気高きドールマスター
人形が飛んでいってからほどなくして、豪邸から人が出てきた。いや、よく見てみると門番人形よりも大きい、ちょっとした子供くらいの大きさの人形であった。
「こんばんは。わざわざ来てもらって申し訳ありませんが町長はもう休んでいます。ご用件は伺いますのでまた明日お越しください」
「わあ人形さんがしゃべってるよアグニャ」
「すごいですね。て、それどころじゃないですよ! 私たち全然お金ないから宿は愚か、この町じゃ食べ物を買えるかすら分からないのに!」
さっき飲食店の前を通っているときに町人に聞いたが、ちょっとした食事だけでもこの町は結構ゼニを持っていくらしいのだ。途方にくれるアグニャを見かねたのか、人形が情を見せてくれた。
「お困りのようですね。どうやら聖職者のようですし特別に町長の元へご案内します」
「おお、まさかここで教会のシスター服が役に立つとは」
「世の中どんな物がいつ役に立つか分かりませんね……」
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人形に案内され、豪邸に入った二人は驚きの光景を目にした。あっちではメイド服の人形が掃除をし、そっちでは鎧を来た人形がうろちょろと見回りをしている。そんなかわいらしい光景を目にしながら、二人は応接間と思われる部屋に通された。
「町長をお呼びしてくるので、少々お待ちください」
案内してくれた人形がそう言って部屋を出ると、今度は別の人形がお茶を出しに入ってきた。目まぐるしく様々な人形が登場してなんとも楽しい所だと二人は思った。
「うーんやっぱり外の世界はすごいね。このソファはガンガン沈むし、お茶なんてもはや匂いで喉が潤う気がするよ」
「空きっ腹に熱々紅茶もなかなか良いですね」
二人して豪華な調度品を前にはしゃいでいた。長距離を歩き続け、色々あって精神的にも消耗し、腹ももはやグゥとすら言わぬほど空腹だがなんともたくましいものである。
二人がお茶を飲み終える頃合いで、応接室のドアが開き平凡な男が入ってきた。この男はどうやら人形ではないようだ。
「やあ待たせてごめんなさいね、ぼくがこの町で町長をしているゴロだよ」
「開口一番に謝罪とはなかなか分かってるじゃない。あたしはエシャーティ、まあ座りな」
「このボケが! 初対面の方にそんな口利くなんて! あ、ど、どうもアグニャです、こんな遅くにすみません……」
「なに、気にしないで。お腹がすいているんだってね、食事を用意させているからそれを食べながら話を聞こうか」
そうゴロが言うと、なんともタイミング良くドアが開き人形たちが食事を配膳していった。もう我慢の限界だった二人は、お作法や行儀とは程遠いスタイルで食らいついたのであった。
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「それで、こんな夜中にいったい何の用事だい? ひどく疲れているみたいだけど」
「私たちはここから東にある小さな村から来たんです」
「あそこからか。それにシスター服ってことはもしかしてあの教会からかな?」
「察しがいいわね! さすがは町長やってるだけあるってことか」
「また偉そうに……えっと、それで先日村におかしな出来事が起きたのです」
「おかしな出来事?」
深刻そうな顔をするアグニャに真剣に耳を傾けるゴロ。まだ食事を食べ散らかし横やりをいれようと隙を伺うエシャーティ。どこか緊迫した空気が場に流れる。
「村中の家やお店に泥棒が入ったのですが、エシャーティが犯人だとあらぬ疑いをかけられて助けを求めに来たのです」
「あのイナカッペども、証拠もないのにあたしを犯人だって決めつけて! まったく、司祭もあれじゃどうなるか分からないし最悪よ、最悪」
「なるほど、それなら良い駆け込み先を選んだね。ぼくはあの教会の司祭と昔色々したりしてたんだ、あの人の身内ならいつでも歓迎だよ」
「本当ですか!? た、助かります」
「ようやく人心地ってとこね」
にっこりと笑顔でエシャーティたちを受け入れてくれるゴロ。その笑顔にエシャーティもアグニャも大きな安堵を覚えた。安心した様子の二人を見たゴロは続ける。
「あの人なら心配いらないんじゃないかな。司祭の持ってる力があれば、そうそう深刻重大な事態にはならないでしょ」
「司祭の能力ってそんな強いの? 前にどんなのか聞いたら、なんかシモベを使えるだけだって言ってたけど」
「便利は便利だけどデメリットがすごく大きいらしいので、私たちは使ってるとこ見たことないですが」
「あはは、シモベね。言い得て妙だ。あの人にとってあれは単なるシモベ扱いか、敵わないな、まったく」
「ええ、気になるな。詳しく教えてよ。あたしてっきり犬か猫でも従えるのかと思ってたのよ?」
「ま、それは帰ってから本人に聞けばいいよ。隠したがるのも無理はないけど。さあ今日は疲れただろうし休むといい、客室に案内させるよ」
ゴロが合図すると案内人形がやって来た。まだ色々聞きたい事が残ってる二人を置いて、ゴロはさっさと自分の部屋へ帰っていった。
仕方がないので二人は案内人形の導く部屋へ向かい、疲れた体をふかふかのベッドへ沈めたのであった。
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