深紅の月は嗤う
二月五日。悪鬼症候群患者収容所にて。
ここは罪を犯した悪鬼症候群患者が収容されている。
彼らの処遇は全て一人の研究員に一任されているのだ。
その研究員の名は…赤月 一葉。
コツコツと靴を鳴らし、赤月は奥の部屋へと進む。
彼が来たことで、少しざわつきながらも、
看守達は一列に並び、彼に向かって敬礼をした。
赤月はそんな彼らに笑顔で対応する。
向かう場所は、一人の悪鬼症候群患者がいる牢屋。
今日殺されるかもしれない犠牲者である。
「やあ、元気だった?
今日は俺が担当するから宜しくね」
「ヒッ!嫌だ、こいつだけは嫌だ!
殺される!頼むからこいつを俺の担当から外してくれ!」
赤月を見た途端落ち着きを無くした患者は、
彼を押さえつける看守を振りほどこうともがき始める。
そんな彼に対して、赤月は笑顔で彼に近づいた。
「酷いなぁ、俺を悪者みたいに言わないでよ
もしかしたら、死なずにただのおもちゃで終われるかもよ?」
「それが嫌だって言ってるんだよ!
頼むから担当はこいつ以外にしてくれ!」
「おい、さっさと連れていけ
まだ暴れるようならスタンガンも使って良い」
「嫌だ!俺はまだ死にたくない!」
患者は処刑室に連れていかれ、全身を拘束される。
死の恐怖か、顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「うわ、汚いなぁ
君、最後の顔がそんな醜い顔で良いの?」
患者はただ泣くだけで何も答えない。
そんな患者の態度に舌打ちしながら、
赤月は拷問器具を構える。
「さあ、楽しい楽しい拷問タイムだよ
精々おもちゃらしく、俺を楽しませてよね」
◇◇◇
「あれ、いっちゃんどうしたの?」
「やあ、少しキノコのお礼をしようと思ってね
柚ちゃんの口に合えば良いんだけど…」
「これお団子!?ありがとういっちゃん!
良かったら上がってく?」
「深海くんはいないの?」
「うん、お父様の所に報告しに行ってる
だから今は私がお留守番してるの」
「そうか…なら少しだけお邪魔しようかな」
「今からお茶いれてくるから、
いっちゃんはこたつに入って待っててね!」
「あ、それなら俺が…行っちゃった」
赤月が最後まで言う前に、
柚はキッチンへと走って行ってしまった。
大人しくこたつに入って柚を待つ。
今日はあまり寒さを感じなく、ちょうど良い気温だ。
「柚ちゃん、大丈夫かな…」
すると、キッチンから「熱っ!」という音と共に、
ガチャン!という音が聞こえたので、
お茶をいれるのは失敗したようだ。
「柚ちゃん、大丈夫…じゃないっぽいね」
キッチンに向かうと、お茶を入れる急須の破片が
床に盛大に散らばっていた。
これは深海に怒られるのは確実だろう。
「うう…これじゃまた深海に怒られる…」
「お茶はもう良いから片付けようか
ほうきとちり取りってどこにあるの?」
「外の物置部屋だよ」
「物置部屋だね、分かった」
急須の破片を片付けた後で、柚は冷蔵庫から
ジュースを持ってきたので、お茶の代わりに
それを出すことになった。
「ごめんねお茶出せなくて…
私が急須を割っちゃったせいで飲めなかったね」
「いや、俺はジュースでも大丈夫だよ」
「いっちゃん優しい…
深海だと急須割ったら怒るのに…」
「俺は決して優しくはないよ
ただ柚ちゃんにそう見えてるだけさ」
「そうなの?」
「ああ、そうだよ」
静かな時間の中で、赤月はぽつりと柚に問う。
「悪鬼症候群患者の肉は、
とても美味しい肉だって知ってる?」
「ううん、知らない」
「悪鬼症候群患者が、同じ悪鬼症候群患者の肉を食べると、
それ以外食べられなくなることが分かっているんだ
勿論、理性の無い悪鬼症候群患者もね」
「何でそれ以外食べられなくなるんでしょうね」
「あれは毒でもあるが、患者にとっては最高の肉でもある
例えるなら、そう、一種の麻薬のようなものだね」
「一種の、麻薬…」
「昨日、深海くんには、普通の家畜の肉と、
悪鬼症候群患者の肉を見せて、
どちらが美味しそうか聞いてみたんだよ」
「それで、深海はどっちだと答えたの?」
「普通の家畜の肉だったよ。まあそれが普通なんだけどね
やはり悪鬼症候群患者は、
本能的に危険な肉を避けるらしい」
「…………」
「そこで、柚ちゃんに一つ質問だ
君は、人間を食べたいと思うかい?」
「いいえ、食べたくないわ。きっと美味しくないもの」
「なるほど、面白いね
ならば、悪鬼症候群患者の肉は?」
「それもいらないわ
私が食べたいのは一人だけですもの」
「それは、君の身近にいる患者のことかな?」
「ええ、そうよ」
「…………ふふふ、そうか、そうなんだね
やっぱり君は見てて飽きないよ柚ちゃん
俺の観察対象はそうでないと面白くない
じゃあ、そろそろお暇するよ
精々、二人で食いあってくれよ」
悪鬼症候群患者、赤月 一葉。
彼は無害そうに見えながらも、
心の内に危険な悪鬼を飼っている研究員である。