終わりを告げる日常
「ちょっと、あたしが泥棒ってこと? し、してない! してないそんなこと!」
「司祭、今はふざけていい雰囲気じゃないでしょう? 空気読めてないですよ」
「もちろんエシャーティは絶対にそんな事する子じゃない。うちで育ったんだからな。だから村人たちにもハッキリとそう伝えたんだが」
「なんと言い返されたんですか?」
「昨日エシャーティが一人でやけに豪勢に買い物をしていた、盗みを働いて金を得たに違いない、とか」
「そ、そんな! あたしおこづかいでやりくりしてるもん!」
「もちろんそうだろう。それにエシャーティは小遣いがなければ教会に代金請求させるし。しかし、他にも疑惑があるらしい」
二人は司祭の言葉に静かに耳を傾けた。司祭はつらつらと村人たちから言われた言葉を分かりやすく、適度にまとめて伝える。
「なぜ今までケンカで勝ったことのないエシャーティが、いきなり身代わり少年を倒せたのか。なにか怪しいコトをしてるんじゃないか……って」
「あったまきた、どいつもこいつもあたしが無能力だからってコケにして! このあたしが直々にリスペクトってやつを教えてこようかしら!」
「お、落ち着きなさいエシャーティ……」
怒りが頂点に達し暴言を吐き出すエシャーティ。そしてそれをなだめるアグニャ。少し落ち着くも、依然辛抱たまらんとばかりの様子のままである。
「その怒りは至極当然だ。エシャーティの普段の行いがひどいとは言え、正々堂々のケンカにまでケチをつけるのはやり過ぎだ」
「そうだそうだ!! それに今のあたしは光を操れるんだから! 油断して負けるのが悪いんだよあの負け犬がァ!」
アグニャになだめられながらもぎゃあぎゃあと憤るエシャーティ。すると次の瞬間、窓から石が投げ込まれてあわや三人に当たりそうになった。
割れた窓からはエシャーティを出せ! という村人たちの怒声が入り込んで、一気にエシャーティを冷静に引き戻した。
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「あわわ、これほんとにやばい状況じゃん!」
「お、落ち着きましょうエシャーティ。司祭、私たちはどうすれば……」
まさか今まで教会には友好的だった村人たちが、こんな暴動紛いの行動に出るとは司祭も予想していなかったようで、焦りを禁じ得ないようだった。
「よし……二人とも落ち着いて聞け。今から旅の用意をしてこい。数着の着替えと食べ物、あとお金が少しあれば十分だ」
「そ、それって、何をさせる気よ!」
「エシャーティ! とにかく今は司祭の言うことを聞きましょう」
この指示に嫌な予感がするエシャーティだったが、いつエキサイトした村人が押し掛けるかも分からないこの状況では有無を言っている場合ではない。
二人は大急ぎで司祭の言った通りの物をカバンに詰めるため、各自の部屋へ向かった。
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言われた通りの物を用意した二人は、次の指示を仰ぎに司祭の元へ戻っていた。
「よし、二人とも準備できたな。あと、もしもの時のためにこいつを持っとくんだ」
「これ、いつも壁に掛かってた十字架?」
「その通り。なんとこれはな、お祈り以外の使い方もできるんだ」
司祭が十字架をひねると、ニョキニョキと伸びていく。いや、伸びているのではなく中身が抜けていってると言った方が正しかった。
「これは仕込み聖十字って言う聖職者の護身武器だ。刃の切れ味は悪いが、きっと神の加護でなんとかなる」
解説しながら二人に一本ずつ仕込み聖十字を渡してきた。二人は司祭の真似をしてひねってみると、ぎこちなくも鞘から抜く事ができた。
「本当はそんなもの持たせたくなかったが……これからの二人には、絶対に必要だろうから仕方がない」
「刃物が必要なんて、いったい私たちはどうなるんですか?」
「二人はここから西にある隣町に行け。着いたら町の人に、ゴロという人がどこにいるか聞け。隣町の住人なら誰でも知ってるヤツだからすぐに会えるはずだ」
「隣町って一日中移動しないと着かないじゃん! それにあたしたち、村の付近しか道分からないよ」
「大丈夫だ、隣町までは街道を辿れば迷うことはない。で、隣町でゴロに会ったらこの事件を話してくれ。ゴロは良いヤツだから必ず助けになってくれる」
そこまで話終えると、司祭は生けてあったバラを二人の仕込み聖十字にくくりつけた。
「きっとこのバラがお守りになってくれる……さぁ、そろそろ行ってきな!」
「そんな! あたしたち、いつまでここに帰れないの!? 司祭は一緒に来ないの!?」
「分からん! だが必ず戻れる日は来る! それに全員で教会を出るとそれこそデタラメが真実だったという事にされる! それに……」
司祭はニッコリと笑いながら、こう言った。
「かわいい我が家族が帰ってくる家に、おかえりを言うヤツがいないと悲しいだろ? 大丈夫、意外と外の世界も良いところだ」
「……わかった。じゃあ、」
行ってきます、とエシャーティとアグニャは言い、裏口から村人に気づかれないよう街道を目指したのであった。
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