07話 河童の出張
山桜グリーンキャッスルは昭和バブルの波に乗って作られた遊園地だったが、バブル終了と共に赤字転落。地元民の誰もが「あそこは潰れる」と揶揄する瀕死状態に陥った後、地域密着型テーマパークに改装して経営は見事V字回復、ここ近年も黒字続きという実績を残している。
その過程で殆どの遊具が撤去されたが、シンボルの観覧車、本館建物、そして何故かお化け屋敷の3つだけが生き残り、築30年以上という古さがお化け屋敷の不気味さを際立たせているって見解もあるが、ぶっちゃけただのボロ屋敷である。
因みにそのボロ屋敷の評価をネットで調べたら〝廃墟・墓地・病院・学校・雪山という数々のシチュエーションが所狭しと並び、1度でお化け屋敷の定番イベントが全て体験できるので初心者・子供連れにお勧め。けど広そうなお化け屋敷なのに出口まで短いのでガッツリ恐怖体験をしたい人には物足りないかもしれません〟が一番支持されたレビューとなっている。
更にココは頻繁に改装する様で、例年通りならGW明けに実施らしいが、改装お知らせは4月中旬という今もないうえに人手不足なので、現場としては人員確保を優先してほしいくらいだ。
だけど文句を言った所で時間の無駄だ。
バイトという弱い立場では、上の指示に従うしかないのだから。
そんなこんなで週末の朝、本日の衣装・配置を確認したんだけど、
本当に大丈夫か? このお化け屋敷。
◇ ◇ ◇
「キャーーーー、ヤダヤダ来ないでーーーーーーーー」
「落ち着け。ただの河童だから」
彼氏の背中にしがみ付いて叫び続ける彼女に対して彼氏の方がは至って冷静で、むしろこの状況を楽しんでいる節さえ感じられる。なのでカップルとの距離を保ちつつ、視線を彼女だけに向けながらゆっくりと後ろに回り込むと。
「イヤーーーー、狙ってる! あの河童、絶対私を狙ってる‼」
河童を避ける為に彼氏の真正面に移動、それからギュッと彼女が抱きしめられる構図に変わった。
よしっ、誘導成功。
あとはこれ以上近づくのを止めて適当に唸り声をあげながらガッチリ抱き付くカップルの退場を見送ると、去り際に彼氏が左手を挙げて〝グッジョブ〟のサインを出してきたので、こちらも水掻きでサインを返しておきました。
末永く爆発して下さい。
それから所定配置に戻ってカメラ映像を確認したが向かって来る客はおらずで、どうやらピークが過ぎたみたいだ。
「……私が見張るから、川葉君は休んでいいよ」
「ありがとうございます」
雪女に諭されてから裏に置いたペットボトルを取り、河童の嘴の下側にある小さな穴にストローを通して飲むというシュールな絵面で一服する。
今日は音霧先輩とのペア配置で、俺が河童・音霧先輩が雪女という衣装になり、じゃあ場所は河童のホームグラウンドである古井戸付き木造廃墟と思いきや、まさかの雪山である。
河童が雪山に出張して大丈夫なのか?
雪山という演出上、ココは他の部屋以上にクーラーガンガンだから普通に凍死しそうなんですけど。因みにこれは河童イジメではなく定期的にお化けの配置を変えて、客を飽きさせない様にするという経営戦略である。もうツッコミ所満載だが、それより今は音霧先輩だ。
今までは俺が話し掛けても短い返事で会話終了ってパターンだったけど、もっと踏み込んだ話題をすれば会話が弾むに違いない。そして大学生といえば合コン! 音霧先輩は美人だからきっと経験豊富で色々喋ってくれるだろう。なのでこちらから話し掛けようとしたら。
「……川葉君、アルバイトは慣れた?」
「えっ? あっ、はい。お蔭様で」
雪女からの会話に思わず生返事になってしまったが、業務連絡以外で話し掛けられるのは珍しいどころか初パターンかもしれない。とにかくこのチャンスを逃さずに会話を膨らませねば。
「音霧先輩から見て俺の河童はどうですか? ビシッと酷評でも構いませんよ」
「……いいと思う。……さっきのお客様も、満足気だったよ」
この言葉に思わずガッツポーズを取る。
仕事で先輩に認められるってすっげー嬉しい!
マジ感激だよ!
「ありがとうございます! 音霧先輩のお蔭です!」
「……私は何も。……杉田先輩に任されたのに、春休みは病気で教育どころか私のシフト穴埋めをさせて本当にごめんなさい」
「全然気にしてないです。それよりもう大丈夫ですか?」
「……大丈夫、完治した」
「それは何より。にしても音霧先輩の雪女は似合ってますね。お客さんもみーんな驚いた後、しっかり魅了されちゃってますよ」
「えっ? ……そう、なの?」
「はい。去り際に見返す男、結構いますよ」
雪女の登場に最初はみんな驚くけど、整った顔の輪郭・着物越しでも伝わってくる魅力的な体のラインに〝メイク落とせば絶対美人〟って視線に変わるのだ。なお、そんな雪女に見惚れて油断した後、まさかの河童襲来にすっげー驚く客が多かったのは言うまでもない。毎日来るぬらじいさんも、この演出にニヤッと笑ってくれたからね。
「……恥ずかしい」
「音霧先輩は美人だから仕方ないですよ。それにもしヤバい客がいたら、俺が何とかしますから」
「……うん。お願いね」
よしっ、てさぐり感あるけどちゃんと会話できてる。片言だとしても急いては事をし損じるという諺がある様にココはゆっくりと歩み寄るべきで、このペースで会話続行と思った矢先、カメラ映像に人影が入ってくる。
「……川葉君、お客様」
「了解です」
ちぇ、もうちょっと話したかったけど、仕方がない。なので所定配置に戻ろうとしたが、音霧先輩がカメラ映像を注視したままだったので何事かと俺も見てみると、そこには予想外のモノが映っていたのだ。
河童の皿が渇くのはアウトですが、凍るのはセーフなのだろうか?