なんと ニッシーが あらわれた!
「全然いそうにないわね」
「昔の話だそうですしもういないのでしょう」
「まあいっか、綺麗な風景は楽しめたし」
「宿へ戻って休みましょうか」
と、湖に背を向けた次の瞬間。凄まじい水しぶきと大きな音を辺りに響かせ、生まれたてのニッシーが姿を現した。
「グォォォォ!」
「あ、ニッシー!」
「ぎゃあああ! か、怪物! 怪物じゃないですか!」
「グォォ……」
「観光名物になったくらいだし、人は襲わないでしょ」
「む、そういえばそうですね」
さてニッシーはエシャーティの想いに応えてやって来たものの、何をすべきか分からなかった。なので大人しく湖にぷかぷかと浮いていると、エシャーティたちが話しかけてきた。
「ニッシー、宿屋のおじさんに聞いたけど昔ブイブイ言わせてたそうじゃない」
「グォォ?」
「よく見れば意外とかわいいかもしれません……」
「グ、グォォ///」
「よーしよし、ごはんあげよう」
何でも入るカバンからお昼の残りの焼鳥を取り出し、ニッシーへ差し出した。生まれて初めて食べ物を見たニッシーはバクリと串ごと一口した。
「グォォォォ!」
「おいしい? それはよかった」
「これは観光大使ニッシーですね」
「グォグォグォ」
ニッシーはすっかり二人を仲間だと認識し、なついた。そしてその小さな体に向けられた殺意にも敏感に気付き、エシャーティたちに異常を知らせた。
「バゥゥゥゥ! バゥゥゥゥ!」
「あれ、どうしたニッシー」
「久しぶりに外でたから息切れしたのでは?」
「そうなのかな、とにかく様子が変ね……」
すると次の瞬間、ニッシーの口から凄まじい勢いで水が吐き出された。まるで高圧洗浄機のようなニッシーの攻撃は、近くの木をなぎ倒すほどの威力であった。
「うわ! か、怪物め、食らえ!」
「くそ、せっかくバレずに近づけたのに……」
「あ! あんたらは!」
「やばいです、助けを呼ばなきゃ!」
「バゥゥ!」
倒された木の後ろには、例の泥棒2人組が潜んでいた。エシャーティたちに見つかった泥棒は、ニッシーに向かい矢を放った。しかしニッシーは豪快な水砲で矢をホコリのように撃ち落とした。
「あいつにも矢が効かねえのかよ」
「俺もう弓売ろうかな……」
「ニッシー、手を貸して! おりゃあああ!」
「エシャーティ無謀です!待ちなさぁぁぁい!」
「バゥゥァァァ!」
エシャーティは先ほどの屈辱をローズリリーに込め、果敢に切り込んでいった。泥棒たちも弓を短剣に持ち変えて迎えうつ。
「さっきはよくもォォォ!」
「よっと」
「なっ、巻き落としっ……!?」
「ふふん、このインチキ加護の武器さえもらえば用済み……おっととと」
「バゥゥゥゥ!」
ローズリリーを奪おうとした泥棒をとっさにニッシーは湖から狙い撃った。間一髪でローズリリーは盗られず、怯んだ泥棒をなんとアグニャが追い討ちした。
「でああああ、切り捨てごメェェェン!」
「あぶっ」
「ナイスアグニャ!」
「ちっ! ガキなんぞに……」
アグニャのもったりした攻撃は、ぶっすりと泥棒の腹を貫いた。嫌な手応えにアグニャは無言の真顔で後ろに下がり、ニッシーの方を向いて現実逃避した。
「あ、あれは正当防衛ですよねニッシー……」
「グォォ」
「あはは、なーにもきこえないでーす」
「グォ……」
そしていよいよ、エシャーティと泥棒の一騎討ちとなった。皮肉にも、この泥棒はエシャーティに巻物を騙して売り付けたあの男であった。しかしほんの数分しか顔を会わせなかったので、エシャーティはこの泥棒があの男だとは気づかなかった。
「よくも相棒をォォォ!」
「そっちだってアグニャを傷つけた!」
「生意気なガキが!」
泥棒は恐ろしいスピードで突きまくってくる。エシャーティはひとまず目眩ましで場を凌ごうとしたが……
「二度も同じ手に引っかかるか!」
「うっそ、なんで効かないの!?」
「小手先の技なんぞな! くたばれ!」
泥棒は片目をあらかじめ閉じておいた。これなら片方を目眩ましで潰されても、閉じていた目は平気なので1度だけ目眩ましを無効化できる。かなり強引な対策だったが、目眩まししか通用する技のないエシャーティにとってはかなり有効であった。
「がぁっ、い、いったたた……」
「ふん、手間取らせやがって」
「ちょ、やめて! 離してよ!」
「大人しくその十字架を渡せば、離してやろう」
「誰が渡すもんですか、このクズ!」
「おおシスター様のお怒りだ、怖いねえ」
戦いの技術など全くないエシャーティは、いともあっさりと利き手を切られてしまい、泥棒に掴まれてしまう。あわや命の危機、というところでニッシーはアグニャに危機を知らせる。
「バゥゥゥゥ!」
「はっ……エシャーティがあぶない!」
「グォォ!」
「だめ! あんなに二人が密着してるとあなたの攻撃じゃエシャーティも巻き込みます!」
「グォォ……」
「……やるしかない!」
覚悟を決めたアグニャは、血に濡れたローズリリーを再び手に取り全力で駆け出した。エシャーティに夢中で注意が散漫になっていた男の背に、アグニャは全身全霊の振りかぶりをお見舞いした。
「ぐがァァァァ!? こ、こんなところで!」
「ひゃぁぁ! 私の剣で人が…」
「ありがとアグニャ! トドメは任せて!」
「し、死にたくねェ……」
「えいや!」
のたうち回る男を切り飛ばすと、二人は身を寄せあってペタリとその場に座り込んだ。ようやく危ない目にあったのだと実感し、二人は今更恐くなったのであった。
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