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深紅の悪鬼は繰り返す  作者: 札神 八鬼
一月編 深紅の悪鬼はやり直す
7/23

末期患者と初詣

今回は深海目線と柚目線両方あるので、

◇◇◇にて視点が入れ替わります

一月五日。まだ肌寒い朝に、

僕は柚様を起こす為に寝室に向かった。


「柚様、起きてください

そろそろ初詣に行きますよ」


しかし、柚様は一向に布団を離す気配はなく、

それどころか僕が引き剥がした布団にしがみついていた。


「嫌!私は布団と結婚するの!」


「昨日はこたつと結婚するとか言ってませんでした?

随分と旦那様が多いのですね」


そう、柚様は寒くなったり暑くなったりすると、

すぐにこたつと結婚したり、布団と結婚したりするのだ。

しかも、それも暖かくなるまでの限定つきで。

夏になった途端、こたつや布団の話をすると、

『彼とはもう別れたの…』と、昔の男みたいな扱いをする。

相変わらず柚様は謎の多いお方だ。

ちなみに今はこたつ、布団、ストーブ、マフラー、手袋、

貼るカイロと結婚している。


「ほら、そんな期間限定の旦那様と

イチャイチャしてないで、初詣に行きますよ」


「嫌!今日は一日布団とずっと一緒にいる!」


こうなったらもう本当に面倒臭い。

とりあえず柚様を愛しの布団です巻きにして、

俵担ぎした状態でリビングに移動し、

朝食を食べさせ、寒がる中着替えさせて、

防寒具もきっちり装備させた。


「深海には恥じらいというものはないの!?」


何故か身支度を整えている時に、

そんな風に怒鳴られたが、意味が分からない。

使用人が僕しかいないなら、必然的に

僕が柚様を着替えさせる必要があるのに、

何を恥ずかしがっているのやら。


「そんなことより、早く初詣に行きますよ」


「そんなことよりって…」


柚様は何を言っても無駄だと察したのか、

黙って僕の後ろからついてきた。


◇◇◇


外はしんしんと雪が降っており、

そこかしこの景色が真っ白に染まっている。

私の息も真っ白で、こんな寒い季節だけは、

私の吐く息が視界に写っていた。

肌寒い空気に身震いしながら、

私は深海のポケットに手を忍ばせる。


「またやってるんですか?柚様

そんなところに入れても、寒さは変わりませんよ」


彼はこう言っているが、深海のポケットの中は、

とても暖かくて、安心する。

私は深海のポケットから伝わる人肌の温度が好きだ。


「ふふっ、深海のポケットの中、温かいね」


「柚様がそう感じてるだけですよ

カイロも入ってないただのポケットなんですから」


「深海のポケットだからこそ温かいのよ」


「何ですかそれ、僕である必要あります?」


「ちゃんと意味があるわよ

深海のポケットじゃないと温かくないもの」


「本当に柚様は、謎が多いお方ですね」


「ちょっと、どういう意味よそれ」


「そんなことより、着きましたよ」


目の前には、通い慣れた神社が見えている。

田舎だから人は少ないけれど、

正月には決まって参拝しに来る特別な場所だ。

鳥居の両脇には、阿吽(あうん)の狛犬、

ゴミ一つなく、綺麗に掃除された参道。

少し寂れた印象を受ける社もいつも通りだ。


「柚様、参拝前に手水舎(ちょうずや)で清めましょうか」


「そうね」


私達は最初に手水舎へと向かった。

柄杓(ひしゃく)ですくった水で、左手を清め、右手を清める。

そして、水を手のひらに移し、口をゆすぐ。

この時直接柄杓に口をつけてはいけない。

最後に、柄杓を傾け、残った水で持ち手を洗えば終わりだ。

作法を全て終えると、私達は柄杓を元の場所に戻し、

参拝をする為に社へと向かった。

お賽銭を投げ入れ、手前の大きな紐を揺らして鈴を鳴らす。

二礼二拍手一礼。

今年こそはどうか、深海の悪鬼症候群が治りますように。

神様に何度目かの願いを込めて、目を開ける。


「柚様は、今年どんな願い事をしたのですか?」


「去年と同じよ」


「そうですか…僕は柚様の去年の願いも知らないので、

何を願ったのかは分かりそうもないですね」


「一つヒントを言うなら、あなたに関することよ」


「僕に関することですか?」


「そう、あなたに関すること」


それを聞いて、深海はどう解釈したのか、

悲しいようにも、嬉しいようにも見える

微妙な顔で微笑んだ。


「ありがとうございます、柚様

ただの使用人である僕を、気にかけてくれて…」


「良いのよ、深海は私の大事な人だもの」


「……………そう、ですか…」


深海はそれから、一言も喋ることなく、神社を出た。


◇◇◇


柚様が僕に対してどんな感情を持っているのかは、

今のところ分からないが、

もう少しだけ、せめて一年後までは、

この何気ない日常を送りたくなってしまった。

柚様が、いつ僕と同じ末期状態になるかも分からないのに…

つくづく僕は、主人に甘いらしい。


「ぅ………あぁ…おぉぉ…」


神社の帰り道、茂みから何者かの(うめ)き声が聞こえた。

柚様はまだ、その声には気づいていないようだった。

僕が、柚様をお守りしないと…

他の悪鬼なんかに、柚様を食われてなるものか。


ガサガサッ!


茂みから現れたのは、やはり末期の悪鬼症候群の患者であった。

既に理性を失い、言語すらもままならないのだろう。

人の姿をした悪鬼は、僕達を見つけるとすぐに襲いかかる。


「ひえっ!」


突然の悪鬼の登場に驚いたのか、

柚様は僕の服を強く掴む。

怖いのか、体は小刻みに震えていた。

僕は柚様を抱き寄せると、比較的落ち着いた声で語りかける。


「柚様、大きな音が出ますので、

耳を塞いでおいて下さい」


柚様は言う通りに耳を塞ぎ、僕の胸に顔を埋めた。

さて、これで準備は整った。早くあの悪鬼を始末しよう。


パァン!


乾いた破裂音が響き、悪鬼は血を流してどしゃりと倒れ、

僕が構えた銃口からは、硝煙(しょうえん)が漂っている。

この銃は、他の理性を失った悪鬼症候群患者の始末用と、

自らの自害用として、国から支給されたものだ。

ちなみにこの銃は普通の人間には効かず、

悪鬼症候群の患者にしか効果がない安全な銃だ。

僕はまだ震えている柚様の頭を撫でる。

こんな幼い少女を残して、心まで悪鬼になることは出来ないな。


「も、もう悪鬼いない?」


柚様が震えた声でたずねてきたので、

僕はいつもの笑顔で対応する。


「はい、怖い悪鬼は、僕が退治しましたから」


「ほ、本当だ…」


柚様は視線の先で死んでいる悪鬼を確認すると、

ほっと胸を撫で下ろす。


「柚様、いつかは僕もああなるのです

ですから、僕にはあまり心を開いてはいけませんよ」


それを聞いた途端、柚様は絶望したような顔になって、

僕にしがみついて泣き始める。


「嫌!私は、深海が悪鬼になった姿なんて見たくない!」


「ですが、事実には違いありません

あれは僕の、未来の姿のようなものですから」


むしろ、今理性を保ててるだけでも奇跡なのだ。

いつ理性が消えるかなんて、僕にも分からない。

恐らく、持っても一年後くらいだろう。

柚様が悪鬼になる僕を見たくないように、

僕も柚様が悪鬼になる姿を見たくないのだ。

それに、僕は柚様を食べたくない。

だからせめて一年後では、

僕と一緒に、死んでくださいね。

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