それぞれの想い
「お姉ちゃんー、下来ないの?お母さん怒ってるよ。」
「紗夜。」
大きな鞄を背負ってセーラ服に短い丈のスカートを履く、中学三年生の妹ー紗夜だった。
紗夜は先に下で明人に会って母から話を聞いたのか、母のような表情で美結を見ている。
「何よ。」
「…ふっ。別に。明兄かっこよくなってたね。」
「そうだね。」
「私さー、お姉と顔似てるって言われるのにな。お姉は選り取りみどりでいいよね。」
「…紗夜!」
ちょうど思春期真っ只中で、姉の美結には特に反抗的な紗夜はそう言い捨てて軽く睨むと部屋から出ていった。
小生意気な妹の一言は、美結の心に追い討ちをかけるようだった。
「もう!なんで今日が誕生日なのよ。」
そして美結はもう悩んでいてもしょうがないと諦め、 リビングに向かった。
リビングでは母と明人はソファーで並んで座りコーヒーをすすり、仲良く会話をしている。
小さい頃から明人は母の大のお気に入りであった。
「美結、ママ今アッちゃんと休憩中ね。」
「見れば分かりますーっ。」
美結は少女の心を忘れない年の割には可愛い母をどこか憎めず、 作りかけのスポンジケーキに硬くなっている生クリームをコーティングしていた。
他にも黙々と母の途中の料理を仕上げていくと、いつの間にか陸が家に来ていて、昔と変わらず明人と楽しく話をしているのを横目で見ていた。
この二年間の二人の関係が気になるところだが聞くのも怖くて、 何か言いたげの紗夜の視線に美結はひたすら耐えた。
そして会社から早々に帰ってきた父も加わり、極めて余計なことも誰も言わずに穏便に紗夜の誕生日パーティーは幕を閉じた。
「お邪魔しました、ご馳走様でした!」
「明人くんいつでも遊びに来てな。陸くんも気をつけて。」
「はい。美結、また明日ね。」
「陸ありがとう。二人とも気をつけてね」
美結は安堵していたため終始笑顔で二人に手を振り見送った。
そして二人の姿が見えなくなった時、小走りにバスルームに直行し長風呂をしたことで、家族の質問攻めからは回避できた。
帰り道、陸は自転車を引きながら明人と歩いていた。
陸は明人と連絡を取っていたが、隣県に引っ越した明人と遊ぶ機会もなく、近況を報告するような感じであった。
明人は懐かしい故郷の風景に興奮しており、三人で行った場所を見ては思い出話をしていた。
「よく、あの駄菓子屋に三人で行ったよな。あいつくじ運悪くてさ、アイスでもなんでもいつもハズレ。俺らがアタリを当ててあいつにやっても、負けず嫌いだから受け取ってくれなかったよな。」
「そうだったねー、でも今はもう駄菓子屋のばあちゃん施設に入っちゃってさ。あそこももう誰もやってないんだよ。」
「そっか。たった二年ちょっとなのに、故郷が変わらないことなんてないんだな。」
懐かしい故郷の風景にはしゃいでいた明人だったが、少し悲観的になり声のトーンを落として言った。
「なぁ、美結の隣の席の奴…たしか山本って奴、陸は知ってる?」
「山本工のこと?」
「美結とあいつ仲良いの?」
「あー、美結の元彼だよ。」
陸は明人に、二人の近況報告でも美結のことを話すことはなかった。
しかし美結と工のことは高校でさえ知っている人が多くいつか明人も知る事実であろうと、陸は隠しはしなかった。
「は?いつの?」
「確か、中学三年の夏?」
明人は驚いて動揺しており、声を上げた。
しかし教室で遠目で見た二人の様子では、美結が工に心を開いており無邪気にじゃれ合っているかのようで以前付き合っていたとしてもおかしくはなかった。
「ふーん、美結に今彼氏はいるの?」
「いないよ。」
「へー。いそうだけどな、普通に!」
明人は軽い口調でまるで気にしていないと装うような態度で、すぐに話題を変えた。
陸は明人が今美結をどう思っているかー、いまいち掴めなかった。
陸はずっと美結が好きだった。
高校に入ってから別に二人の間に特別な何かがあったわけでもないが、毎朝の二人だけの他愛ない時間が積もり積もって、幼なじみから少しずつ距離が縮まってきていると感じていた。
これから二人の関係に明人はどう影響を与えてくるのかー、陸は一抹の心配を覚え幼馴染とはいえ警戒したのだった。