二話
一限の間に一組十分の時間で試合が行われるらしい。
だから最大で一限で五組の試合が行われることになるな。
幸いにも俺の最初の相手キムくんとの試合は五番目だった。
だから他のが延長してしまえば次の時間に回される。
安直だがそうなれと俺は願っていた。
それこそキムくんのような馬力のある体格の人は基本的に速さが足りてない。
見た所キムくんもそのタイプだ。
俺は今自分に枷をつけている状態だ。
だから力に関していえばキムくんには及ばないだろう。
だが速さだけなら今の俺でも勝てるはずだ。
それならいっそずっと逃げているのも手だ。
勝負は勝ち負け以外に引き分けがある。
この試合でも引き分けが存在する。
そこを突けばあるいは・・・。
まぁ逃げのレッテル貼られたところで生活に対して問題はないだろう。
俺が考えにふけっている間に一組目の試合が始まっていた。
そしてここは試合毎に用意されるステージの一つ、
格闘闘技場だ。
そう一限毎に試合の会場は変わるんだ。
それが何処になるかは担任の先生次第、つまり運だ。
俺がやることは大して変わりはしないから何処でもいいんだが。
この組み合わせでこの会場は意図的なものを感じる。
今闘ってる二人とも格闘競技を元にしたアレンジ武術をしている。
片方はボクシング、もう片方はムエタイ。
両者ともリングを使って闘う競技だ。
もちろん二人ともそれぞれの技を昇華させ必殺技と呼べるほどのものになっている。
まぁ偶然ならなにも問題ないが、この後も同じような組み合わせなら闘う五組の中で一番多い格闘競技や闘いやすい場所などを先生が意図的に選んでるってことだろう。
それよりもだ。
俺の武術ではこのリングは狭すぎる。
勝つならいざ知らずわざと負けようとするのは些か骨が折れそうだ。
そう考えていたら一組目が終わったらしい。
周りにいるクラス連中が騒いでいる。
どうやら買ったのはボクシングを主にした武術を使っていた近藤くんという人らしい。
どうも俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手で未だにクラスの連中も一致しない方が多い。
それはそうとボクシングがムエタイに勝つということは彼の実力が相当あったのだろう。
ボクシングは拳技だけを特化している。
それに比べムエタイは脚技が多彩だ。
普通なら拳より脚技のが強い。
だが、それを超えるほどの実力差が二人にはあったらしい。
まぁ一概にそれだけが勝敗を分けるわけじゃないが。
そのまま続いて二組目も試合を始めようとしていた。
俺から見たらどいつもどんぐりの背比べで抜きん出た奴はいないな。
さすがに灯クラスがいるともっと見栄えがするんだがな。
そのまま特に何かある訳もなく二組目の試合も終わった。
今度の組み合わせは柔道と空手だった。
どちらもまぁ普通だったのでよく内容を覚えていない。
勝ったのは空手の斉藤くんらしい。
俺はどっちがどっちか分からない。
こんなに知らない顔がいると思うともう少し本気で顔を覚えた方がいいかと思えてきてしまう。
ちょっとだけ自分の記憶力に落胆しながら三組目の試合を見る。
だが、その試合で出てきた一人からは只者ではないものを感じた。
俺の記憶には残っていないが、明らかに他の奴とはレベル自体が違う。
このレベルなら俺は覚えてそうなんだが・・・。
あれは誰なんだ?
俺が見ていた奴は長髪で白髪だ。
野獣のような目をしていて何が来ても食い殺すようなオーラを出していた。
背は割と高そうだ、そしてなぜか白のタンクトップを着ている。
見せたがりなのか?でも筋肉が浮き上がって見えるからわからなくもないけどな。
それにしても何のベースの武術を使うんだ?
見た目からではイマイチ掴めなかった。
そして試合が始まる。
が、勝負は一瞬で決まってしまった。
彼が開始と同時に恐ろしく速い拳を出したのだ。
そのまま相手は吹き飛ばされリングのロープに跳ね返され気絶した。
相手は傭兵のような格好していたので多分軍隊武術だったんだろう。
軍隊武術は華やかさはないが実用性の高い武術だったはずだ。
それを使っている辺り弱くはない彼を一撃で倒した。
しかも俺以外に気付いているかは分からないが、
彼は拳を当てていないんだ。
彼の拳圧だけでああなってしまった。
並の学生が到達出来る領域を優に飛び越えていた。
彼の名前を俺は知らなかった。
あれ程の達人がまだ残っていたなんて少し高揚してしまったが、彼に目をつけられたら普通の生活にはもう戻れないだろう。
俺は静かに負けようと決心した。
あいつが試合早く終わらせちまったから俺の出番早くなったじゃねーか。
冷や汗が止まらない。
どう負けようか、ああ〜考えがまとまんねぇー。
気付いたら四組目も試合しており、見てはいるが自分の試合のことで頭がいっぱいだ。
キムくんの格闘スタイルを見てから決めるか?そうすると俺がそれなりに動けるのが分かってしまう。
かといってすぐ負けるのもちょっと痛いしなぁ。
俺がいくら強くても枷をつけている状態でキムくんの力技はさすがにダメージを負う。
なるべくなら痛くない方がいいんだけどな、まぁ最終手段に取っておくか。
四組目の試合も終わってしまった。
誰が勝ったかなんて聞こえない。
次が俺の番だなんて早いよ。
心で愚痴りながらリングに向かう俺。
向かい合ってキムくんがボディビルダーのように筋肉を隆起させポーズを取って俺を見る。
うわぁーっめっちゃキモいよ。
俺は完全に引いてしまう。
「さぁこの俺の華麗なプロレス技でさっさと負けな!」
キモいポーズのままキムくんは俺に勝利宣言している。
なんでこんなに自信たっぷりなんだよ。
つーかキモいだけだよ、キムくん。
圧倒的なキモいオーラに俺は少し後ずさりしてしまう。
それを見てからかキムくんはさらに俺に話しかけて来る。
「俺が怖いか?そうだろうな。この!俺の!この!筋肉!!さぞ俺に捕まるのが怖いだろうな。」
話の最中に五回もポーズ変えてきたぞ。
確かに怖いよ。そんなキモいポーズするやつに捕まるのはよ!
キムくんは今胸筋を動かして左右交互に持ち上げていた。
完全な無駄な力だ。
あれに触って勝つのも負けるのも嫌になってきたよ。
これはあれだ、キムくんに一度も触られずに引き分けに持って行こう。
俺は考えはまとまった。
すると、開始の合図を担任の先生がした。
「おめーらはじめろ!」
キムくんの仲間が用意したのかそれまでなかったゴングのようなカーンと言う音が始めの合図とともに鳴り響いた。
キムくんは始まるや否や俺に向かって真っ直ぐ突進してくる。
まぁプロレス技って自分で言っていたから相手と組んでなんぼなんだろう。
猪突猛進という言葉がぴったりなほど真っ直ぐ来るので目を瞑っても余裕で躱せてしまう。
それにやはりキムくんはさほど速さが無いのでこのスピードだと誰でも避けられのでは無いかと考えながら左に一歩ズレてキムくんが通り過ぎるのを確認する。
キムくんはそのままロープに向かって突進し、くるりと向きを変えて背中でロープを受け反動を使ってまた俺の方に向かってきた。
まぁ反動を使えば多少速さが増すので使い方としてオーソドックスだ。
特にキムくんのような力タイプはそれが多い。
が、その分やれることが限られてくるので対処としては割と簡単だ。
俺は向かってきたキムくんを今度は右に避ける。
そしてまた同じようにキムくんが仕掛けてくるので永遠と避け続けた。
その回数なんと二十回。
キムくんもただキモいだけでなく一回毎に速さは増してこの回数続ける体力があることは流石は武力科高校の生徒だと俺は思った。
キムくんはもう肩で息をしており俺はこのまま避けることだけを意識して避け続け、試合は引き分けとなって終わった。