ホムラ先生
ビーチでのキャンプとはまた違うパリッと乾燥した空気の心地よさのなかでエシャーティは目が覚めた。ここは危険な動物も数多く潜む地だというのにも関わらず、レンたちが守ってくれているという安心感でぐっすりと眠れたようだ。
テントから出るとパッと眩しき陽光のもと大勢のレンの部下たちがせわしなく朝の身支度をしており、眠気をどこかへと弾き去った。キョロキョロと見渡すと、洗濯物を干しているアグニャとレンを見つけた。
「これでよし、と」
「あの、そんなにマジマジと私の下着を見ないでくれますか」
「いやなに、これ昨日隠してたやつだなーって」
「しょうもない事を……」
「おはよー! 洗濯ごくろうさん!」
エシャーティが挨拶をすると二人もおはようと返してくれた。物干し竿を見るとレンの部隊の洗濯物に混じって、エシャーティやアグニャの物もついでに干されパタパタを風になびいていた。どうやら一緒に洗ってくれたみたいなので礼を言った。
「あたしたちが寝てる間にこんなにいっぱいテント張ったのね」
「まあ数十人規模のチームだからな、今回は」
「この人数でしたら片付けもすぐ終わって楽ちんですね」
「片付けが終わったら二人の目的地に向かって半日ほど歩き、昼食を済ませた後はこちらの仕事をしたいのだが」
「私達はレンさんたちのご都合に合わせます」
「そうか、助かるよ」
本日の予定を伝えると、レンはせっせとキャンプの片付けをしている部下たちの元へ向かっていった。エシャーティたちもそろそろ自分たちのテントを片付けたり、朝食を済ませなければ。
「それにしてもいっぱい人がいるね」
「あとでご挨拶をしましょうね」
「あっ、クロガネで一緒に捕まってた人もいる」
「火を発射して料理の手伝いをしてますね。さ、私たちもあんまり準備が遅いと迷惑ですし、早く片付けましょう」
x x x x x x x x x x x x x x x
朝食を終えレンの部下たちに改めて挨拶を済ませたら早速サバンナを北西へと進む。レンは久しぶりに会ったエシャーティたちがこれまでどのような旅をしてきたのか、サバンナの珍しい動物たちを眺めながら尋ねてきた。二人はクロガネを出てからどんなことがあったか思い出しながら、時に話を盛りながら、順を追って語った。
こうして人に旅の思い出を語るのは初めてなので、二人とも話してみたいことがたくさんあった。シロガネを出てすぐ近くにある森でエルフに会ったこと。そのエルフから魔法を教えてもらったこと。東雲山で少し変わった学者とサンカヨウという美しい花を探したこと。それからビーチでは大食い大会に参加し、歴代最高記録を叩き出して優勝したこと。
時に嫌な思いをすることもあったが、思い出すのは楽しい出来事ばかりだった。
「そうか。シロ様たちも二人が楽しく過ごしていると聞いたら喜ぶだろう。それにローズリリーも心なしか輝きを増して、磨きがかかっているし」
「ローズリリーももう手放すのが考えられないくらい、何度も助けてもらってますよ」
「せっかくこうして会ったのだから、私の部下に剣の基本を教えてもらうのはどうだ」
その提案に少しワクワクする響きを感じたエシャーティ。なにせ現役軍人から直々に剣の扱いを教えてもらえるのだ。クロとシロが決闘をした時のような迫力満点で異次元じみた動きが出来るのかもしれないと思うと、やんちゃなハートは即答せずにはいられなかった。
「いいの!? 教えて教えて!」
「良い返事だ! アグニャは?」
「私は体を動かすのは苦手で……」
「えー、もったいない。せっかくのチャンスだよ」
「だって人を斬った時の感覚がどうしても不気味で」
それを言われたらなかなか勧めづらい。まあアグニャはこれまでも何とかローズリリーを振るって身を護れているし、苦手だと言うのなら無理に習わなくてもいいだろう。
ともかくエシャーティが剣を学びたがっていると知ったレンは、部下の中から先生に相応しい人物を脳内リストから弾きだし、こちらのほうへと呼んだ。部隊長の呼びかけに応じて草原を移動をする隊列から駆け寄ってきたその人物は、なんと例の炎を操る能力を使う女性だった。
「どうかしましたか、隊長!」
「ホムラ、お前剣の腕が良いよな」
「まあこの新兵器テスト部隊で刃物類のテストを任されてますし、かなり自信はあります!」
「その技術を我々の恩人であるエシャーティに、基本だけでいいから教えてさしあげろ」
「そ、そんな大役を自分が……!?」
「いやいやそんな大袈裟なキャラじゃないわよ、あたし」
思わず足を止めて仰天するホムラと呼ばれる女性。謙遜する彼女とは対照的に、エシャーティはこの女の人がどのくらい頼もしい腕前なのかクロガネで脱走した際に幾度も拝見したので、この人の指導ならば信頼できるばかりか気楽に接することが出来るからありがたいなぁ、と乗り気であった。
「ねえねえ、あなたホムラっていうの?」
「そうです! しかしあの、やはり自分は」
「思い出すね〜、クロガネで檻を壊したの、カッコよかったよ」
「覚えててくださったのですか、自分の事を!」
「もちろん。それに、あそこじゃレンとあなたがローズリリーを使って看守たちをボコボコにしてたじゃない」
「そ、そんなことまで……」
クロガネの監獄から脱走した時のことをしみじみを思い出す。アグニャの持っていたローズリリーはレンが、そしてエシャーティの持っていたローズリリーはこのホムラへと預け、あっさりと監獄を突破したあの出来事を。鮮やかな剣技を見せられたエシャーティはこうして再びホムラと会えた事になんだか運命の惹き合わせを感じたのだ。
「ほら、聖女様はお前を気に入ったみたいだぞ」
「……分かりました。受けた恩をいつか返したいと思っていましたし、聖女様に自分のスキルを全てお教えしましょう」
「そ! それじゃありがたくご教授頂くわ!」
パァァ〜とかわいらしい笑顔を浮かべてホムラにペコリと頭を下げるエシャーティ。人に何かを教えた経験など無く、キチンと伝達できるか不安だったホムラはその純粋な存在性にガツンと衝撃を受け、何が何でも己の持つ全てを捧げようと決心してしまった。というか、誰から見てもそう決心したのが丸分かりなくらいホムラの表情は気迫に満ちていた。分かりやすい女である。
「あの、ホムラさん。エシャーティが付け上がってしまうので聖女などと呼ばずに、あなたは先生なのですから呼び捨てでいいんですよ」
「そうだよ、あたしもそっちがいい」
「しかし聖女様は我がシロガネの救世主でもありますし、」
「二人がこう言っているし、それでいいんじゃないか。ホムラよ」
さすがに三人からそう言われたのではホムラも考えを改めるようで、モジモジとエシャーティ……と呟いた。元々が礼儀正しいのでぎこちない言い方になっているが、ホムラにとってはとても勇気を振り絞った発言なのだと感じ取ったエシャーティ。普段なら茶化したり無礼な返答をするところだが、エシャーティはその決心に真正面から正々堂々の本音でこう返した。
「はい! なんですか、ホムラ先生!」
慣れない敬語を口にしたら、エシャーティは少しだけアグニャの気持ちが分かったような気がした。少し照れくさいが、それでもしっかりとこれから先生になるホムラの顔を見て返事をした。その真剣さを感じ取ったホムラは己の内にあった遠慮は不要で邪魔なだけだと気付かされ、この子の先生になる自覚がようやく湧き出した。それに初めての師弟でのやり取り。我が生徒の返事には最大限の礼儀で応えようではないか。
「……良い返事です、エシャーティ!」




