生贄はサクリファイス2
上空からみれば非常に鄙びた、藁葺き屋根の民家が点在する村を一歩出てしまえば、そこはひどく暗い森だった。
不思議なことに、村を抜けてしまえば誰もおってこない。
「あー、腹減ったな。」
一番太く大きな木の上で、俺はボソッとつぶやいてみた。
思ったよりも長いこと追いかけっこをしていたのだろう。あたりは薄っすらと茜色に染まり始めていた。酷くしずかなその場所。俺がいたところのように夕方になく鳥すらもいないのだろう、ザーッと時折風に吹かれた木の葉のざわめき以外に一切の音はなかった。
まさに、寂しい夕暮れ。そんな中俺は足を宙にプラプラとさせながら、考える。
腹も減る、痛みも感じる、思考も明瞭、都合のいいところもあるが、いろいろ微妙に思い通りにならない。
さて、これは夢だろうか?
最初は夢かと思っていたが、夢にしては俺の思考に筋が通り過ぎているし、第一俺の夢なのに魔術師が女の子じゃないのがあり得ない。
ちょっとドジっこな魔女っこ。外せないだろ!?
「魔女っこもえー。」
なんだか少し切なくなって、聞きかじっただけの言葉をボソリとつぶやいてみたが・・・なんだか余計に寂しくなった。
うーん、無念だ。
俺がそんなこの世の不条理に思いを馳せていると、村の方がにわかに明るくなった。
「なんだぁ?」
思わず木の上から村の方を眺める。
ちなみに俺の視力は3.0に近い程で、結構遠くまでが見通せるのだ。
村はやはりこうこうと灯りが点っており、その明るい中、あの白いローブの魔術師とやらが、誰かの腕をつかんでいる。
ひょろ長いヤツの体格を鑑みてもあれは・・・。
「!!っ、あいつらっ!」
ぎしっ。
おれのふともも程もある木の枝がきしむ音を後ろに、俺は飛翔した。
魔術師に手を取られているのは、子供だった。
遠目だからよくわからないが、まだ幼いその身に黒をまとった・・・。
『久留里様は、一刻も早く生贄を求めておられる。』
正義の味方じゃないけれど、せっかくここで授かった能力だ。何かのために使うのも、悪くはない。
ましてや俺のせいで、生贄(代理)にされちまった幼い子供なんてさ。
助けるしかねぇじゃないか。
ドォーン。
砂埃を舞いあげながら、真昼のように明るい村の中に無事着地。
「ひ、ひぃ!!さっきのバケモノ!!」
「こ、ころされる!!」
槍のようなえものを持ち、体を縮こませる彼らを横目にみながら、俺はもうひとっ飛び。
「ふははは、なんて私は神に愛されているのか!!これも久留里神様のお導きっ!!異世界からの召喚者を逃したにもかかわらずっ!まさか魔族のガキがここに飛び込んでくるなんてっ!!なんたる幸い、なんたる行幸っ!!」
地面に描かれた真っ赤なヘンテコミステリーサークルの前に立つ、さっきより目が血走って変態度が上がった魔術師と、そに上に手足をふんじばられた黒い長髪の十歳くらいのガキ。
「くそっ、この変態が!!僕に近寄るな!!」
「ははは、魔術の使えぬ魔族など恐ろしくもなんともないわ!!ほえろほえろ。」
十歳くらいの、それもえらく綺麗なガキに絡もうとする、不審者(自称他称魔術師)。
悪者は一目瞭然である。
「はーい,そこまで。警察ですよー」
児童虐待や未成年者への猥褻行為はやめて下さ〜い。
「な、お、お前は!?」
俺の緩い掛け声に、魔術師が一歩後ずさった。
どうやら俺のことがトラウマになっているらしく、奇声をあげ続けて挙動不審になっている。
はは、おもしれー。
「おー、坊主?大丈夫かー?」
「あ?きさま、何者だ?」
魔方陣に足を踏み入れ、うずくまるガキに手を差し出せば、ギッと睨みつけてくる真っ黒な子供。
・・・釣り気味な目とあいまって、まるで黒い子猫のようにさえ思える。
「その黒髪黒目・・・。貴色を身にまとうものであれば、僕が知らないはずがない。お前は、ダレだ!!」
真の闇のようなその眼は、子供と思えないほどの鋭さを帯びていたが、俺は気づいてしまった。
彼の瞳孔が開いてしまっていることを。
彼の唇が酷く青い事を、その手が小刻みに震えている事を。
「・・・榊太一。」
「え・・・?」
ポカンとした、年相応の幼さを感じさせるその顔。
俺はそれに、少しだけ微笑ましい気分になった。
「榊太一だよ。俺の名前。タイチとでも呼べ。」
俺の苗字は後付けだから。
俺がそう言えば不思議そうに首を傾げる少年。
「なるほど。どこかの貴族にでも、拾われたのか。疑って済まなかった。僕の名前は-・・・。」
ふと警戒を解いたように見えた少年だったが、その柔らかい雰囲気は一瞬後に霧散した。
「・・・『魔王』、とでも呼べ。」
触れられるのを許した隙に彼の手を取り、ロープを引きちぎって行く。
そんな俺の事を凝視しながら、少年は少し泣き出しそうな顔でそういった。
マオー。
『まお』でもなく『まよお』でもない、マオー。
「わかった、マオー。」
「は??」
「ん?名前、マオーだろ?」
「!!?」
すっかりとけた拘束にもかかわらず、身じろぎもしないマオーの頭をぐしゃりとかき混ぜてやれば、今まで伏せていた顔をばっとあげる。
年相応の幼い顔に、俺は満足した。
ガキはガキらしくしているのが一番だ。
だって、それって平和だってことじゃないか?
ま、平和すぎてアダルトチルドレンだかピーターパンシンドロームだとかがはびこる世の中ってのも問題だけどさ。
「お前は・・・。」
「うわああああ!贄は、贄は渡さんぞっ!!さらなる栄華を極めるためにも!!こんなところで屈してたまるかぁぁぁ!!!」
マオーが何か言いかけたまさにその時だった。
魔術師を名乗る男が再び叫び出したのは。っていうか、最後のセリフ中途半端に主人公くせぇ。
そんな少しカッコつけた魔術師、怪しげな金色に光る奇妙な棒を持ち、何事かを口の中でモゴモゴとつぶやき始めた。
「!!!まずい!!」
パーッと棒を中心に明るい光が広がってゆく。
それは、多くの松明で真昼のように明るいなかでも、白く貫く、矢のような明るさで・・・。
「避けろっ!!!」
嫌な予感と、マオーの声。
その二つに反応して、俺は彼の襟首を掴んで跳躍した。
「うぐっ」
マオーの、鳥を締める時みたいなうめき声が聞こえたと同時に、
ぐおおおおおお
いままで俺たちがいたところを通り抜けて行った、光の塊。
「チィっ!!」
アレだ、ティンカーベルとかが持ってる、魔法の杖的なものの先っぽについてる光の玉みたいなのが、元気玉級の大きさになって発射されたみたいな。
ふわりと地面におりて、片手でマオーをぎゅっとだく。おんぶ紐とかありゃ便利なんだが。
「すげ、アレが魔術ってヤツ?」
「先ほどからおまえは何をアホな事ばかり・・・。しかし、あの男の魔術は確かに大したものだ。まぁ、僕の魔術には敵わんが。」
そんなある意味緊迫感のない会話を交わしている俺たち。
その間も、魔術師が飛ばす元気玉もどきは襲ってくる。
ヂリッ
「アッつぅ」
・・・かすったつもりはなかったが・・・。
太陽みたいなそれは、目で見える部分の外側もかなり高温になっているようだ。
俺はマオーをおぶり、いままで踏み閉めていた場所が凹むほど、強く大地を蹴った。
「お、お前ぇ-----!!僕を誰だとーーーー!!」
背中から何か聞こえたが、無視だ無視。