風見鶏は鳴く
二月六日。悪鬼症候群患者対策本部。
風見 優吾は悪鬼症候群研究員でありながら、
悪鬼症候群患者を始末する部隊の隊長の一人でもあった。
「お呼びでしょうか。部長」
深紅の髪に新緑の瞳。これで気づいた人もいるだろうが、
そう、彼こそが柚の父親であり、悪鬼症候群研究家。
そして悪鬼症候群患者対策本部の部長。葉桜 拓郎である。
「確か君は、赤月くんの幼なじみだったね」
「はい、そうですが…それが何か?」
「彼はとても優秀だ…だが、それと同時に手に余る存在でもある
もし政府を裏切るようならば、
こちらもそれ相応の対応はしないといけない」
「…………何が、言いたいのでしょうか」
「分からんかね、簡単に言うとだ」
「赤月 一葉を殺せ」
もう二月とはいえ、まだ肌寒い時期だ。
風見が浮かない顔をしながら歩いていると、
見知った顔と知り合った。
「あ、深海さん…」
「見たことあると思ったら風見さんじゃないですか
今日は元気ないですけど、どうなされたんですか?」
「それは……………」
本当のことを言いかけてやめる。
この人に言って良いのだろうか。
今の自分と深海はほぼ初対面に近い関係なのだ。
親友でもない存在に、個人的な悩みを話すには、
まだ彼との時間は足りない。
「良いですよ、話しても
他人に近い関係だからこそ話せることもあるでしょう」
いつ会えるかも分からない、仲良くもない関係。
そんなちょうどいい関係である彼にだからこそ、
もしかしたら気軽に話せるのかもしれない。
その相手が仲の良い柚だとしたら、
きっと話すことはなかったのだろう。
今の彼だからこそ話せる、個人的な悩みを…
「なら、聞いてくれるか?」
風見は行き着けのラーメン屋に入ると、
いつもの大盛りのとんこつラーメンと、チャーハン。
そしておまけに餃子もプラスする。これがいつもの量だ。
やけ食いだと更にラーメンがもう一つプラスされる。
「まさか、僕が奢る感じですかね?」
「いや、ちゃんと金は払うよ
初対面の相手には奢らせないって決めてるんだ」
こってりとしたスープ、もちもちとした麺。
パラパラのチャーハンを胃へと流し込む。
羽根つきの餃子はぱりぱりとした食感で、
体に悪いと言われても、つい食べ過ぎてしまう。
「何かあったんですか?」
その質問で風見の箸が止まった。
「一昨日までは、そんな顔はしてませんでしたよね?」
風見は持っていた箸を置くと、ぽつりと話始める。
「殺せって言われたんだ」
「殺せって…誰を?」
「……………赤月を」
「どうして今さら…あなた達は政府に保護されてるはずでしょう?」
「だからこそだよ、俺達は保護はされたが、監視は続いてるんだ
ちょっとでも不穏な動きをしたら、
俺達も他の患者達のように…殺処分される」
「…………やっぱり政府の管理下にある患者は、
ろくなことにはならないんですね」
「教授からしたら優しさのつもりなんだろうが、
俺にとってはそうじゃない…
俺が赤月の処遇を任せられたってことは、
あいつをいつかこの手で殺さないといけないってことだ
嫌だ、俺は赤月を失いたくない…」
「……………それなら、殺処分させないようにすれば良い
要は赤月さんさえ“大人しく”させていれば、
政府は手を出せないってことですよね?」
「まあ、そうだな」
「大切な存在はどんな手を使ってでも留めるべきですよ
例え、刃を向けることになろうともね」
「…………ははっ、あんた、見かけ以上におっかない奴だな」
「僕は、生まれた頃より綺麗事では生きていないので」
「そうか、あんたは相当の変わり者らしい
柚があんたを食いたがるのも無理はないな」
「……………は?」
「おっと、そろそろ仕事に戻らねえと!じゃあな、深海!」
「え、まだ全部食べてな…あれ?もう食べ終わってる?」
話している時はまだ残っていたはずのラーメンが、
今ではすっかり空となっている。
いや、今はそんなことよりも、
深海には聞き逃せない発言があった。
「僕を、食べたがる?
柚様は、もうそこまで鬼に侵食されていたのか…」
風に吹かれる風見鶏は鳴く。
のらりくらりと流されていただけの風見鶏が、
遂に風に逆らい始めた瞬間であった。