22話 動機と成果
「親父、大事な相談あるから時間を下さい!!」
パークからノンストップで自宅に駆け込み、ただいまも言わずの汗だく状態で食卓にいた親父に頭をふり下げ、家族一同が目を丸くしている。
「それは構わんけど夕食後じゃ駄目か? ビールも開けちゃったから」
「駄目じゃないけど今すぐの方が、あーでもすっげー腹減ったし、無性に眠くて仕方ないけど、なのにそれ所じゃないって言うか……」
「分かった。聞いてやるからこっち来い」
慌てふためく息子を見かねたかの様に大きく溜息を吐き、渋々という感じで親父が了承する。それから母さんに断ってから居間に移動、2人っきりになった所でお化け屋敷の閉鎖・去年のトラブル・自分が知りうる情報全てをぶちまけたのだ。
◇ ◇ ◇
「お化け屋敷の閉鎖予定なんてないぞ」
「はぁっ?」
まさかの一言に素っ頓狂な声が漏れる。
「イベント会議に毎回出てる俺が言うんだ。間違いない」
「でも昨日は8月末に取り壊しって! それに昔のトラブルのせいで2階が使用禁止になって、パーク側も問題を揉み消したりで…」
「あれはとっくの昔に解決済みだ。その父親が激怒した翌日、母親と祖父母が来訪して『うちの馬鹿旦那の不注意なのに怒鳴り散らして誠に申し訳ありませんでした』って謝罪されて、家族内で制裁されたらしい」
「じゃあ2階の閉鎖は?」
「安全面の見直し、少しだけ自粛をって意見なら出たかもしれんが……、むしろ何でまだ閉鎖中なのかこっちが聞きたいくらいだ」
なんてこった。
全てが根津主任の虚言で嘘だったのか?
じゃあ、お化け屋敷の閉鎖は撤回……
「だが、閉鎖は免れんかもな」
「ちょっ! 何でだよ!!」
安心したのも束の間、変わらない現実に声を荒げると、
「根津の独断専行は気に食わんが、お化け屋敷の売上が落ちているのは事実であり、建物の老朽化も進んでいるから上層部も閉鎖に賛成だろう。それに嘘でも閉鎖宣告をした以上、バイトを辞める人が出る筈だ。ただでさえ人手不足なのに、これ以上の欠員が出ればなし崩しに休業に追い込まれる」
うぐっ、流石は長年勤めているパーク従業員だ。
言い分が的確で何も言い返せない。
「それに最近の根津はデスクワークにご執心で、ちらっと覗いてみたら内容は新イベントのプレゼン資料だった。今週末に恒例のイベント会議があるから、その資料作成と思ったんだが、ここまで強引な手を打っていたとは」
「でも、こんな酷いやり方」
「たとえ邪道でも根回し次第で突き進む事だってできる。大人の世界はな、正論を並べるだけじゃ無意味なんだよ」
くそっ!!!
やっと真実に辿り着けたのに全てが理不尽の塊で、完全に手遅れじゃねーか!!!
このまま何も出来ずに終わるしかないのか?
そんな絶望に打ちひしがれていたら、親父が立ち上がって、
「話は終わりだな。じゃあ飯に…」
ガシッ!!!
「つまりお化け屋敷の閉鎖を防ぐには、この流れを丸ごと覆す目玉イベントがあればいいんだな?」
「まぁ、そうなるな」
食卓に戻ろうとした親父の腕を掴み、託されたノートを叩き付ける。
個人的な問題ならココで諦めたけど、明智さん・野土さんは俺を信じてこのノートを託してくれた以上、簡単には引き下がれない。
「これがその目玉イベントだ! お化け屋敷創設から30年以上貯め続けたアイディアが全て集結した内容だぞ!!」
このヤケクソ発言に、親父がやれやれといった感じでノートを拾う。
「そんな事も言ってたな。さっさと夕飯食いたいから触れない様にしたのに」
「最近太り気味だから丁度いいだろ。読んで下さいお願いします!!!」
渋る親父に頭を下げ続けて、どうにか押し切りに成功。
最初は面倒臭そうにノートを見ていたけど、気だるげな姿勢が段々と整い出し、目つきも鋭くなってから幾つか質問をされて、分かる範囲で懇切丁寧に答え続けた後、ボソッと呟いたのだ。
「これなら勝機あるかも」
「マジで!」
「だが粗い。このままじゃ粗過ぎて話にならん。2・3質問しただけで崩れるツッコミ所満載な企画書で、俺が上司なら即やり直しだ」
「だったら直せばいい! 期日までに全部直してやるよ!」
そう脊髄神経で言い返したら、
「夕護、その言葉がどれだけ重いか、何も分かってないだろ」
今の親父はいつになく真面目で、家庭では一切見せてこなかった表情に、数秒前まであった筈の威勢が消え失せる。
「根津の企画が通った時点で終了。つまり期日は今週末のイベント会議。そして今が月曜の夜だから使える時間は4日もない。これは社会人でも辛い条件であり、仮に企画書が作れたとしても、その内容を伝えるプレゼンがお前に出来るのか?」
「いや、そういうのはバイトリーダーの野土さん・明智さんがやって…」
「駄目だ。お前がやれ」
「ど、どうして?」
神岸のバイト不採用を偶然知って、気になってお化け屋敷に駆け付けて、そこでノートを託されただけのただのメッセンジャーで、
そんな1日を自分視点で振り返った後、正しい評価が下される。
「話を聞く限りお前が中心人物だ。お前だけが諦めずに駆けずり回ったからノートが託されて真実に辿り着けた。これは誇っていい成果だ。だからこそ閉鎖を受け入れて諦めた皆を呼び戻せるのは、お前だけなんだよ」
「で、でもっ」
「更に言えば、従業員である俺とのパイプを最大限に活かせるのは、お前しかいないんだよ」
何も言い返せなかった。
俺ってば、そんなに張り切っちゃってたのか。
つまり状況を整理すると、
「一番年下で新人の俺がリーダーになって、俺が企画書を作って、俺がプレゼンをすると?」
「そうだ、全部お前が主役だ。数十人の大人が出席する会議室の最前列で喋り、その場に居る全員を説き伏せろ。因みに根津は数ヶ月前から準備、ココに転職する前は広告代理店で働いていたらしい。夕護、お前はそんな相手に勝負できるのか?」
「そんなの……」
できる訳がない。
こっちは足並みすら整ってない上に時間がなさ過ぎる。
いや、仮に時間があったとしてもバイトの皆を説得・大人に見せられる資料作成・それを伝えるプレゼン力の習得、一介の高校生がやれる範疇を逸脱している。しかも下手に踏み込めば従業員である親父に迷惑がかかる可能性だってある。いくらシスコンで糞だとしても、それは駄目だ。
何よりも、中学の文化祭すら纏められなかった俺なんかが……
あの時の自分を思い出して、辛くて、申し訳なくて、情けなくて、あらゆる感情が噴き出して止められなかった後悔が体を戒めている。
もう頭が真っ白で、怖い。
そんな俺の様子を見かねて、白状するかの様に親父が喋りだす。
「夕護、俺が春休みにバイトを押し付けたのは、お前が過去の失敗をいつまでもウジウジ引き摺っていたからだ」
そっか、そういう魂胆だったか。
確かに、ウジウジしっぱなしは良くないからね。
少し昔話をするが、俺は中2まではクラスの皆に慕われる人間だった。
だから文化祭実行委員も難なくこなせると思ったのに、大ポカをやらかし、それから一部の人間が執拗に俺を責め続け、それなりな出し物が完成したのに難癖、打ち上げで土下座を要求された時、ずっと耐え続けた理性が決壊、そいつ等と気が済むまで殴り合いをして自宅謹慎という最悪の文化祭にしてしまったのだ。
そしてそこから、世界が一遍した。
友達は消滅、クラス内の風当りも最悪、先生からも目を付けられる肩身の狭い日々が続き、その処遇は中3になっても変わらず、中1になった比奈菜にまで不良兄貴の妹というレッテルを張られてしまい、神岸にお願いして生徒会の手伝い・クラス雑用も率先して実施・休み時間も黙々勉強という、真面目な生徒にしか見えない様に、欠伸すら許されない綱渡り生活が続いたのだ。
比奈菜には謝ったけど、元々明るい性格が中学からは更に明るく・道化を演じる性格に変貌、そして時にはビックリする程冷静になる場面があったりで、責任を感じずにはいられない。
けどそのせいで成績が急上昇・市内トップの公立高校に合格だから、人生は分からないものだ。
反動で高校からは気だるげキャラに成り下がったけどね。
「そしてバイトを始めたお前からは消極的な姿勢は鳴りを潜め、いい感じに踏ん切りもついて成長したと評価している。よく頑張ったな、夕護」
そっか。
じゃあ少しはマシになれたのかな?
「だからここで諦めても責めない。ここから先は大人の領域だ」
親父の言う通りだ。
そもそも、どうして俺はここまで必死なんだ?
まだ1ヶ月ちょいしか働いてないバイトなのに。
そんな疑問が走馬灯みたいに駆け巡ってから、ぽつぽつと湧き上がってきた感情が、言葉になって洩れ出てきたのだ。




