10話 口裂け女
やべぇ、超気マズい。
前後客が鉢合わせる場面は何度あったけど、まとめて驚かす・後の客を足止めして時間調整という感じで乗り切ってきたけど、今回は完全に俺の失態だ。しかもその女性客、めっちゃ俺をロックオンしながら近づいて来てるよ。正直逃げたいけどもう後には引けない訳で、やるしかない!
「………………………………………ぁぁぁぁァぁあァぁぁアァぁぁああ」
と、半ばヤケクソで真正面から驚かしに行ったのだが、当の女性客は全くの無反応で、もう泣きたくなってきた所でこんな呟きが聞こえてきた。
「わたし、きれい?」
んん? どういう事?
口をすっぽりと覆う大きなマスクのせいで顔が半分近く見えないから判別できず、せめてマスクを取ってもらわないと。そう思っていたら女性がマスクとコートを手に掛け、剥ぎ取ってきた。これで素顔が露わになったのだが、想像だにしなかった光景が飛び込んでくる。
口の左側だけが耳元まで大きく裂けて口元全般も爛れており、しかも誰かを齧ってきたかの様な真っ赤な血痕が残っている。
そして全身を覆っていたトレンチコートの下には、一糸纏わぬ姿が……
「口裂けおっ! じゃなくて口裂け痴女だーーーーーーーーっ‼」
何で口裂け女がストリップ劇場!?
暗くて細部まで見えないけど明らかに何も付けてなくて、はいてない!
怖いのに裸体から目が逸らせず、逃げたいのに男の本能が拒否という矛盾に襲われ、思わず尻餅をついてしまった。上が口裂け・下が痴女という波状攻撃で視線がガクガクと上下に揺れるのと連動して脳もシェイクで思考回路がショート寸前だよ!
口裂け女の弱点って何だっけ?
諸説あるけど、確か整形手術の失敗で口が裂けて、その時の主治医の整髪料が超臭くて、その整髪料名を言えば当時のトラウマがフラッシュバックするらしいが、肝心の名前が思い出せない!
何だっけ? マジで何だっけ!?
「わたし、きれい?」
「わーーーーーーーーーっ、グリース! ジェル! ムース! マヨネーズっ‼」
思い付く限りの整髪料を叫んでみたがどれも間違いらしく、口裂け痴女がどんどん迫ってくる。
そういえば、べっこう飴か豆腐があれば逃げられるって情報なかったか?
んなもん持ち歩いてる訳ねーだろ馬鹿野郎っ!!
こうなったら対処法を変更、とにかく肯定だ!
ここでブスって言えば問答無用でぶっ殺されるが、綺麗なら助かるかもしれない。他にもヨーグルト食べる?等の謎質問をされるケースもあるらしいが、とにかく肯定してお帰り願いましょう。
「綺麗! すっげー美人っ!!」
この回答に口裂け女が満面の笑みになったけど、口が裂けてるからすっげー不気味!
「ほんとうに? こしのくびれは?」
「めっちゃスリムでほっそりです!」
これは嘘ではなくギュッと引き締まったウエストのお蔭で全身が細く見えており、そこに胸とお尻の魅惑的な膨らみが加わる事でエロさが何百倍も増しているのは間違いない。
「ほんとに? お世辞抜きで本当に綺麗?」
今までの低音とはうって変わって嬉しくて仕方がないという弾んだ声になったので、こちらも全力で吠える。
「超綺麗! 脂肪全然ないっす!」
「やったー、もっと褒めて褒めて!」
見せ付ける様に激しく腰を振りながら迫ってきたので、こちらも立ち上がりヤケクソな勢いで口裂け痴女と一緒に腰を振りまわす。
「最高‼ マジでエロエロっ!!」
「もっと! もっともっとーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
と、河童と口裂け痴女がエクストリームダンスという、サバト好きの魔女さえも逃げ出しそうな啞空間が出来上がった所で。
「……何これ?」
「あっ、音霧先輩」
ようやく戻ってきてくれたが、この地獄絵図に困惑しているご様子だ。
「……迷子の妹が見つかって、娘を探していたご両親の元に送り届けてきたから。……ところで、これは一体?」
「うわっ、そうだった! 口裂け痴女です‼ にげ…」
「雫ちゃーん! 久しぶりーーーーー」
こちらの台詞が終わるより先に、口裂け痴女が雪女を抱き締めた。
あれ? どゆこと?
口裂け女はこのお化け屋敷にはおらず、痴女だっていない筈だ。
しかも雪女に変装中なのに、すぐ音霧先輩だと見分けての〝雫ちゃん〟である。
もう訳が分からず目の前の奇妙な抱擁を見守っていると。
「……鈴芽ちゃん?」
「1年ぶりだね。元気してた?」
「……うん。鈴芽ちゃんも元気そうで何より」
「えっへへー、ありがとう。そしてありがとう」
どうやら2人は古い知り合いらしい。
さっきまでの恐怖が幻だったのではと思ってしまう程の鈴芽ちゃん?の無邪気な笑顔に、こっちまでほっこりしてしまいそうだ。口が裂けてるけど。
「……川葉君、こちらは小春鈴芽ちゃん。ここでアルバイトをしていた先輩です」
「鈴芽ちゃんです! 君もちゃん呼びでいいよ」
口裂け女メイクと演出で騙されたが身長は150あるか怪しいレベルの小柄で、ちょっと話しただけで明るさが伝わってくる天真爛漫という言葉がピッタリな印象だ。
「初めまして、春休みからバイトを始めた新人の川葉夕護です」
そう言った後、口裂け女が興味津々にこちらを覗き込んでくる。
「やっぱり新人君だったか。何歳? 何歳なの?」
「16歳、高2です」
「ああ、だからさっきJKと話してたんだ」
うぐっ、やっぱり指摘されてしまったか。
「仕事中にすみませんでした。同級生に絡まれてつい」
「見つけたのが私だからセーフだよ。でも今後は気を付けた方がいいかもね。……それにしても女友達が態々来るなんて、もしかして新人君ってイケメン? イケメンなの? その河童マスク取ってみてみて」
きっとイイ笑顔なんだろうけど口裂けスマイルだからリアクションに困るな。
「残念ながらイケメンじゃないし仕事中なので取りません。てゆーか今は話していいんですか?」
「ふっふっふっ、私レベルになるとお客さんが近付く気配をビビビって感知できるのだよ。まだまだ修行不足だね新人君」
そういう慢心が一番駄目な気がするけど口出しは止めておこう。バイトにも厳格な上下関係がある訳で、それに音霧先輩もお客さんが近付いたらすぐに気付ける立ち位置にいるから小声での会話なら大丈夫だろう。
「それにしてもほんと人少ないね。去年はもっといたのに」
「そうなんですか?」
お昼から夕方までそこそこ、それ以外は疎らなのが現状だけど、それは最近バイトを始めた人間の感想だ。お客が少なければ労働負荷が減ってバイトとしては大歓迎だけど、やっぱり経営側は困るんだろうなぁ。
「新人君、何かトラブルあった? あったの?」
「いえ、俺が働き始めた春休み以降は何も」
「んー、でもお化けの数も減ってる様な……。雫ちゃんは心当たりあるある?」
雪女に視線が集まると、ばつが悪そうな反応を示してくる。
「……えっと、……それより鈴芽ちゃん、体はもう大丈夫?」
「それならもう平気だよ。ちょっと前までは超怠くてだるだるの寝不足だったけどね」
あからさまに話題が変わったけど不穏なキーワードが出てきたな。1年ぶりとも言っていたし、こういう時は失言自爆が一番駄目だから情報収集、2人の会話を見守る事にしよう。
「……やっぱり、痛かった?」
「うん、医者に死ぬ程痛いって言われたけど想像以上だった。それにお腹がもう大惨事の惨劇で、元に戻すまで超時間かかったよ」
ふむ、どうやら病気で手術・長期入院だったらしい。
それにお腹という事は、盲腸か?
或いは他の重病で、きっと過酷な療養生活を…
「でも、やっぱり嬉しいね」
ん? あれれ?
「家に安息の時間がなくて超きっついよ」
「……私に手伝える事があればいつでも連絡してね」
「雫ちゃんは大学とバイトで忙しいでしょ。あーでも近い将来、雫ちゃんも私と同じ苦しみを味わうから、覚悟しといた方がいいよー」
「えっ? 音霧先輩も長期療養するんですか?」
これ以上のバイト離脱は困るという思いでついツッコミを入れた途端、雪女メイク越しからでも分かる程の真っ赤な顔になった音霧先輩がガバッと俺の両肩を掴み、ガクガク揺らしながら前のめりに迫ってきた。
「……そっ、そんな予定ない! むっさんこおそげえっ、しょうしねぇだっちゃ!」
ここまで感情を露わにした音霧先輩は初めてだ! てゆーか何で怒る、というか照れるのかが全然分からないし、これは俺が勘違いのアンジャッシュ可能性が高いっぽい! あとむっさん……だっちゃって何?
「新人く~ん、急にセクハラ発言とはこれ如何に? 下ネタが言いたいならそれが許される流れを作らないと」
「いやいや、俺そういうキャラじゃないので! 1年ぶり、医者に死ぬ程痛い、お腹が大惨事って聞こえたので、てっきり重病で入院していたのかと」
この発言で雪女の揺さぶりが止まってくれたのだが。
「……やっ、その。……………うわーん」
さっき以上の照れ顔になってから部屋の片隅に縮こまり、雪女が座敷童になっちゃいました。
「あっはははははは。ひどいなー新人君。私病気じゃないよー」
「えっ、でも、じゃあ一体?」
勘違いなのは理解できたけど正解が分からない。
そんな俺の様子を見かねて口裂け女が自分のスマホを取り出し、1枚の写真を見せてくれた。
「どう、可愛くてプリティでしょ」
そこには鈴芽ちゃんと赤ん坊のツーショットが写っている。
「うわー、この赤ちゃん超可愛い……………って、まさか」
「うん。私の子だよ」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
そこまで口裂け女に詳しいのに何で一番有名な弱点知らないの?ってツッコミはスルーでお願いします。




