大食い大会
ビーチへ来て3日目の朝。このキャンプ場にいれるのも今日までである。楽しい時が経つのは早いなぁ、と早くも感傷に浸っていたエシャーティを見かね、アグニャは喝を入れる。
「この2日間はたっぷり遊んだのですから、そろそろシャキッとしないといけませんよ」
「えー、今日まではキャンプ場で寝泊まりできるし明日からがんばろうよ」
「ダメです。明日から動くようでは再びここに滞在する可能性が出ます」
水着だって今日の夜には洗濯して返す用意をしなければならないし、着替えや消耗品を揃えておいたり旅の準備だってあるのだ。
やることはいっぱいあるのにその事実から目を逸らし、後回しにしようとするエシャーティ。だがこの陽気な太陽と心地のいい波の音を聞いているとアグニャもそうしたくなる気持ちがよくわかるので、少し譲歩した提案をする。
「ま、やることは多いですが、まだ東海岸の街をじっくりと見ていませんし、午前中は街を観光しましょうか」
「ほんと!? じゃあさ、この大食い大会に出ようよ」
「大食い大会、ですか?」
海の家に置いてあったチラシをエシャーティは見せてくる。どうやら街の広場にて東海岸で名物となっているザリガニ大食い大会が本日開催されるという内容だ。しかしアグニャはふと、自分のように特別な力を使うとお腹をすかせるタイプの人間が非常に有利なのではという疑問が湧く。それを察したエシャーティはすかさずチラシの裏を見せてくる。
「アグニャはこの、”エキスパート部門”での参加になるわ!」
「なるほど、私のようなタイプの人とそうでない人は参加できる部門が違うのですか。それなら公平な戦いが望めますね」
「大食いで人の命を救ったこともあるアグニャなら、どんな大食漢が相手でも優勝間違いなしよ!」
自分の心臓を刺し貫き死にそうになっていたベルと、それを救おうと一生懸命にノドや内臓がはち切れ、出血どころかありえない部分から食べたものが噴出するするほど食料をかっ喰らいつつ、自分で自分を癒やしていたあの姿を思い出すエシャーティ。あんなハードボイルドなマネができるのは恐らくアグニャだけであろう。それになによりも大事なのは……
「優勝したらいっぱい賞金が出るよ、アグニャ」
「ふっふーん、それならいっちょ食いましょか」
「うふふ。アグニャが出るなら頼もしいわね〜」
「ところで参加費はどのくらいなんでしょうか」
「女性は大会が用意した衣装着ればタダだって」
ちなみに参加費用を払うとしたら、エキスパート部門に出場するには1万円かかるのだという。どんな裏があるのかわからないが、単に指定された衣装を着るだけでいいのならやらない理由がない。それにザリガニも食べてみたかったところなのでアグニャは段々わくわくしてきた。
「受付は12時からで開始が12時半ね。それまで街を観光して時間を潰しましょ」
「お腹をすかせるために色んな所を見に行きましょうね」
「それならまずはショッピングに行って、それからそれから……」
ついさっき東海岸の地図をきちんと眺め、大きなショッピング街や遊興施設もあるこの地の魅力に気づいたエシャーティは口早に行きたいところを言う。アグニャはやれやれといった具合で、ローズリリーとインチキカバンを手に出かける用意をするのであった。
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しばらく東海岸の街を堪能しいよいよ大食い大会の会場へ来た二人は、予想より遥かに人が集まっていて大規模な大会という事に驚いた。会場には数千人はいるであろう観客と、それを相手に儲けようと雑多な屋台が立ち並んでいて圧巻である。エシャーティたちはまごまごしながら受付をしに向かった。
「東海岸ザリガニ大食い大会へようこそ! 参加受付でしょうか」
「はい。あの、なんか指定の衣装を着れば参加費はタダと聞いたのですが」
「スポンサーウェアをご利用なさるのですね。どの部門に挑戦しますか」
「エキスパート部門です」
「ではこちらのエントリーシートをご記入お願いします」
受付ナンバー56と走り書きされた用紙を受け取って、サラサラとアグニャは記入していく。が、最初の回答で早速つまづいてしまった。
「うむーっ」
「どうしたの?」
「いえ、年齢と誕生日ってなんと書けばいいのでしょうか」
「あー、あたしたちってそこらへん分からないからね……」
二人とも赤ん坊の頃に司祭から拾われた身なので正確な年齢や生年月日がわからないのだ。うんうん悩んでいると見かねたスタッフが大体でいいですよと気遣ってくれた。しかし大体と言われてもいい感じの生年月日が思い浮かばない。そもそもこの次の設問はあなたの星座は? などと書かれている。もっと不明ではないかと二人は絶望に暮れた。
「私には参加する資格がないという神のお告げでしょうか……」
「飛ばしてもいいんじゃない?」
「ではこの大食い歴、というのはどう書きましょう」
「能力開花からじゃない?」
「そうですね。えーと、好きなもの?」
「あたし」
「エシャーティ、と」
その後も印象に残ったチャレンジにお墓とたんぽぽと記入したり、これまでの戦績に無敗と書いたりしてエントリーシートを埋めていった。最後になってようやくハッキリと答えられる質問が来て、アグニャは自信に満ちた筆跡で書き込んだ。
「特別な力……人を癒やすことができるけどお腹がすく、と!」
「やっと書き終わったわね!」
「なんだかこれ書ききるのに疲れちゃいましたよ」
「いいじゃない、その疲れも癒やせばお腹をすかせられるんだから」
「ああ、それもそうですね」
受付にエントリーシートを渡し、代わりに指定の衣装を受け取る。更衣室はどうやら選手の控え室にあるようなので参加しないエシャーティとはここでいったん別れることに。一人ぼっちで少々不安だが、エシャーティが別れ際にがんばってね! と応援してくれてアグニャに自信と勇気をくれた。
ここから先は自分の限界との戦いだ。絶対に優勝してこれからの旅の資金を稼がねば。そう心に誓うアグニャであった。




