14話 兄の威厳
「マジで! ボーリングのピンで御手玉したり、一輪車で傘廻しながらバク転したり、お酒を口に含んで火を拭いたりなアレ!?」
「なんか微妙に間違ってる気がするけど、その大道芸人だ」
俺も初めて聞いた時は驚いたけど、比奈菜の反応はそれ以上で「すごーい」と騒ぎ立てる姿に当人達が失笑している。
「褒めてくれて嬉しいけど無名のフリーランスだよ。定期的にパーク内で芸をさせてもらっているんだ」
「だが少ないけど契約金あるから一応プロだぞ! 今朝も朝市の客に俺達の芸を披露してきた所だ。合間にバイトって身分だがな!」
ドラキュラの謙遜に包帯男が乗っかってくる。
見方を変えれば20歳のフリーターコンビだが、適当に16年生きてきた自分には眩し過ぎる存在だ。
「じゃあその格好で大道芸してるの?」
「そうだよ比奈菜ちゃん。お化け衣装を使ってもいいって許可が貰えて、試しにやってみたらウケが良くてね。〝お化けの大道芸人〟って肩書きで頑張っているんだ」
「すごーい! 何かやって! やってやって!」
「おい比奈菜、調子に乗るな」
浮かれて暴走中の妹を止めに入ったが、この我が儘にドラキュラは嫌な顔をせず笑顔で首を縦に振ってくれました。
「別にかまわないよ。それにこんな可愛い新人さんか来てくれたなら歓迎してあげないとね。いいよね雷山?」
「おうよ早風! まずは俺からっ!」
そう力強く宣言してから巨漢の包帯男が傍にあったパイプ椅子の両脇を掴んでからバッと脚を蹴り上げ、力強い倒立を見せ付けてくる。
「おおおおおおおおおおお、すごーーーーい!」
このパフォーマンスに比奈菜は大興奮、凄い凄いと一心不乱に叫びながら拍手をしまくっている。
「じゃあ、僕はこれを」
対するドラキュラはシガーボックス、これは複数の物体を空中に投げて取ってを繰り返し、重力を感じさせないダイナミック且つ不思議な動きで観客を魅了させるジャグリング芸当で、駒ならディアボロ、棒ならデビルスティック、そして箱がシガーボックスである。
そんなティッシュ箱サイズのボックスを両手で持ち、更に1つを挟んでの計3箱を操るのが一般的なのだが。
「5つ!? 5つも操っちゃうの!?」
比奈菜が驚くのも無理ない。
俺も試しにやらせてもらった事あるけど、3つですら難しくて、5つはもう挟んで持つ事さえも厳しい程だ。
だけどイケメンのドラキュラが「いきます」と丁寧口調で宣言した後、
「おおおおおおおおおおお、凄い凄いすごーーーーーーーい!」
5つの箱がリズミカルに空中を舞い、手に持った箱を半回転させたり素早く持ち替えたりと、まるでお手玉をするかの様にカンカンと箱が合わさる心地良い音だけが響き続け、間髪入れずに次々と色々な技を繰り出している。
そんな姿に俺と比奈菜は見入っていたのだが。
「早風、また無言になってる」
「あっ、しまっ」
カランカランカラーーン!!
血塗れナースの指摘でドラキュラのリズムが崩れ、宙に舞っていたシガーボックスが地面に落ちる。
「んでもってココから片手で倒立をっ」
そして倒立を続けていた包帯男も、更なる挑戦をしようとした所でバランスを崩してしまい。
ドガシャーーーーーーン!!!
シガーボックスを拾っていたドラキュラの頭上から包帯男が豪快に倒れてきて、2人の悲鳴と共に轟音がメイク室に響き渡る。
「ちょっ、大丈夫ですか!?」
「しっかりして! 風早さん生きてます!?」
丈夫そうな雷山さんはともかく、ほっそりな風早さんがグチャと潰れて本気で焦ったが、すぐに手を挙げてきたので大丈夫みたいだ。
「ああ、また失敗か」
ドラキュラの嘆きに血塗れナースが溜息を吐いてくる。
「早風、あんたの技は凄いけど技に集中し過ぎ。お客さんも見なさい」
「面目ないです」
そんなやり取りをみて河童が尋ねてみる。
「あの、凄いパフォーマンスで見えましたけど駄目なんですか?」
この疑問にドラキュラが苦笑いを見せる。
「パフォーマンスが重要なのは間違いないけど、観客を惹きつける演出やトークを混ぜたり、反応次第で芸に緩急を付けたり、時には観客の子供を呼んで一緒にマジックしてみたりと、大道芸は見ている人達を最高に楽しませる必要があるんだ」
「成程。確かに凄技でも、客を無視して黙々とやられたら盛り上がりに欠けますね」
細かい事だけど、きっとプロはそこまでやれなきゃ生き残れない。
やっぱりプロの世界って厳しいんだな。
「んでもって雷山、お前はいっつも調子に乗り過ぎ」
今度はぶっ倒れたままゼェゼェ言ってる包帯男に血塗れナースの喝が入る。
「くっ、筋肉がっ! まだ筋肉が足りないのか!!」
「あんたに足りないのはペース配分と脳みそ! 早風のパフォーマンス中も倒立続けたって意味ないでしょ! 誰も見てなかったから!」
「マジでか!!」
確かに「えっ、まだ倒立続けてたの?」って思っちゃったな。
どっちも凄いのに残念だなぁ。
「ほっほっほっ、見ての通りひよっこコンビじゃが見込みはあるじゃろ。とにかく嬢ちゃんの教育は儂らで見よう」
「はい! 比奈菜、頑張ります!」
そんな新人歓迎会が終わり、じゃあ準備再会って感じになった所で、
「ねぇお兄ちゃん。こんな楽しそうな職場なのに何で人手不足なの?」
という比奈菜の疑問に空気が固まる。
「ん? あれれ? 皆どしたの?」
苦笑とウンザリ顔の陳列に比奈菜が困惑して、どう説明したものかと考えていたら、
「何ですかこの有様。ココは遊び場じゃないのですよ」
メイク室の扉が開き、スーツ姿の男性が風雷コンビの転倒で物が散乱したメイク室の状況に刺々しい声で叱咤してくる。
「申し訳ありません。すぐに片付けます」
「早くしなさい」
早風さんが謝ってから皆で片付けを開始すると、スーツ男の威圧的な態度に俺の影に隠れている比奈菜が小声で尋ねてくる。
「お兄ちゃん、あれ誰?」
「このお化け屋敷で一番偉い、従業員の根津主任だ」
「え~、真面目そうだけど真面目系クズっぽ~い」
流石は我が妹、一瞬で見抜いちゃったよ。
俺も最初は誠実な印象だったけど、丁寧っぽい見下し口調、小賢しい態度、そしてキッチリなスーツ姿なのに足元はスニーカーという、パッと見正しいけどよく見れば違和感だらけのインテリ野郎なのだ。
「はぁ、GWなのにこれだけしか居ないの? ほんとアルバイトは仕事を軽く見ているから困る」
この愚痴に野土さんがウンザリ顔で抗議を始める。
「バイトにも休む権利ありますからね! 今までも少ない人員でやりくりして、これでGWまで休みなしにしたら皆辞めちゃうでしょ!」
「またそうやって言い訳をする。これだから責任のないアルバイトは」
いや、今のは真っ当な意見にしか聞こえなかったけどなぁ。
そして野土さんもこれ以上抗議しても時間の無駄って反応で話を進める。
「それより人員補給は?」
「全て不採用です」
「人手不足って言ったでしょ! 現場はカツカツ、人を選ぶ余裕ないってのが分からないの!?」
「変な人材を取り入れて現場が混乱したら困りますよね?」
「だから少数精鋭・人件費削減? はっ、このままじゃ母体のお化け屋敷まで削減されちゃうわよ!」
そんな睨み合いに溜息しか出てこない。
どっとも正論で、だからこその平行線状態だ。
そして問題は解消されないまま組織が機能不全に陥る。
まるで会社が倒産していく様をリアルタイムで見ている気分だ。
「はぁ、最近入ったのは川葉君だけで、高校生なのによく頑張ってるわ。しかも人員補給までしてくれて、うちの主任よりずっと有能よ」
「上司の口の聞き方には気を付けなさい! それより人員補給って何? 私は聞いていませんよ!」
そう吠えてから主任が辺りを見回し、見慣れない顔を見つけるのと同時に比奈菜が俺の背中に退避する。
はぁ、仕方ないなぁ。
この状況に逃げ場がないのを悟ってから主任の前に出る。
「この子がその補給要員で俺の妹です。主任には報告が後になっ…」
「私は許可していません。却下です」
うぐっ、説明すら受け付けずかよ。
そしてこの態度に野土さんがキレそうなので、こっちも強引に言葉を続ける。
「勝手な判断・事後報告になって申し訳ありません。ですがもう人事部で面接を済ませて履歴書も提出してしまいました。なので却下なら面接で了承してくれた玉藻さんにご報告をお願いします」
「なっ、玉藻専務だと!?」
丁寧に頭を下げての説明に根津主任が慄く。
怯んでいる今がチャンスだ。一気に畳み掛けよう。
「責任は兄である自分が全て負います。問題があれば両親・高校に連絡して構いません。それにGWだけの短期です。お願いします」
改めて深々と頭を下げ、メイク室内が静かになる。
そうして根津主任にバイト達の冷淡な視線が刺さり続けて、この気まずい状況に推し負ける様に、
「ふんっ、特別に今回だけは許してあげます。有り難く思いなさい!」
「はい、ありがとうございます」
という捨て台詞と共に、苦々しそうな顔で根津主任が退室しようとした所で野土さんが叫ぶ。
「お化け屋敷改装の件も忘れないでね!」
「その点はご心配なく。準備が整ったら報告しますので」
と、自信満々な台詞を吐いて退室していった。
ふうっ、すっげー疲れた。
因みにこれも糞親父からの入れ知恵である。
根津主任は上下関係を重視で玉藻常務を苦手にしている。そして責任は全て自分って主張で絶対折れるってアドバイスだったが、どうにかやり過ごせた。
「うっわ~、ほんとにああいう上司っているんだ」
比奈菜の呟きに明智さんが笑い出す。
「あれは転職を繰り返した末、2年前に流れ着いた若造じゃ。年は30前じゃが、若い若い」
「うっへ~、視線もズレズレで全然相手の顔見てなかったし、無駄に苦労したせいで性格ねじ曲がっちゃったか~」
「そう言うな、儂の職場にもああいう輩はいた。そんなもんじゃよ」
だけど将来、自分の上司があんなだったら人生オワタだよ。
新人は上司を選べない訳で、ソシャゲのレアガチャで決める様なものだ。
是非、とってもいい上司(SSR)に巡り合いたいものである。
「しかし坊主、小物とはいえ大人を言い包めるとはたいした物じゃな」
「ほんとよ、おばちゃんビックリ感心しちゃったわ」
周りから感心されて気恥ずかしいのに、比奈菜が得意気に俺の方を見てくる。
「えへへ~、お兄ちゃんは面倒臭がりなのに、たま~に格好付けだよね~」
「うるせーよ。たまには兄の威厳見せたっていいだろ。とにかく準備再会! 比奈菜も着替えろ」
「それはいいけど、何に?」
「えっ? ……あー、そうだな」
その後、比奈菜をどするかの協議が始まり、そうして決まったのがこの衣装である。
補足:シガーボックス5個は可能ですが、超神業の部類です。興味のある人はYouTube等で見て見て下さいです。




