村の人たちを。期日までに私が出頭しなければ捕らえるというお触れが出された。


神父さまも。村の人たちも私に逃げろと言った。勇者の旅に同行することの危険性を。各地で頻発する魔物の脅威を耳にしていたからだろう。


こんな横暴に屈する必要はない。自分たちのことはどうとでもなる。だから何処か遠くへ逃げなさいと言ってくれた。その言葉で私は出頭することを決めた。

 

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