鬼が目覚めた日
一月八日。まだ空気が寒い冬の日。
外で遊びすぎてしまったからか、
私は風邪を引いていた。
深海はタオルの水をしぼり、私のおでこに乗せる。
しかし、視線はどこか冷ややかだ。
「馬鹿みたいに一人で雪合戦して、
風邪引いた気分はいかがですか?」
痛い、深海の刺すような視線が痛い。
こんな冷遇を受けるんだったら、
昨日深海にセクハラするんじゃなかった。
私は昨日の自分の行動を悔いた。
ちなみに昨日の一人雪合戦は、
私が深海に向かって雪玉を投げる遊びだ。
雪玉をぶつけられた深海はやたらと
機嫌が悪かったのを覚えている。
「でも、看病してくれるんでしょ?」
「ええ、一応あなたの使用人ですから」
一応って何?私って一応で世話される存在なの?
「風邪引いてしまったら、
自由に遊べることが出来なくなるわね
こうして寝るだけなのは退屈だわ」
「柚様は少し大人しくしてる方がちょうど良いですけどね」
「ちょっとそれどういう意味よ」
「手のつけられないじゃじゃ馬って意味です」
「私馬じゃないんだけど?」
「そういう意味じゃないです」
「何か今日の深海冷たくない?」
「僕の態度が冷たくなるまで
好感度下げたのは柚様ですけどね」
「むぅ…確かにそうだけどさ」
これからはこつこつ深海の好感度を
上げ直さないといけない。
きっと回復するのに膨大な時間がかかるに違いない。
「もう本来の仕事に戻って良いですか?」
「嫌!深海のお粥食べたい!」
私はタオルが取れる勢いでじたばたと暴れ始める。
そんな私を深海は呆れた目で見下ろしていた。
「やめて下さいよ見苦しい」
「見苦しいって言われた!
何も悪いことしてないのに見苦しいって言われた!」
「いや、悪いことは少なからずやってますよね
犯罪には引っ掛かりませんが…」
「何も悪いことやってないもん
ただ深海の作り置きの料理とか、
つまみ食いしてただけだもん」
「柚様、風邪治ったら大事なお話があります」
「だったら私、ずっと風邪引いてる」
「現実から目を背けないで下さい」
「深海のお説教は聞きたくないもん」
「今お説教の時間が長引きました」
「どうしてよ!」
「お粥作りに行ってきます」
「美味しいお粥期待してるからね!」
「はいはい分かってますよ」
キッチンから聞こえる音を聞きながら、
私は静かに目を閉じる。
やがて私は夢の世界へと落ちていった。
◆◆◆
見渡す限りの白の空間に、私と深海はいた。
深海は私に背を向けた状態で、顔は見えない。
あの燃えるような火傷痕は、どこにも見当たらなかった。
深海は私に気づくと悲しそうに笑い、語りかける。
「あなたが鬼になることを望むのであれば、
どうぞ、僕をお食べ下さい」
夢の中の私は、迷わず深海に歯を突き立て…
場面は変わり、目の前には大きな血溜まりと
口元の血を拭う少女が一人。
私の姿をした悪鬼は、嬉しそうに笑っていた。
◆◆◆
私は夢から目覚める。汗は今までよりぐっしょりだった。
とても、とても悪い夢を見た気がする。
視界が慣れてくると、近くに温かいお粥が置いてあり、
深海は疲れたのか、私と添い寝するように眠っていた。
私は深海の頭を撫でて、布団をかけ…
ようとしたが寒かったのでやめた。
これはもう、私の布団に引き込むしかない。
また白い目で見られるかもしれないが、
深海が風邪を引くよりましだ。
もう一度眠る前に、深海が作ってくれたお粥を食べる。
深海が作ってくれたお粥はお肉が入っており、
お米の花は綺麗に咲いている。
無事完食した後「ごちそうさま」と囁いた。
「ごめんね深海」
私は深海を無理矢理布団に引き込むと、
深海を抱き抱える状態で眠りにつく。
深海からは何だか良い匂いがした。
私の側で無防備に眠る深海は…
「何だか美味しそう」
大切な人の味は、きっと格別に違いない。
チリチリと、火傷のように体が痛む。
だが、その感覚は不思議と嫌ではなかった。
じわじわと、私を包み込むような
優しい感覚が私を支配する。
「でも、まだダメ
両想いじゃないと、きっと美味しくないわ」
彼が私を受け入れない限り、
私は彼を食べることはない。
多分、私の心はとっくに鬼なのだ。
だけど私は偏食で、両想いでないと食べられない。
この理性は、きっとそのために存在している。
「ああ、早くあなたを食べたいわ、深海」
私はあなたを食べるために、あなたと何気ない日常を送っていく。
これは、私があなたを食べる為の、繰り返しの物語。