飛んで火に入る夏の虫
「ん? なんか足音がするよ」
「そりゃ歩いてるからでしょう」
「いや……違う気がする」
そういえば背後から空を切る音もさっきから聞こえる。これはおかしいとエシャーティは思い、辺りを見回すと後ろに……
「うわ! 気づかれた!」
「だが小娘二人! いける!」
「どわあああ! アグニャ後ろ!」
あと数歩で背後から刺される、というところでエシャーティはとっさに鞘に収まったままのローズリリーを振ったくった。一方アグニャはエシャーティの声にビックリして反応が遅れ、腕を切りつけられてしまった。
「いだっ!」
「アグニャ! クッソがァァ!」
「よし、怯んだ! トドメを刺すぞ!」
「どうやら二人ともヘッポコのようだ!」
動揺して動けないアグニャに短剣で勢いよく切りかかる。すかさずエシャーティはアグニャを庇い防御するも、たった一撃であっけなくガードは崩される。
さらにもう一人の泥棒が短剣で刺しこんで来て、未熟なエシャーティは翻弄される。
「オラオラァ! 全然手応えがねえぞォ!」
「くぅ、目眩まし!」
「うっ!?」
「くそ、まぶしい!」
機転で何とか隙を作り、アグニャと一緒に全速力で逃げた。追いかけてくる泥棒たちであったが、常に泥棒の目の前に光を照らし続けて追跡を困難にさせる。
何とか振り切り、一度足を止めて一呼吸したら二人を大きな不安が襲った。
「はぁ、はぁ、危なかった……」
「まさか強盗に襲われるとは……」
「まったく物騒ね! 早く西の村へ行こ」
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それから2時間、泥棒の襲撃以外には大した驚異もなく西の村へたどり着いた。
「出鼻くじかれたけど、無事に着いたわね」
「ちょうどお昼ですし食事しましょう」
村をじっくり見て回るのは後にして、ちょうど焼鳥の露店があったのでそこで昼食をとることにした。
「焼いたばっかだよ食べてかない」
「いいねぇじゃ10本詰め合わせちょうだい」
「私は30本詰め合わせで」
「あいよ」
焼きたてで熱々の焼鳥を、露店のすぐ前にあるベンチに座って食べる。店主に見られながら食べるのは少々気まずい。
「この体に悪そうなアブラがたまんないわ」
「トマト串、意外といいですね」
「うれしいこと言うじゃない」
「ね、おじさん焼鳥屋ってことは火を自由に操れたりするの」
「違うよ、俺は煙を吸うと鳥を召喚出来るだけさ」
「焼鳥屋をする定めとしか言えない能力ね……」
言ってるそばから店の裏手にある柵に鳥が一匹、また一匹と増えていっていた。アレを今口にしていると思うと罪悪感が湧いてしまうので、二人は見なかったことにした。
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「ふう、おいしかった」
「ごちそうさまでした」
「串はこっちで処分するよ」
「……そのまま再利用?」
「そんな不潔な事しないよ」
腹も膨れたのでひとまず宿屋を探す。この村に宿屋が無かったとしたら、すぐに次の町へ向かわねば野宿の可能性が出てくる。
二人は村を歩き回り、ちょっとした湖を発見した。ほとりには大きな建物もあるようだ。
「あっ、どうやら宿屋みたいです」
「ひとまず野宿は回避できたわね」
「それにきれいな湖、いい立地ですね」
「宿の部屋とったら、さんぽでもしよっか」
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宿屋で部屋をとり、ついでに主人に湖について二人は聞いてみた。
「あの湖? そういえば昔はあそこに怪物がいるって噂があったよ」
「怪物ですって? 今もいるのかな」
「え? うーんニッシーとか呼ばれてたけど最近は全く姿を見せないな」
確かにあの湖はかなり大きかった。ちょっと変わった生き物が居着いていてもおかしくはなさそうだ。
「教えてくれてありがと、湖の周りでもさんぽしてくるよ」
「うっかり足を滑らせないようにね」
二人が出ていくのを確認した宿屋の主人は、少し申し訳ない気分になった。実は少しからかおうと思ってその場で思いついた冗談を言っただけなのだが、思いのほか二人はニッシーについて疑わなかった。
それどころか二人はピュアでうそを信じこんでしまい、なんだか冗談だと言い出しづらくなった店主。後で夕飯に一品サービスしようとすら思うのであった。
そんな苦悩を勝手に繰り広げてるなんて知らずに宿を出た二人は、改めて湖を見回してみる。
「ニッシーか、いるなら出てきてほしいな」
「少し石でも投げてみましょう」
「寝てるかもしれない、あたし照らそっと」
ニッシーなどもちろんいない。が…
エシャーティがニッシーはいると思い込んだのでたった今、湖の深層に爆誕してしまった。
生まれたばかり、というより出現したばかりのニッシーが生みの親の期待に応え、そのおびただしい巨体を湖面へと浮上させるのであった。
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