2話
「う、うーん。」
あれ、気づいたら寝ちゃってた。ミチル…というか布団に目をやると、抱き着いているような感触は無くなっていたが、しっかりと僕の首もとまでしっかりかかっていた。
「起きたんだ」
「え?」
一人暮らしに自分以外の声が聞こえたことに一瞬ビックリしてしまう。そっか、この布団しゃべるんだった。
「今何時?」
「午後6時半だよ、昼寝にはちょうど良かったんじゃないかな」
「そっか…。そうだ、寝返り打ったりしたと思うんだけど、布団が乱れてないのはミチルのおかげ?」
「そうだよー、私の中には特殊なファイバーが入っててね、ゆっくりだけど位置を調整できるんだぁ。たっくんの身体は常にモニタリングしているから、ずれたら戻してるよ。」
「すごいな…」
「私が来たからには、布団蹴っ飛ばして風邪ひくなんてことは絶対させないからね!」
「あ、ありがとう…」
「いえいえ!汗かいてたから、水分補給した方が良いよ」
「わかった」
僕は軽い体を起こし、水を飲む。
この短いやり取りで、僕の睡眠は依然と全く違うものになったことを理解する。
人間は寝ている間、自己防衛機能を失い、周囲の変化に気付くことが難しくなる。今まであまり気にしたことがなかったというか、どうしようもなかったのだが、寝ている間に自分の身に危険が迫っている可能性は十分にあるのだ。
地震に気づかずに家具が倒れてくるかもしれない、隣の火事が燃え広がってくるかもしれない、不審者が侵入して来るかもしれない、身体に急な異変が起きて苦しむかもしれない。
今思えば、自分で布団を蹴り飛ばし、寒暖差にやられて体調を崩すって、よくよく考えると滑稽である。
でも、これからは違う。
自己防衛機能を失い、ただただ寝ているだけの自分を見守ってくれて、何かあれば知らせてくれて、体温調節もしてくれて、急な体調不良が起きれば救急車を呼んでくれる。これは素晴らしい進歩だ。しかもそれを布団がしてくれるっていうんだ、すごい時代になったものだ。
高い買い物だったけれど、その価値は十分にあると思った。
とはいえ、しがない一人暮らしサラリーマンの休日なんて家で大人しくしてるくらいしかやることが無い…。
お酒でも飲みながらゲームでもするか。
♪♪♪
「ねぇ」
「ねぇ!」
「ねぇってばぁ!」
「なになになに?」
「私をほっといてゲームするとか頭おかしいんじゃないの?」
「えぇ・・・、ダメ?」
「別に、良いけど!」
そういうとミチルは静かになった。
だけど、僕はなんだかむず痒い気持ちにさせられ、ゲームを中断してしまう。
何なんだこのぉー、、ちょっとめんどくさいけど気になってしょうがない感じは!
「ミチル」
「あら、ゲームしないの?」
「う、うん…」
「どうして?」
くそ! またこのニヤケ顔が目に浮かぶようなトーン!
・・・
わかってるよ、僕はもうハマっちゃってるんだ。
「ミチルが、その。。気を引くようなこと言うから」
「なぁに〜。私のことが気になるの〜?」
「……うん」
「知ってる♪」
こうして、僕はミチルの泥沼にダイブしていくのであった。