第六百四十三話 鑑賞してる場合か?
「兄さん、姉さん、ほんとによかったね~。くふふふふ、かわい~」
空に映し出される光景に、アミクスはニコニコが止まらなかった。
そしてアミクスだけではなく、皆がニヤニヤしていた。
「かわえーな~、自分ら」
「ウキー、いいんだぜー、アースに会えて嬉しかったんだもんな~」
「やれやれ、エルフの集落に連れてくる前にこんな一幕があったのだな……」
「ふふふ、坊やも優しく受け入れて……とても優しい世界だね」
タツミヤやゴクウ、ラルウァイフ、ガアルも笑っている。
「はい~、幸せいっぱいの光景なのです~」
「くくくく、良いのではないか? なあ、エスピ。妹なのだからなぁ」
クロンもほほえみ、そしてヤミディレに関しては茶化すようにエスピを煽る。
そして、皆からニヤニヤされてエスピとスレイヤは……
「へ、へん、べ、べつにいいんですよーだ! だ、だって、私は妹だしー! お兄ちゃんの妹だから、膝枕も頭ナデナデも許されるんですー!」
「ま、まったくだ、僕は弟だからね、うん、だから僕がされるのは当然なわけだ。べ、別におかしいことなんて何もない!」
開き直るしかなかった。
『お兄ちゃん』
『お兄さん』
大きくなったエスピがアースに甘えて膝枕されている。
拗ねたスレイヤが羨ましがると、アースは優しくスレイヤも誘った。
『二人とも、いーこ、いーこ』
年上の弟妹が、年下の兄の膝に頭を乗せて、その頭を優しく撫でられている。
恥ずかしそうにしながらも、二人ともその手をとても心地よさそうに、愛おしそうに、そして幸福を感じて堪能している。
「あああああああ、エスピ様……良かった……エスピ様……」
「もう、あんなに幸せそうに……いつもは凛々しい勇者様という印象だったけど、アース・ラガンにだけ心開くあの様子……」
「良かった……見ているだけでワシも幸せになるわい」
「そして、アース・ラガンはもうエスピ様を離さないとのこと……・あの男はその約束を違えないだろう」
「つまり、エスピ様はもう安心だ! エスピ様、どうか我らの王国なぞ気にせず、自身の幸せを!」
エスピの故郷であるべトレイアルの民たちは、自分たちの慕う英雄であるエスピの過去の苦しみや、王や軍からどのように扱われていたのか鑑賞会を通じて知った。
そのことをずっと知らずに、幼いころから勇者というだけでエスピに頼り、その苦しみや辛さの元での平和を何も気にせずに過ごしていた自分自身を国民は恥、国王へ怒り、そして今は自分たちの国よりもエスピの幸せを多くの民が願っていた。
「でもさ、こうなると……エスピ様はもう……本当にこの国に戻ってこないんだろうな……」
「バカ野郎、いいんだよ! エスピ様はもう十分に私たちのために戦ってくださったんだ!」
「そうだ。あとはもうご自身の幸せを求めてくださればいいんだ!」
「国王が何と言おうと、俺たちはエスピ様を応援するんだ!」
「オーッ!!!!」
だからこそ、ようやくアースに再会し、幼少期のころから溜まっていたものを解放でき、心の底から幸せそうなエスピの表情を見ているだけで満たされたのだ。
ソレを邪魔することは国王だろうと許さないと民たちは声を上げる。
もっとも、その国王は現在、深海族の件で不在にしており、宮殿内は「それどころではない」状況で、混乱をさせないために民たちにまだその情報は行きわたっていないため、それが今夜問題になることはなかったが……
一方で……
「すっげ……七勇者のエスピがあんなに……流石はアースだぜ」
「初登場のころは、美人なお姉さんって感じだったのに、すっかり印象変わっちゃったね」
「ああ。アースの妹……そして弟……だよな」
「なあ、あの二人とも、今後はずっとアースと一緒にいるんだろ?」
「ああ。べトレイアルにはもう帰らねえみたいだし……」
「じゃあ、いつか、アースと一緒にこの帝国で―――――」
「おお、それいいな!」
帝国でもまたこの兄と弟妹の再会からの甘えんぼぶりにほっこりしながら、いつかアースが二人を連れて帝国へ「帰ってくる」ことを想像して笑っていた。
ただ、そんな気楽な民たちと打って変わり、宮殿では……
「ライヴァールが帰ってこないか……さらに、騎士団が二部隊も行方不明……これだけ待っても帰ってこないということは……」
いつもは鑑賞会を臣下と一緒に楽しんで鑑賞していた帝国の皇帝であるソルジャだったが、この日、この時ばかりはそういう状況ではなかった。
「はい。恐らくは大森林の方の調査に行ったまま……」
「陛下……これはやはり……」
ノンキな帝都の民たちと違い、宮殿内では緊張感が走っていた。
「……ライファントの言うとおり……ついに……ハクキが動いたということか……」
迫りくる帝国の危機。パニックを起こさないよう、べトレイアル同様にこちらもまたまだ情報公開されていなかった。
帝国のエリート騎士の一部隊と、七勇者のライヴァールが行方不明という事態。
そして何よりも……
『ウム……しかし、遅かったゾウ……よりにもよって、ヒイロ、マアム、ベンリナーフのいないときに……まさかライヴァールまで……』
「ああ……だが、君がいち早く教えてくれたおかげで今できる準備は進めることができた」
玉座の間に設置された魔水晶の向こうから、悔いるようなライファントの声が響いた。
そう、これから起こること、ハクキの動き、それを知ったライファントは即座にソルジャに教えた。
同じ魔族でかつて仲間であったハクキではなく、この十数年間共に手を取り合い、両者の世界の平和を守るために共に過ごした同志を選んだ。
『問題は戦力だゾウ……ソルジャよ……帝国の戦力はどうなっているゾウ……』
「ヒイロたち一騎当千が不在なのは痛いが、軍そのものはそのまま残っている……今、各都市部からも秘密裏に帝国騎士の上級戦士を含めて戦力を方々から募っている。ただ、流石に他国……特に、べトレイアルや今の混乱しているジャポーネに援軍を頼むことは難しいな」
『そうか……それは厳しいゾウ……小生も百獣軍団を率いて援軍に行くが……ハクキと鬼天烈相手に果たしてどうなるか……帝都民の避難はどうしているゾウ?』
「流石に帝都民全員は人数が多すぎて無理だ。受け入れ先がない。何よりも、その避難の大行列を襲撃されたら一たまりもない。護衛に兵を配置するにしても膨大すぎる」
『なら、民は避難させないと?』
「ああ。ただし、帝都そのものを戦場にせぬよう、籠城せずに帝都の外の平原で迎え撃つように広域に軍を展開する」
そんなソルジャ、そして通信状態のライファントを中心に軍略会議が宮殿では行われていた。
それこそ、鑑賞会などしている暇などないのだ。
だが、皆が戦うために動く一方で、臣下たちの表情は明るくない。
「本当に戦がまた……平和な世、平和な時代でこんなことに……」
「それに……ヒイロ様もいないのに……」
「俺達……どうなっちまうんだ?」
「……戦争なんて初めてだ……」
かつての魔王軍との戦が終わってから、地上では大規模な戦は無くなり、世界は平和が続いていた。
それゆえ、かつてより軍も縮小し、実戦経験も不足し、若い兵たちは戦争の経験もまったくない者も多い。
そして何よりも、ヒイロが居ないというのが致命的であった。
『ソルジャ……アース・ラガンと連絡を取るすべはないゾウ?』
「………………残念ながら……それに、知っていたとしてどの面を下げてというのもあるがな……」
『……やれやれ……これは本当に厳しいことになりそうだゾウ』
そして、アースに頼ることもできない。
これでハクキたちを倒すことができるかと言われたら、ハクキの強さをよく知るソルジャとライファントからすれば、非常に厳しいという想いしかなかった。
『……そなたの娘や、他の二世の子たちはどうしているゾウ?』
「正直……迷っている。この厳しい状況下……私の身に『もしも』があった場合に備えて……」
それこそ、ソルジャ自身がこの戦いで命を落とした場合、皇の血を絶やさないことにも備えることを考えるほどに。
そしてその二世たちは……
『お兄ちゃんのお嫁さん候補は今のところ誰が一番なの?』
『うん、ちゃんと僕たちにも教えてもらわないとね』
今まさに帝国の危機に皇帝ソルジャや軍関係者たちが慌ただしく動いている中、
「ぬおっ、さ、流石は弟妹……そ、そこに切り込むか! ぬう、こ、これは、どうなのだ? い、いや、我も自分が上がると思うほど己惚れてはいないが……こ、これは」
「坊ちゃま……どう答えるのです? クロンさんですか? シノブさんですか?」
「うわ~……僕も気になるな~……っていうか、これを世界同時公開で流されているなんて……アース、今頃恥ずかしくてのた打ち回っているだろうな……」
「容易に想像できるな」
カクレテールで、アースとエスピとスレイヤがカリーを囲んで繰り広げるコイバナにキャッキャとしていたのだった。
『そ、そうだ! それを言うなら、エスピとスレイヤは付き合ってるんだよな? どど、どっちからその……告白とかしたんだ? あ? デートとかしたのか~?』
「「「「「アースが逃げた! ……でも、確かにソッチも気になる!?」」」」」
『『ん~……何となく?』』
「「「「「何となくッ!!??」」」」」」
アースが話題を誤魔化すように反撃をする。
しかし、それは軽やかに回避されてしまった。
「……何となく……ですか。エスピ姉さん……過去はあんなに甘えんぼで、子供らしさ全開だったというのに……お、大人ですね」
「し、しかし、サディスよ。な、何となく……何となくで交際などありえるのか!? そ、その、ほら、我とか、アースとか、その、そもそもソレが非常にハードルというか、むしろその答えこそが色んなものを左右というか、人生に影響というか……そ、それなのに、な、何となくでなど……」
エスピとスレイヤの馴れ初めをアースが問うたが、答えはあまりにもアッサリしていたことや、二人がまるで動揺もしていない熟年ぶりを見せたことで、どうすればそこまでの境地に? と、恋するフィアンセイも、恋愛方面は疎いサディスも狼狽えた。
『その、そういうなんか、ほら、こういうのあったよ~、とか、その、なんか、い、イベントがあったよ~とか、そういう報告とかは、ひ、必要なんじゃないかと?』
「そ、そうだ、ひ、必要であろう。な、なんとなくで、生涯の伴侶を決めるなど……と、というか、その過程を通じて互いの愛を育むというか、思い出を作るというか……」
「全くです。それこそ昔の私ならば、もし坊ちゃまが生涯の相手として婚約者だったフィアンセイ姫以外の女性を連れてきた場合は、何となく等は許しませんでした。面接やら教養のチェックはもちろんのこと、子作りの―――――い、今は私などでは口出しできる立場ではありませんし……坊ちゃまが選んだお方と自由に生きていただきたいと……」
「うんうん、そうかな! そういうの必要だと思うかな!」
「おお、姉貴も何やら感情籠ってるっすね……」
「コクコク……」
「あれ? リヴァル……サラリと頷いてる?」
そう、真剣であるからこそ、フィアンセイもサディスも「何となく」は納得できなかった。それは、ツクシもその傍で同意するように頷き、サラリとリヴァルも小さく何度も頷いていたのをカルイとフーは見逃さなかった。
ちなみに……
「……と、ところでサディスよ……その面接内容からして……そ、その、わ、我のことはいいが……その、実際……ク、クロンとか、シノブとかはどうなのだろうか? きょ、興味本位として……い、いや、アースの眼中にない我が気にするアレでもないのだが……」
「……………」
「サディス?」
「………………両者容姿端麗……教養に関してはクロンさんに関しては世間知らずではあることが少々……シノブさんは……文句の付け所がないですね……あえて言うなら……胸の大きさぐらい……その、坊ちゃまは大きいオッパイが好きですので、子作りに影響が……」
仮に帝国にいたころに、アースが将来の伴侶としてクロンとシノブを連れてきても、悪いことにはならないというところ。
また、クロンの「世間知らず」という点も、現在のクロンは建設現場でカリー屋を開いて多くの人たちと交流し、ヤミディレやブロからも日々色んなことを学んでいるため、その欠点も既に解消されているわけだが……




