チリチリ痛む火傷痕
諸君は悪鬼症候群の発症要因は知っているだろうか。
癌のような細胞から発症するわけでもなく、
ましてやウイルスなどの菌から発症するわけでもない。
簡潔に言うならば、悪鬼症候群は精神病の類いなのだ。
病の進行も、勿論精神によって変動する。
癌のように体内にある病の核を取り除けば治るわけでもない。
だからこそ、手術では治せない厄介な病気だ。
精神病の類いの為、悪鬼症候群の患者が
完治したというデータは少なく、
非常に多い犠牲者を出した病の一つでもある。
嫌悪感から発症した末期患者は、
悪鬼症候群患者専用の銃で射殺。
絶望から発症し、体を鬼へと変化させた末期患者は、
燃やし尽くさないと死なない為焼却処分される。
皮肉なものかな、元は人間であったのに、
いつしか人間の枠から外れてしまい、愛する者と共には生きられぬ。
大切な人と死ねぬ生を、地獄と言わず何と言おうか。
この苦しみを二度と味わない為には、
病を治すか死ぬかの二択しかないだろう。
そもそも悪鬼症候群になどかからねば良いと思うだろうが、
それが簡単に出来る程人間は単純ではなく、また厄介だ。
物事を悪いように考えてしまうのも、
負の感情を抱くのも、醜くくも美しい人間の証なのだから。
悪鬼症候群研究家:葉桜 拓郎
◇◇◇
二月二日。お父様の本を閉じ、元の本棚へと戻す。
私は自分の部屋で鏡を見ながら、
おでこに生えた角を触る。
赤黒い二本の角は、まさしく鬼の証であった。
「こんなもの、いらないのに…」
私は片方の角へと手をかける。
強く力を込めるとボキッと折れたが、
体に何も変化はないし、それどころか
折れた所からまた新しい角が生えようとしていた。
「…………もう嫌、こんな体」
腕に短刀を押しつけて、勢いよく引き切る。
傷口から真っ赤な血が溢れていると、私は安心出来た。
こんな化け物みたいな体でも、血の色は人間と一緒だから。
私は更に自分の体に短刀を押しつける。
「あはははは!死ね私!死んでしまえ!
このまま私を化け物みたいな体から解放してよ!
はははふふふふふひひっ!」
短刀で体を傷つける。
まだ死ねない。
また短刀で体を傷つける。
まだ死ねない、もっと、もっとだ。
今度は首も切ってみた。
全く首が落ちる気配がない。
右腕を切ってみた。
傷こそつくが切り落とせそうにない。
次は…次は…つ………………ぎは…………
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい
誰でもいいから私を殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
チリチリと、火傷痕がやめろと痛む。
やめるわけにはいかない。やめたら死ねない。
こんな化け物みたいな体、私はいらない。
愛する人と死ねぬ体になるのなら、
私は鬼になんてなりたくなかった。
あなたを愛したくなんてなかった。
「柚様」
ふと、聞き覚えのある優しい声が聞こえる。
その声の主は優しく私の手を握り、短刀を奪った。
「僕を裏切ってまで、死ぬのはやめてくださいね」
深海は優しく怪しい瞳で私を見つめ、
私の首に短刀を向ける。
「あなたは僕と共に死ぬ運命なのです
こんな短刀に横取りされるなど、僕が許しません」
「それは、両想いってことでいいの?」
「………僕はあなたの想いには答えられません
ですが、僕を置いていくことも、捨てることも許しません
どうか、最後まで裏切らないで下さいね、柚様」
深海の自分勝手な想いは、私の心を安心させた。
例え歪んでいても良い。狂っていても構わない。
私とあなたの繋がりが、例え殺意だとしても、
この関係が続く為であれば、私は喜んでこの首を捧げよう。
だからどうか、私を裏切らないでね。