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研究者の矜持


 だがアグニャの心配は杞憂に終わった。なぜならトリトマの研究部屋とやらはゴミ屋敷のように雑多な植物で溢れかえっていたからだ。さっきまでどこか人間味を感じず、何だかミステリアスな雰囲気を感じていたのがバカバカしくなるほど汚い部屋だった。


「うっわ、きったな!!」

「そうでしょー。まあ、引っ越すときには片付けるよん」

「汚いですが……植物がいっぱいありますね」

「そうでしょ〜。ほらこれとか面白くなぁい?」

「なにコレー! ちっちゃいモミジの木!?」

「ミニチュアだけどちゃんと赤い葉を実らせて……かわいいです!!」

「盆栽の中でも最新モノなのぉ。まだまだあるよん」


 見たことのない植物を色々と見せびらかすトリトマは、とても楽しそうで輝いていた。こちらが植物について質問するとどんな些細な疑問にも答えてくれるし、講釈っぽくならないようおもしろおかしく話してくれて時間が経つのを忘れるくらいだ。

 素の表情を惜しみなく見せてくれるトリトマに二人はすっかり心を開いていた。何のことはない、ただ研究熱心で植物が好きな普通の人間だったのだ。


「どうかしらん。私の研究テーマはこういう自然の賜物を決して失わないよう保護することなのよぉ」

「なんて素晴らしい行いでしょうか!」

「でもあたしたちに何ができるかな……」

「二人は私と一緒に東雲山でサンカヨウっていうお花を探してほしいのよん」


 ゴソゴソと本棚から植物図鑑を取り出し、サンカヨウについてのページを開いてくる。しかしそこにはサンカヨウについての外観と発見しやすそうな環境についてしか書かれていなかった。


「このお花は珍しくてねぇ、詳しく研究した人がまだいないのよん。だから私は詳しい生態を調べてみたいのぉ」

「調べるだけ?」

「うふふ、研究者がどうやってお金を稼ぐのか気にならないかしらん」

「確かに気になりますね」


 今回のような新種ではないもののあまり研究がされていない植物を完全解明した場合は、植物を専門に取り扱う機関に研究成果を提出し、その研究成果に需要が多いと判断されれば褒賞金がもらえると言う。

 そして今回の目標であるサンカヨウは雨が降った直後に真の美しさを見せると図鑑に書いてある。ここが重要だとトリトマは言う。


「きっとこのお花は全世界の花屋さんが欲しがると思うのよねぇ。そうなるとすごい額の褒賞金が出ちゃうのよん」

「すごーい! でもやっぱお金目当てなんだね。植物の保護とか言うのは建前?」

「こ、コラ、突っかからないのです」

「いいわいいわぁ、ピュアな心ねエシャーティちゃん。そういうの……かわいいんだからぁ」

「ひゃー!!」


 エシャーティは悪寒を感じた。もちろんトリトマは本気ではないだろうが、ゾワゾワと背筋に刺激が走る。


「でもね二人とも。私だって生きなくちゃいけないのよぉ。この図鑑だってすんごい高いしねぇ」

「それはそうだけど……」

「それにね、サンカヨウはこのままだと消えゆく種でもあるの。なぜ年々目撃数が減っていくのか……その理由を見つける事が私にとっては一番重要なのよん」


 そう語るトリトマの目には、自然を心から愛する炎が灯っていた。きっと彼女のこれまでの人生には一歩及ばずこの世から消えてしまった植物もあるのだろう。そんな後悔を二度とすまい、という決意を今の会話からエシャーティとアグニャは感じた。


「そっか! ちょっと無神経なこと言ってごめんなさい。あたしもやるよ!」

「そう! にしてもかわいい、かわいいわあなた……アグニャちゃん、あなたよく我慢できるわねぇ」

「ええ。今もがんばってます」

「なに変なこと言ってんのよ、二人とも……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ひとまず今日は下山を終えたばかりだったので、サンカヨウの調査は明日からすることになった。エシャーティとアグニャは空き部屋に荷物を置いて、少し早めの夕食を食べることにした。


「ありがとねぇアグニャちゃん。私はあまり料理ができないのよん」

「いえいえ。これからお世話になるので食事くらいはご用意しますよ」

「大助かりだわぁ。それはそうと、量が多くないかしらん?」

「あー、アグニャは大食漢なの。食費の心配はしないでね、あたしたちが食材は調達するから」


 トリトマはまるで当然のように一人10個ずつ卵が用意されている状況に困惑していた。手元にはシジミの殻を捨てるための皿よろしく、卵の殻を捨てておける皿が準備されている。いったいどんな料理をどうやって食べることになるのだろうか?


「はいどうぞ、すき焼きです。割下と材料をいっぱいこしらえたので、たくさん食べてくださいね!」

「きゃー、新鮮な牛! はやく入れて!」

「はいはい、慌てないで。ほっ!!」

「あ、あれまぁ、トングで持ちきれてないよん……!?」


 グワシャァ!! と煮えた割下の海へ常識はずれの肉を投下するアグニャ。恐ろしいのは一掴みではなく、いっきに五掴みくらいぶちこむその男気である。ちなみに使用している鍋は野宿でも使った巨大中華鍋だ。トリトマの家にはアグニャの食事量に対応した調理器具なんてなかったから、自前の物を使っている。


「お、先にいれてた野菜はもう食べ頃ですね……はいトリトマさん、どうぞ!」

「!?……お、おばさんはこっちの皿でお願いしようかなぁ」

「そうだよアグニャ。あたしと同じくらいでいいんだよ、普通の人は」

「そ、そんな……!?」


 アグニャは自分が食べるのと同じ分量をよそったらドン引きされたのに少々ショックを受けたが、白菜をモシャモシャと食ったら美味しさのあまりすぐに忘れた。白菜は合計で六玉、つまり一人二玉分は食べれるよう入れていた。


「ねえエシャーティちゃん、あの子はいつもいっぱい食べるのかしらん?」

「そうだよ。すごいでしょ」

「すごいねぇ。あ、お豆腐おいしいねぇ」

「ネギもたまらないわよ。そうそう、使わない分の卵はアグニャの近くに置いとけばいいよ。勝手に消えるから」

「わかったよん」


 久しぶりに人と食べる食事にトリトマは幸福感を感じた。こんな気分はもうどれくらい味わってないだろうか。というより外食以外でこんなにしっかりした物を食べるのはいつ以来だろうか。


(こんなに楽しい時間がしばらく続くなんて夢のようだねぇ。やっぱりあの子のためにも私は家に帰るべきかしらん……)


 トリトマの心に浮かぶのは、最愛の娘。しかし今はまだトリトマの心の中に秘めておく。いつかこの二人には娘の事を話したくなる時が来るだろうから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 実在する植物の名を出していますが、あくまでもフィクションなので実際の植物の特徴や分布などがおかしい場合があります。作者の知識不足で誤った情報を記載している可能性もありますので、絶対に野草などを無闇に口にしないようにしましょう。

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