02話 楽しく怖がってもらう
「もうすぐお客様が来る! 準備OKか⁉ えーっと…」
「川葉夕護です。杉田先輩、せめてお手本を見てから本番を迎えたいのですか」
「何事も実践だ! 俺が全力でフォローするから安心しろ!」
小声で叫びながらガッツポーズしてきたけど、不安しかない。
親父の指示通り朝一にパーク人事部に出向いて即採用。メイク室に案内されるなり二十歳過ぎで無駄にテンションの高い杉田先輩に衣装を着せられて何の指導もなく本番となったのだが、流石にこれは急過ぎる。
だが今更逃げる訳にもいかず、観念してスタンバッているのだが。
「いくらお化け屋敷とはいえ、この演出ってどうなの?」
この薄暗い部屋には今にも崩れそうな木造廃墟・古井戸が配置され、微かに響く隙間風と水漏れのBGMが相俟って不気味なのは間違いないのだが、それらが室内にあるのはぶっちゃけシュールである。
そしてこの暗がりに潜むのは、全身が鱗で覆われた生臭そうな胴体、歪な嘴、亀っぽい甲羅を背負った脳天ハゲの被り物という、いわゆる河童である。
親父の奴、まさかこの配役を知ってのギャグだったんじゃないだろうな?
お化け屋敷は管轄外と言ってたから偶然だろうが、納得できねぇ。
あとたかがバイトでもコネ入社と揶揄されるのは面倒だから、親父がココの従業員というのは黙っておこう。
「細かい事は気にするな! それより今日のお客様1号が来る! しっかりやれよ!」
「分かりました。フォロー頼みますね」
こうして2匹の河童が配置に就くのと同時に、気配が近付いてくる。
部屋の死角には夜間用監視カメラが設置、映像確認しながら驚かせるポイントにお客様が到着した時に飛び出すという手筈になっている。他にもインカムで情報連携、駅の自動改札機等で使われる人感センサーで通知、足音が響く仕掛け、マジックミラー等々、色々な手法があるそうだ。
そうして遂にお客様1号が表示される。
白黒の荒い画像だけど対象の動きが分かれば充分で、シルエットから察するに若い女性カップルの様だ。
しどろもどろでゆっくりとした前進に、こちらにまで緊張が伝わってくる。
薄暗いので視覚情報が乏しく、そのせいで過敏になった聴覚に不気味なBGMが執拗に不安を掻き立ててくる。そうして女性カップルが指定ポイントに到達した瞬間、身を潜めていた井戸の中から河童が身を乗り出して、
「うわあああああああああああああああ」
羞恥心を押し殺しての絶叫!
これで怖がってくれると思ったら。
「ぶっ。あっはははははははははははは! 超ウケる! あの河童めっちゃ棒だよ!」
「マジしょうもない! 全身ヌチョヌチョなのにマジしょうもないわー」
雰囲気ぶち壊しな爆笑されちゃいました。
それからも一頻りの罵倒を受け、立ち去り際に「ドンマイっ!」と慰めまで入れられてから静寂が戻ってくる。そうして残された河童は、やたらリアルでヌチョヌチョな水掻きで顔を覆ってから、こう呟いた。
「……………泣いていいですか?」
最初から完璧にやれるとは思わなかったけど、あんまりだ!
そんな落ち込みっぷりに杉田先輩がヌッチョリ水掻きでバシバシ肩を叩いてくる。
「はっはっはっ、気にするな! 最初は皆こんなもんだ!」
ううっ、緊張で声が裏返っちまった。
超恥ずかしい。
「だが川葉よ、脅かす時に掛け声は不要だ! 実際は知らんがお化けは喋らんぞ!」
「あー、確かに」
もしお化けが滑舌よく喋ればギャグにしか見えない。
それに音もなくスッと現れるから怖い訳で、喋りながらの登場は台無しと言っていいだろう。
「だから無言で出現、お客様が気付いた時に人ならざる呻き声を出すんだ!」
「それってどんな声ですか?」
「今にも洩れそうな下痢を堪え中って声だ!」
「えー、確かにそれは人ならざる呻き声になっちゃいそうですね」
「だろ! そろそろお客様2号が来る! 今度こそ決めろよ!」
そうして配置に就き、程なくして男女カップルが登場。指定ポイントに到達後、今度はゆっくりと古井戸から身を乗り出し、カップルがこちらに気付いたのを確認してから。
「………………………………………ぁぁぁぁァぁあァぁぁアァぁぁああ」
指示通りの呻き声を発しながら、ゆっくりとカップルに迫っていくと。
「ひっ」
「うっわ」
控えめなリアクションだったけど、それは恐怖を押し殺す反応でもあり、河童な俺を避ける様にそそくさと退散。そうしてカップルが視界から消えるのを確認してから。
「っしゃ!」
ヌチョっとした水掻きを握り締めてガッツポーズを取る。
「よくやった川葉! ナイス河童だったぞ!」
「ありがとうございます」
杉田先輩からの激励に頭を下げてヌッチョリな握手を交わす。
「今の感じでやっていけばいいですか?」
「ああ! だがもっと体全体を動かせ! 手を挙げて圧迫感を出したり、体を揺らして異様さを演出したり、とにかく気持ち悪い動きだ!」
成程、それにさっきは声に気を取られ過ぎて動きが適当だったな。
「分かりました。因みにその気持ち悪い動きとは?」
「下痢が漏れそうでトイレまで内股移動中って動きだ!」
おおう、また下痢かよ。
てゆーかそのシチュエーション、さっさとトイレに直行すべきだよね?
そんな事を思いなから改めて配置に就くと、今度は父・息子ペアが登場。井戸から河童出現後、ヌチョっとした水掻きを子供に向けながら頭部を小刻みに痙攣させ、内股で下痢を我慢しながら迫っていくと。
「ぎゃーーーーーー、コワイコワイコワイ!!!」
こちらに気付いた途端、子供が叫びながら父親の後ろに隠れる。
何この優越感!
すっごい気持ちイイ!!
既に子供は半泣き状態だけど、もうひと押しの恐怖を演出してあげようと更に近づいてみると。
「ぐえっ!!!!!」
急に飛び出してきた杉田先輩に押し倒され、蛙を踏んだ様な悲鳴が漏れる。
「ぎゃーーーーーー、河童が2匹もっ! タマ取られるーーーーー」
子供が叫びまくりだが、こっちは圧し掛かられてのガッチリホールドで身動きが取れない。
ギブッ! ギブです杉田先輩っ!
突然の事態に脚をバタつかせ、それでもなお杉田先輩が解放してくれず河童2匹で小競り合いを続けていたら、子供が泣き出してしまった。
これに俺は言葉を失い、子供の啜り泣く声だけがこの空間に響く中、腰にガッチリと抱き付いた息子を父親が優しく宥め始めて、それから父親が申し訳なさそうにこちらに一礼をしてから去っていきました。
「……………重い」
「おう、悪かった! すぐにどこう!」
そしてお互い立ち上がった後、ビシッと指をさされて、
「あれ以上の接近はNGなので乱入させてもらった! お客様とは常に一定の距離を保て!」
「どうしてですか?」
「危ないからだ! 怖がらせようと接近し過ぎた所をお客様がグーパン反撃して警察沙汰になった事例があるからな!」
そういえば入口に〝お化けへの暴力行為は禁止、悪質な場合は警察に通報〟って看板があったけどマジだったのか。
「だから近付き過ぎは厳禁! それにあの子供は既に充分怖がっていた! いくらココがお化け屋敷とはいえ泣かすのは御法度だぞ!」
「はい。すみませんでした」
この指摘に対し、素直に頭を下げる。
悪気はなかったとはいえ、あの子供には悪い事をしてしまった。
怖がらせるのが仕事だけど塩梅の使い分けが必要らしい。
「分かればOK! いいか川葉、俺達はお客様に〝楽しく怖がってもらう〟のが目的だ! お化け屋敷だから脅かし放題って訳じゃない! そこを忘れるなっ!」
「はい、分かりました!」
矛盾した表現だけど態々お金を払ってまで恐怖体験をしに来るのだから、恐怖と楽しさという相反するもの同士を融合させる必要がある。
お化け屋敷って、案外奥が深い。
そんな反省をしていたら、笑顔になった杉田先輩が背中を叩いてくる。
「だがさっきの動きは良かった! 下痢で漏らしそうになったがギリギリ踏ん張ったって感じの動きだったぞ!」
「……………杉田先輩、これ以上お化け屋敷を下痢臭くしないで下さい」
そんなやり取りに小さく笑ってから、次のお客様を楽しく驚かせるべく2匹の河童が改めて配置についたのだ。
実際お化け屋敷はおさわり禁止で、お化け達もトラブルが起きない様に気を付けているそうです。あとすみません今回は河童2匹(野郎)だけの演出になっちゃいました。