第8話:二度と繰り返さない想いを胸に
俺は勇者ジャスティー。どういう意図であそこに居たのか定かで無いアリーゼと共に、崖から洞窟そして森が広がる地上に出る事に成功した俺は応急措置で済まされている足を完全に治す為にアリーゼが住んでいたとされる故郷へと足を進めていく事に。
道中では食料に困る事は無いのではと思うくらいに木に果物がぶら下がっていたり、心地良い川も流れている事からアリーゼの故郷は資源には大変困らない豊かな生活が送れている事が窺える。
「着いたっすよ! ここが自分が魔物ハンターとして旅立つ前に住んでいた村っす」
村にしては小規模で地形的にも人目がつかない場所。きっと、この村はアリーゼを始めとした村の者達でしか知られていない場所なのだろう。
俺もハワードそしてミストもこんな場所に訪れた事が無いのだから。
小さな村に喉かな光景。両手を空高く伸ばしてリラックス体勢に入っていた俺に子供達がまじまじと見つめると不思議そうな顔を浮かべる。
「ん? 俺の顔に何か付いているのか?」
「お兄さん。どこから着たっす?」
ここもアリーゼみたいに語尾を付けるのか。どうやら、この村はかなり変わっているらしい。
「えっ? あぁ、俺はハデスの村から着たジャスティーで戦闘中に崖に落ちてきた所を、偶々アリーゼが見つけてくれてここまで着た次第かな」
事情を説明するも子供達はアリーゼを見ながら、こそこそとしている。というかニヤニヤしている?
「アリーゼ姉ちゃんが男を連れてきたっす!」
キャッキャッと騒ぎ出す子供達は一目散で正面の大きな家の中に入り込んでいく。
それにしてもアリーゼが俺みたいな男を連れてくるのは珍しいのだろうか?
アリーゼみたいなさばさばとした性格なら男ぐらい何人も連れてくるのではと勝手ながらに判断していたのだが。
「ぼ、ぼけっとしていないで早く付いてくるっす! 正面の大きな家に回復魔法を得意とするママが居るから急ぐっす」
おい、そんなに引っ張られたら俺の手がもぎれそうになるから止めてくれぇぇ。
「ぐおぉぉ! 痛い痛い!」
悲鳴を上げようがひたすら俺の腕を掴んで正面にある家に辿り着き木製の玄関の扉をゆっくりと開ける。
するとアリーゼの両親であろう人達とさっき遊び回っていた子供達からの熱い出迎えが始まった。
「ようこそ! 私達隠れの村へっす!」
隠れの村って……随分と安直な名前を付けるんだな。せっかくなんだから、もう少し凝った名前をって俺が言った所で意味無いか。
「ママ。それよりもジャスティーの足を完膚無きまで治療して欲しいっす!」
ママは人目で見る限りアリーゼよりも背が高くつぶらな瞳をしていて何よりも非常に美人である。
元気が良いアリーゼとは正反対で大人しそうな性格をしていて本当に親と子なのか疑わしい所だがアリーゼがママと呼んでいる時点で紛れもない親子なのだろう。
「あらあら、随分と格好良い青年を連れてきたわね~。ママがパパと出会わなかったからーー」
「余計な言葉は必要無いっす! 良いから早急に治療して欲しいっす!!」
「何だ何だ? 久し振りの再会だと言うのに青年の方を気に掛けるとは。パパ、妬いちゃうっす」
アリーゼを始めとした親とのぐだぐだ会話を聞いてママと呼ばれている方に別の部屋で両足の治療を行う事に。
それほど痛みの出ない簡易な治療に俺は天にも登りそうな気持ちになった。
さっきまでズキズキと密かに痛んでいた足が薄れていくからだ。
「この傷で良く歩けたわね。普通なら、痛みで動けないのに」
「あんな洞窟で倒れていたら勇者じゃないですから」
「勇者ジャスティー。名前だけは聞いた事はあるけど、女の子にも気を使うのね。意外と紳士よね~」
「えっ? 俺は別に気を使ってなんて」
「アリーゼが施す回復術はそれほど高く無いの。応急措置だと言っても次第に傷が増していく上に再び痛みが徐々に……けど、ジャスティーさんはアリーゼを傷付けないように黙ってくれたのね。ありがとう」
お礼を言われるような事なんて全然無い。むしろ俺はアリーゼに救われた。
例え勇者であろうとも俺を連れて、ここまで案内してくれたアリーゼには頭が下がらない。
「アリーゼを宜しく頼むわ。あなたなら、きっとアリーゼを幸せにーー」
「いやいや、それはおかしいでしょ! 何故俺がアリーゼを!」
「えっ? だって、村に入る前から仲良さそうにしていた訳だし」
アリーゼと俺がそんな仲良さそうに見えるのだろうか?
まぁ、アリーゼと居ると気を使わずに自然と会話が生まれるから気楽であるという事に嘘偽りが無いと言えるが。
「さぁ、せっかくの客人なんだからリビングに戻ってくつろぎなさい。夕方はママ特別製の料理を振るうんだから!」
「いえ……そんなに気を使わなくても」
「私が好きだからやるの! あなたはアリーゼと一緒に仲良く待っていなさい!」
アリーゼのママに圧倒された俺はリビングに戻るも何か落ち着かなくて外に出て空気を吸う。
足も完全に治って身体も妙に軽いし、ここらで素振りでもしておくとするか。
剣を抜かずにただ食べて寝ていたら腕が鈍ってしまいそうだしな。
「殊勝な心構えっすね。惚れ惚れするっす」
「野次を飛ばしにきたのなら帰れよ」
帰ると思いきや俺の正面に立って短刀を見せ付けるアリーゼ。
どうやら俺との手合わせをしたいらしい。泣きを見ても知らないぞ?
「良いのか? 俺は勇者でアリーゼは魔物ハンター。手合わせしたら泣きを晒す事になるーー」
「余裕を見せ付けてたら隙が出来るっすよ!」
やる気満々でやるなら、こっちも本気で相手してやらぁぁ!
「だったら見せてやる! 俺の実力を!」
響き渡る金属音。何分かの時を隔てるとアリーゼは俺の剣に押されて地面にバタリと転がっていく。
「やっぱり強いっすね~」
「当たり前だ。俺は王に才能を見出だされて勇者となった男だからな」
「自慢っすか?」
「別に自慢じゃねえよ。ただな……お前も強かったぞ。やっぱり三体魔物を倒しただけはある」
アリーゼはゆっくりと身体を起こして、家の方へと足を進めていく中で自分の境遇を語り始める。
「自分、これでも弱虫っす。だから、そんな自分を変えたくてパパから武術を教わって、外に広がる広大な大地に潜む魔物を少しでも根絶する事に決めたっす! 世界を守る事よりもママを選び剣を取る事が困難になったパパの為にも!」
「パパに何か事情があったのか?」
見た感じアリーゼにべったりなバカ親のような雰囲気を漂わせていたが。
「パパはイグナイテッド王国の元兵士っす。ある日、お部屋で閉じ籠りのママをガラス越しで見掛けた時に一目惚れ。それからは人の目を掻い潜ってママを内緒で外に連れ出して最終的には深夜で夜逃げ。王国に追われる事となったパパは一目に当たらない場所で村を設立して10年も身を隠しながらも、いざという時の為に口調と顔を少し変えて今でも見つからないようにひそひそと生きているっす」
あの美人な顔立ちには納得出来る。アリーゼを育て上げたママはイグナイテッド王国の姫を勤めていた女性なのだから。
「くんくん。これは! ジャスティー、急ぐっすよ! これはとてつもなく美味たる美味しさを醸し出す料理がお待ちかねっす!」
久々の家庭独特の優しさに包まれながら俺はありったけの御馳走にありつく。
父と母を亡くし小さい頃から爺ちゃんの世話になっていた俺にとって、アリーゼがママとパパに話し掛けて談笑する所は何とも言えない感情が沸き立つも、俺を無料で泊まらせ気持ちの良い布団を提供してくれた家族に感謝しながら床に入る。
アリーゼのママが作ってくださった最高の料理を夢でも味わいながら堪能していると不意に不気味な足音が近付いてくる。
「何だ?」
どしんどしんと何だか落ち着かない音。まさか、この音は。
「魔物なのか!」
布団の横にある剣を取って、家で寝ている人達を全員叩き起こした俺は急ぎ足で外に飛び出すとそこには大勢の魔物が武器を構えて村を壊していく。
「人間はどこだ!」
棍棒を携える巨人型の魔物が一体。そして連れのスライムが十体。この村に大勢で襲い掛かってくるとは。
スライムならどうにでもなるが巨人型の魔物はどう倒すべきか迷いそうだ。
しかし、ここで黙って逃げるなんて絶対に出来ない。
俺の故郷みたいにあんな悲劇を起こさせるなんて二度とさせる訳にはいかないのだから!
「まさか、こんな村に何故魔物が居るなんて思わなかったっす!」
寝起きのアリーゼは合計十一体の魔物を前にして驚くも直ぐに得物である短刀を取り出して戦闘体勢に移行する。
俺も背中の鞘から立派な剣を構えて魔物に照準を定める。
「今までにもこんな事は?」
「無いっす」
魔物が暴走しているのか! いや、頭の中で考えるのは後だ。今はこの状況を打破する事だけを優先する!
「この村には一宿一飯の恩義があります。それに、こんなに喉かな村を破壊する魔物を許せない! 皆さんは安全な所で待機を! ここは俺だけでも」
俺が居る限り、村を壊させたりなんてさせねえ。もうあんな後悔は俺だけで充分なんだ。
勇者として剣術を得意とする俺がお前達を切り刻んでやる!
「水臭いっすよ。この村を一番守りたいのは自分なんですから」
そうだったな。アリーゼが何よりも一番この村で育ち、他人の俺よりも村に愛着がある。
そんなアリーゼだからこそ、村に土足で入って来た魔物相手に逃げるなんて考えられやしない。
「パパは家族を頼むっす! ここは自分達で片付けるっす!」
「そんな、アリーゼを置いてなんてーー」
「良いから、さっさと行くっすよ!」
魔物に怯える子供と固まるママをパパに任せたアリーゼは短刀を強く握り締めて今までに無い気合いを見せ付ける。
「あの無神経な魔物にたっぷりと味合わせてやるっすよ!」
「あぁ、やってやろうぜ!」
取り巻きは大した性能を持っていないが、巨人型の魔物はかなりの強敵となるだろう。けどアリーゼが一緒に居れば、どんな魔物でも倒せる。
良くは分からないけど、不思議とそんな気持ちが沸いてくる。
こんな気持ちはハワードと一緒に旅をしてきた時以来なんだけどな。