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春ざれて、今は  作者: 飴村
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旧友の同性婚に出席したらセクシャリティがぐらぐらしてきた俺の話 ②

旧友の同性婚に出席して自認がぐらぐらしてくる自分がヘテロだと思い込んでる男性の話、2話めです。あと1話だけ続きます。

速水(はやみ)?」

相馬(そうま)!」

 特徴的な、少し乾いたような声に、現在に引き戻される。われらがボーカルがテラスのほうから歩いてきて、俺は椅子から立ち上がって迎える。相馬はがっしりとした身体を、ダークグレーのシャツとグレーのスーツで包んでいた。俺の隣席に腰を下ろす。俺も座った。

「久しぶり」

「久しぶりだな。1年ぶり? 1年は経ってないか」

「10ヶ月くらい? ──そちらは?」 

「そちらは?」みょうに改まった訊き方をしてしまった。相馬の隣に、黒いジャケットにスタンドカラーのシャツの男がいて、当たり前のようにテーブルに就いていた。年の頃は俺と変わらないか少し上だろうか。30代半ばだろう。少しつんとすましたような横顔からは年齢が分かりにくい。

…ん? 

背筋がひやっとして、俺は焦る。

相馬は爽やかな笑みを浮かべて紹介した。

「俺のパートナー。恋人。桂真尋(かつらまひろ)さん」

軽く会釈をされたので、俺も軽く礼を返す。

「速水です」

「高校生の同級生。いっしょにバンドやってたやつ。ギターの歯科医師」

「ああ、」

桂真尋、と紹介された男が小さく頷く。

いかにも相馬の好みのタイプだと思ったんだよ。こいつ高校の頃から好きなタイプが変わらないのな。A組の櫻井さんもひとつ上の谷中先輩もこんな雰囲気で、なんてわかりやすいやつなんだ、と高校生の俺は呆れたものだ。こういうのって、相手が男でも女でも変わらないものなのか。というか、相馬は男とも付き合う男だったのか。

俺はもしかして、「そういうことってあんの?」と安易に口にして、思いっきり相馬の虎の尾を踏んだのか。相馬は「おれはいいけど」と微笑んだけれど、俺が考えていた以上にぶちぶちにキレていたのでは? 定期検診でクリニックを訪れ、白い歯を覗かせて微笑んだ姿と、今の笑顔が重なる。怖い。

ん?

相馬はいつからそうだったんだ? 櫻井さんも谷中先輩も女性だった。高校の頃は? この人とはいつから、どういうきっかけで?

次々に訊ねたいことが浮かんだが、そのうちに招待客がレストランに着席しはじめた。

会場は会話の邪魔をしない程度に、新郎ふたりが選んだのだろうBGMが流れている。4人編成のバンドによるゴリゴリのオルタナティブ・ロックのあとにディスコミュージックが交互に流れ、一貫性のない取り合わせだが、おそらく前者が狩原(かりはら)の個人的な趣味で、後者は狩原がスタジオミュージシャンとして演奏したものだろう。高塚(たかつか)は狩原のファンだから、こういう組み合わせになるのかもしれない。シンプルで力強い打ち込み。狩原のリズミカルで歌うようなベース。芯のある女性ボーカル。Bメロでストリングスが加わる。

衣装替えをした高塚と狩原が現れて、新郎のためのテーブルに並んで座った。今度は高塚は黒いタキシード、狩原はシルバーのタキシードで、揃いの艶のある青い生地のベストを着ていた。

給仕が各テーブルで飲み物を訊ね、食事が運ばれてくる。俺はメインに合うという赤ワインを頼んだ。庭で軽く腹に入れたためかアミューズと前菜とスープは軽めで、魚料理の伊勢海老の香草蒸しも肉料理のヒレ肉のステーキもなかなか美味かった。素材も新鮮で、味つけも良かった。

相馬はステーキを大きめに切ってでかい口で景気よく食っている。

「俺は真尋(まひろ)さんのことちゃんと紹介したいし、自慢したいと思ってたんだけど、あんまり紹介する場ってないからさ。高塚と狩原がこういう機会をつくってくれて嬉しい」

笑顔が怖いんだよな、とさっきは思ったものの、相馬は本当に嬉しいみたいだった。

「週刊誌とか?」

と俺は訊く。

「そうそう。俺はロマパンセクで、それを敢えて隠したいわけじゃないし、パートナーのことは認めてほしいし、紹介したいんだけど、どういう広がり方するかわかんないからさ。それでオープンにはしてない」

「大変だな」

「大変だよ。生まれてからずっと。この方」

そうか。

俺は結婚まえ、浮かれてあたりまえに職場でそれを報告し、母親に報告し、友達に報告し、知人に紹介しまくったわけだけれど、あれは、あたりまえではなかったのか。「おめでとう」「ありがとう」やりとりは。あたりまえのことにしたくても、相手や周りがそう受け取らないことが、あるのか。

俺は3ヶ月で離婚したし、結婚前後のことを思い出すと「あああああ」とか「ううううう」とか唸って頭を掻きむしりたくなる。離婚直前はもう、ギスギスして恥ずかしいどころじゃなかったのだけれど。

そうか……。

「高塚と狩原の結婚もめでたいし、ふたりが、俺みたいな人間が安心してパートナーを連れてこれる機会をつくってくれたこと。感謝してるんだ」

「それちゃんと本人たちに言えよ」

「うん。そうだよな」

相馬はワインを傾ける。こいつなんかぽやぽやしてるけど大丈夫か。そんなに飲んでいたっけ。ちゃんと高塚と狩原に話すことを覚えてるのだろうか。桂さんは相馬とは対照的に、付け合わせのキャロットグラッセまで細かく切り分けていたが、ふ、と息を吐いてナイフの先で相馬を指した。行儀がいいのか悪いのか分からない。

「この人の、こういう、人をトロフィーみたいに扱うところは昔から?」

返事に窮する。

「それは…どうでしょう…」

相馬が人をトロフィーのように見るか否かはともかく、舌鋒の鋭利さに、マジで相馬が好きなタイプじゃんという納得が先に立ってしまい、質問に上手く答えられない。相馬にちらりと視線を遣ると、心底嬉しそうに、ステーキを咀嚼している。相馬は自分を甘やかさない人間のことが好きなのだ。おそらく、そういう人が好きだから、つんとした感じのひとが好きなのだ。相馬は笑顔の裏で怒っているわけでも、酔っ払っているのでもなくたんに浮かれているらしい。よかったな。よかったなとしか言いようがない。

ヒレ肉を食べ終え、給仕が皿を運んでいった。

俺も結婚の報告をしたとき、こんなふうだったのだろうか。結婚する前、俺は幸せになるんだと思っていたし、そうしなければならないと思っていた。

ゆかり。

弁護士を介さなければ話し合いもできなくなった元妻。

デザートは林檎のタルトとレモンのジェラートで、食後のコーヒーとともにほのかな甘みと苦みを残して喉を流れていった。

レストランを出るとき、招待客ひとりひとりに白い紙袋が手渡される。紙袋には焼き菓子か何かが入っているのだろう、甘い匂いのする長方形の箱と、カタログが収まっていた。引き出物だ。

結婚式じゃん、と俺は再び思った。

相馬や桂さんとロビーのソファに腰かけて、高塚と狩原を待つ。20分ほどで、高塚は綿シャツに紺のジャケットと揃いの生地のパンツ、狩原はサマーセーターにチノパンという格好に着替えてロビーに出てきた。ラフな姿だが、髪は整髪料を多めにつけてセットされたままで、とくに自由業の狩原は額を出していることが珍しい。

「本日はご出席ありがとうございました」

狩原が述べ、高塚と深々と礼をするのでこちらが恐縮してしまう。

「あんまり堅苦しくしたくない、って言っていたけれどぜんぜん式だったじゃん。いい式だったよ、おめでとう」

「ありがとう」

狩原が目許と唇を綻ばせる。

「指輪の交換とかしなかったけど、買った?」

「楽器触るときは外しますし、僕がアクセサリーずっと付けてるのちょっと苦手なので。なくしそうだし、いいかなって」

「そっか」

狩原が左手を軽く挙げてみせる。柔軟な手首、短く切り揃えられた爪、長い指先。ベーシストの手指だ。気がつくと高塚も、ふ、と微笑んで、狩原の手を見つめている。

俺は相馬を肘で突ついた。あまり長居するのも悪いだろう。

「ありがとう、呼んでくれて」

相馬が改めて謝意を切り出し、桂さんを紹介するのを見届けて、またそのうちメシでもくおう、と言う。

結婚すると同性の友達とは疎遠になるというけれど、──なら、男友達どうしの結婚は? 俺には分からなかったが、そんなのは場合によりけりだろう。俺の結婚はたった3ヶ月だった。短すぎて、友人と疎遠になる機会もなかった。俺は高塚とも狩原とも相馬とも今後とも友達でいたいと思ったので、絶対だからな、と念を押す。招待してくれたことにもういちど感謝を伝えて、名残惜しくその場を去った。


俺はネイビーのスーツに白い紙袋を提げて、いかにも結婚式帰りといういでたちだが、実際そうなのだから仕方ない。高輪の俺のマンションまではタクシーを使わず、電車で帰ることにした。メトロの駅まで階段を降り、乗り換え1回で済む経路を選んで、銀座線に乗る。日曜の3時すぎの地下鉄は空いていた。車両シートに腰を下ろす。

Bluetoothのイヤホンを耳に装着し、ミュージックアプリからプレイリストを立ち上げる。ストリングスではじまる、ブリット・ポップ。高校の頃よく聴いていたバンドのアルバムだが、兄弟を中心に結成されたバンドは、兄弟の不仲で解散している。

俺は考えていた。

変わっていくんだな、ということを。

俺だってなにも知らないわけじゃない。うちに勤務している歯科助手に「初診アンケートの性別記入欄を変えませんか?カルテのデータベースも直したいです」と提案されたときのこと。「えっなんで?」と返したら露骨に嫌な顔をされ、セクシャリティとジェンダーについて学ぶよう本を渡され、「仮にもプライバシーを預かる医師がそんなことでいいと思ってるんですか?」と咎められた。

インスタのおすすめユーザーに繰り返し表示されるゆかりを、ブロックやミュートをしたものか迷っているうち、プロフィールが「they/them」になっていたこと。

そう、俺だって、何も知らないわけじゃない。正確には、世の中が変わっていっているわけじゃない。これまで覆われていたものが現れたり、めくれているだけだ。

俺はただ、自分の身の回りで起こると考えていなかっただけだ。

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