危険な夜
「カフっ……」
「もしゃもしゃ」
「ね、ねえ。固くない?」
「固いですね。で?」
「そうよね、アグニャはそんなの気にしないもんね」
「まったく。ほら、この肉は柔らかいはずですよ」
スッ……と大事そうに一つの肉の塊を出し、これまでの肉とは明らかに違う丁寧さで焼き始めるアグニャ。じっくりと赤みが消える直前まで焼くと、全てエシャーティの皿へ乗っけた。
「さ、どうぞ」
「いいの? なんか大事そうにしてたけど」
「まあ希少部位です。私の解体が正しければ、その部位は恐らくヒレ肉なので食べやすいでしょう。ただ私は先程からサーロインやランプを頂いてますから、それは差し上げます」
「へぇ〜。よく分かんないけどありがと!」
食に関してはアグニャには全幅の信頼を寄せているので、アグニャがすすめてきたのならそれは美味しいのだろうし、それの代わりに何らかの良質な肉を多く食べたというのならそれで構わない。なんせアグニャはエシャーティでは絶対にできない動物の解体、さらには後始末から料理まで全て引き受けてくれているのだから。
「ん! 全然柔らかさが違うよ。ほんとに同じヌーから取れた肉とは思えないくらい」
「ちゃんと綺麗に捌ければもっと取れたのですが。でも喜んでくださって私も嬉しいですよ」
「こんな山盛りに取れたら十分だよ。すごいよアグニャ」
「ふふ、ありがとうございます」
完全に家畜化されて可食部が大量に取れる牛からは約1kgほどのヒレ肉が取れる。それに対し、野生のヌーから取れるのは最大でも500g前後、さらに不慣れなアグニャが解体したとなれば300gも取れたかどうか。しかしエシャーティは少食なので、300gもの肉はまるで横綱の尻のごとく巨大に感じた。しかし先程の固い肉とは違うのでパクパクと食べ進み、いつの間にかヒレ肉は全てエシャーティのお腹へと収まってしまった。
「食べた食べた。ごちそうさま!」
「ごちそうさま。さすがにヌー一匹は食いでがありましたね」
「骨とか血は埋めて供養しよ」
すっかりアグニャのお腹へと収納されてしまったヌーの亡骸を血抜きに使った穴へと捨て、まだムンムンと香る血もろとも埋めてしまう。地の魔法で埋葬は一瞬で完了したが、二人は初めて己の手で動物を仕留め、それを食べたという思い出を忘れないために感謝の祈祷を捧げた。こういう時ばかりは旅に向かないシスター服が輝く。
「……星が出てる」
「本当ですね。あ、もしや今ちょうど昇天してお星さまに!?」
「うそー! よかったー成仏してくれたみたいで」
空に爛々と浮かぶ一番星を勝手にヌーの魂ということにして、二人は動物避けの火を焚き始めるのであった。
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サバンナの夜は過ごしやすい。サバンナを覆う草原は昼間に浴びた陽光の熱をたっぷりと蓄え、夜の冷える空気をほんのりと暖めて適度な気温へと相殺してくれるのだ。同時に捕食動物たちが獲物を求めて動き始める危険な時間の始まりでもある。
エシャーティたちは遠くから聞こえるヌーなのかシマウマなのか分からない悲痛な叫び声が時たま聞こえるのが怖かった。外には長持ちする焚き火を焚いてはいたが、それでもライオンやヒョウなどが襲ってこないとは限らない。
「うう、またなんか狩られたみたいね……」
「怖がっても仕方がないですが、やはりこういう危険地帯での野宿は恐ろしいですね」
「ねえアグニャ、あれ使っちゃう?」
エシャーティの手には希少なアーティファクト、イカロスの羽が握られている。しかしながらこれを使う決心は中々つかず、アグニャと一緒にどうすべきか相談していた。外で猛獣の声や草食動物の悲鳴が響くたび、イカロスの羽を持つ手が震える。だがこんなとこで使うのはなんだか違う気がするのだ。
と、寝袋の中で初めてのサバンナの夜を二人引っ付き合い、震えながら過ごしていたら、突如動物の鳴き声よりも遥かに大きい爆発音が遠くから聞こえた。このどこかで聞いたことのある音は確か……
「……銃の音!」
「あー、シロガネのレンさんの!」
「なんかの用事でサバンナに来たのかな」
「銃の音がした、ということはレンさん達の身に何かあったのかもしれません」
「ひぇー、ヒョウがもぐもぐフェス!?」
「うぅ、私達は撃退に成功したのを祈るしか……」
ただでさえギュウギュウに引っ付いていた二人だが、迂闊にも弾を外し恐ろしい怪物に食されるレンを想像してしまい、がっしりと抱き合い心細さを紛らわそうとする。寝袋の中で密着した二人はお互いの心音の心地よさと相手のやわらかな肌だけを支えに、何とか悲鳴をあげずに耐えていた。だが心音に身を委ね寝袋に潜り込んでいた二人は、テントに近付いてきていた大勢の足音に気が付かなかった。
「おーい、こんな危ないトコで野宿しているのは誰だ?」
「ぎにゃああああ!?」
「うお、そんなに驚かないでくれよ……あれ?」
「ど、どうも、レンさん」
「エシャーティとアグニャじゃないか!」
エシャーティの悲鳴を聞き、どうしたのかとテントを覗いてきたレン。まさかこんなサバンナでエシャーティたちとばったり遭遇するとは思わず、しかも何やらかわいらしく一緒に寝袋に入っているからなんだか色んな気持ちが込み上げてきて、顔がニヤニヤ。このお取り込みの場はあんまり他の者には見せられないなと、部下たちには外で待ってるよう伝えテントに入ってきた。
「まあその、仲がよろしいことで」
「これは寝袋を共有することで節約しているだけです」
「そ、そうよ! ところでなんでレンはサバンナなんかにいるの」
「新しい銃の耐久試験をしに来たんだ。サバンナはこれから雨季に入るから防水試験にちょうどいい……と、シロ様が仰ったのでな!」
「へぇ、雨季とかあるんですね」
「ああ。どういう理屈で大雨が続くのかはシロ様しか把握していないがな!」
「ふふ、レンはいつも通りねぇ〜」
ふとエシャーティは何人もの部下を引き連れているレンに、ちょっとしたお願いが頭に浮かんだ。こんなに大勢でサバンナに来たのは恐らく夜行性の猛獣たちの襲撃に備え、夜中に見張りをする人員まで見込んでの人数なのだろう。ということは、このサバンナにしばらく滞在する場合に限るが、自分たちがサバンナの先にある街まで辿り着くまで一緒にいさせてもらえないか、お願いしたくなったのだ。
「ねえレン、サバンナにはどのくらいいるの?」
「最低1ヶ月はいるな。試作品を長期間雨に晒すのが目的だし」
「じゃあさ、あたしたちサバンナの先にある街に行きたいんだけど、二人じゃ危ないから着いてきてくれない?」
「な、なんてわがままなんですか。ダメに決まっているでしょう」
確かにわがままな頼みかもしれないが、実はアグニャも同じことを考えていたので、こうしてエシャーティが先に言い出してくれて内心ガッツポーズをしていた。
さらにエシャーティのお願いを聞いたレンは、とても嬉しそうに二人へこう言った。
「実は危険なサバンナで野宿する二人が心配だから、こっちからそう言おうと思ってたんだ。これからよろしくな!」
「ほんとですか! すごく助かります!」
「わーい、レンたちがいるなら安心ね!」
「それじゃ部下たちに伝えてくるよ……おっと、なんか踏んでしまった。すまない」
何やら袋があったようだが、エシャーティが灯す小さな光ではよく見えなかった。レンは中にどんな物が入っているかわからないが、壊してしまってたら大変なのですぐに拾い上げて中を見てみる。すると何かに気づいたアグニャが、薄暗の中でもハッキリ分かるほど顔を真っ赤にして突然声を響かせた。
「あっ! それは見ないで!!」
「うん?……おーっとっと、これは」
「ガァァァ! 見たな!?」
「いやー、アグニャ殿、失敬した」
「なになに、なんで寝袋に隠れるのアグニャ〜。ねえレン、その中って何が入れてあったの?」
「それはだな、」
「ガァァァ!!」
普段人に対して礼儀を忘れないアグニャが、今ばかりは許さんとばかりにエシャーティに袋を渡そうとしたレンに向かって、寝袋の中からステルスポー頭突きをぶちかます。冗談冗談、と笑うレンから袋をガァっと引ったくると、大事そうに抱え込んでもう寝ますとふて寝してしまった。
「ふふ、ほんとすまないって。さて夜も遅いし、エシャーティも寝るといい。夜の見張りは我々がやるから安心して休んでくれ」
「ねぇ〜、結局なんなのよ〜」
「ジロり……」
「ま、乙女の秘密ってとこかな。じゃあおやすみ!」
色々と袋が気になるエシャーティだったが、レンは外で部下たちと見張りの相談とかし始めた様子だし、アグニャに聞こうにも決して袋を離そうとせずに反対側を向いて眠ってしまっている。仕方がないので、ふてくされたその背中に寄り添って目を閉じることにしたのであった。




