第7話:果敢な彼女に改める決意
俺は勇者ジャスティー。都ゾルダへと足を進めていく中で道中奇襲を掛けてきた金棒を武器とする魔物との乱闘を繰り広げたものの、俺が隙を与えたお陰で魔物が力強く金棒を振り回して敢えなく奈落の底へと落下。
足を痛めつけ仲間ともはぐれてしまった俺を救ってくれたアリーゼ。
奇妙な縁で結ばれた俺とアリーゼは一先ず応急措置で済ました足を完璧に治す為に地上を目指しアリーゼの故郷を目指す事になった……がぁぁ!
「コウモリ多すぎだろぉぉ!」
「頑張って下さいっす。この長い洞窟を抜けて上へと上へと目指して行けば恐らくあるのは晴れ渡る空と澄んだ空気! こんな所でへたれを見せられても困るっす」
あぁ、そうだなそうだな! けど、いくら地上に戻る為とは言え余りにも複雑過ぎる! 最初に入り口に入って見上げれば急勾配の坂で薄汚い道中にはコウモリの鳴き声と何体居るのか数えられないくらいの怒涛の押し寄せ。
おまけに地図が分からないから完全にアリーゼと一緒に居ないと迷子になりそうだし休憩すら出来ない。
こんな押し込まれた条件下で溜め息が出ない方がおかしい。
「ジャスティー、そこからは滑り台になってると思うんでーー」
「先に言えよぉぉ!」
どんな急勾配してんだよ。お陰様で尻が痛んだぞ。
「先に先に言ったら怪我するっすよ」
あれ? 考え事していたらいつの間にかアリーゼの前で歩いていたのか。だから、滑り台のような坂がある事に気付かなかったのか。
今度から、しっかりと前を見ておこう。
「はぁ。それにしても……ここは冷えるな。ゴールが全く見えないし、どれくらい歩いていけば出口があるんだ?」
崖の時はそれほど寒さを感じず丁度良い気温だったが洞窟に入ると気温は真逆。
さっき居た場所よりも数倍と言うには言い過ぎだが、やはり寒さを感じる。
魔物の攻撃に直撃しないように鎧を着こなしていたりするから良かったが普通の服装なら寒さは少なくとも感じていたな。
だが、隣に居るアリーゼは全く寒そうな姿を見せ付けない。
それどころか平然としているよう……気がするが彼女はどこか遠い目で何も無い洞窟を見上げいやがる。
「それは歩いてみない事には何ともっす。自分もこんな場所に居るのは初めてっすからね」
何だ。アリーゼも初めてなのか。その割りには俺より落ち着きがあるが。
「内心じゃ、胸がどきどきしてるっす。いつになったら着くんだろうって」
「頑張って歩けば、その内着くんだろ? なら頑張って行こうぜ! 少なくともアリーゼには俺が付いているから不安じゃ無いだろ?」
強がってはいるが、やっぱり本質的には女の子。こんな薄暗い洞窟の中で平然とはしてられないよな。
「あははっ。まさか滑り台のように滑っていったジャスティーに気を配られるとは思ってもみなかったっす!」
「おいおい! それを蒸し返すの止めてくれ! 何か恥ずかしいだろ!」
てか、俺達いつまでもこんな呑気に喋っている場合じゃ無いよな。早く地上に戻って足の治療が終わり次第急いでハワード達の元へと合流し魔王の幹部を倒して、俺の故郷を壊して大陸全土の人間をも滅ぼそうとする魔王をこの手で倒さなければ!
「おっ、丁度喉が渇いていた時に水がありましたっす! これはラッキーっすね!」
アリーゼの妙なハイテンション。真剣に考えているのは俺だけという事実に虚しくなりそうだ。
「確かに水があるが……これは飲めるのか?」
毒、とか無いよな?
「多分大丈夫だと思うっす。事実旨いから安心して飲めるっす!」
味じゃなくて衛生面を聞いているんだが。てか早速飲むのかよ!
「水飲んどかないと後で喉が渇いて死ぬっすよ?」
変に我慢してくたばるよりは飲んだ方が良いか。本来なら衛生面がしっかりしている水を飲みたかったが仕方無い。
「どうっすか?」
ふーん。水にしては中々旨いな。余りガブガブと飲んだら腹を壊すかもしれないから程良い程度にしておこう。
「まぁまぁだな。じゃあ、奥に繋がる坂を登っていきますか」
あそこまで踏ん張って歩けばゴールは見えるのだろうか?この水場が見えるまでは随分長い距離を歩かされたからな。
良い加減にゴールが見えても良いと思うが。
「距離にして何百歩以上。感覚にして三時間。そろそろ光が見えても良い頃っ……す?」
坂を登り切った広場に魔物が三体。トカゲの形をした二足歩行のタイプで武器は曲刀。
三対二の勝負なら活路は見出だせるが生憎俺の足は応急措置をしただけで普通に走ったりでもしたら足を痛めてしまうから必然的に俺は戦えない。
だが、この三体の魔物の目を振りきって逃げるのも至難の業。
「ジャスティーはここで待機を。自分は談笑している魔物を倒すっす」
「おい、それは無茶だろ。一人で三体を相手にするのは」
武器は接近タイプの二刀流の短刀。俺の話に聞く耳を持たないアリーゼは談笑している三体のトカゲ型の魔物を前に堂々たる態度で武器を構える。
「やいやい。魔物! 自分はアリーゼで職業柄魔物ハンターで生活している者っす! 出口を目指す為に君達にはここでくたばって貰うっす!」
「こんな場所に人間が居たとは。腹も減っていたし丁度良いじゃないか」
人間という魔物にして最大限の食事を前に三体のトカゲ型の魔物は曲刀を舌でべろりと舐めてから、三体同時に襲い掛かる。
「おぉ。三体同時とは卑怯っすよ」
何でそんなに余裕なんだ。三体の魔物を前にして。
「余裕をこいていられるのも今の内だぞ」
「へいへい。そうっすね」
左右に二体のトカゲ。正面に一体のトカゲ。どう考えても囲まれているであろう状況。
平然とするアリーゼは三体同時の奇襲攻撃の瞬間に足の回りから発動させた風を大きく展開させて三体のトカゲ型の魔物を遠慮無しに吹き飛ばす。
「自分の得意魔法は風でありどんな条件下でも発動可能。風と短刀さえあれば完全無欠っす」
「ぐっ、侮ったか」
自慢気に語るアリーゼにダメージを受けた三体のトカゲ型の魔物は怒りの表情を浮かべながら怒涛の攻撃を仕掛ける。
対してアリーゼは三体の魔物に物怖じしない動きで軽やかに身をこなして短刀と得意とする風魔法で一体ずつ丁寧に捌いていく。
そうして最終的に生き残ったトカゲ型の魔物は震えた手で曲刀を構えると勢い良く振りかざす。
「そんなに暴れても自分の身体には届かないっすよ」
アリーゼは得物である短刀をトカゲ型の魔物の腹を切り裂き最後のとどめで両方の短刀で交差に切り刻んでポーズを決め込む。
「これが魔物ハンターを生業とした自分の力っす!」
三体のトカゲ型の魔物に物怖じせずに挑む姿は女性ながらに果敢。
普通なら相手をせずに逃げるべき所をアリーゼは出口を目指す為に敢えて挑んだ。
彼女は俺が見た中では誰よりも勇ましい。
「へぇ。結構やるじゃないか」
「魔物を何体も経験上狩ってきたから当然の事っすね」
トカゲ型の魔物を倒して進んだ先には目映い光景。きっと、いやあそこに地上に出られる道があるのだろう。いや、無かったら無かったで凄く困るんだが。
「ジャスティー、喜んで下さいっす! 自分の故郷はもうすぐそこにあるっすよ! この光景は以前見た事があるので、間違い無いっす!」
はしゃぐ姿を前に俺はゆっくりと足を進める。アリーゼが小さい頃まで住んでいたとされる故郷を目指して。
「おいおい! あんまり急いだら足を滑らせーー」
あぁ。言わんこっちゃ無いな。
「痛てて。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったっすね」
「自分の故郷が近くにあるから当然と言えば当然だろう。俺もどんな国で何不自由暮らしをしようが故郷の暮らしが一番だったしな」
「そうっすか? 自分は家が窮屈だったんで、野宿していた方が凄く楽だったっすけど」
なっ! 野宿していただと!? アリーゼ……いくらなんでも、それは。
「女の子なんだから少しは気遣った方が良いぞ。お前は可愛いから狙われる可能性も考慮しておけ」
「ほぇ!? いきなり何を言っているんっすか!?」
ん? 別におかしい事を言ったつもりは無いぞ。あくまでも俺は仮に女の子であるアリーゼを今後野宿しないように忠告しただけに過ぎないというのに。
何故そんなにも顔が赤いんだ? もしかして長い時間歩いていたせいで疲れが出てしまったのだろうか。
「体調も悪くなったみたいだな。地上の空も薄暗くなりそうだから急いで案内してくれ」
「はぁ~。別に体調は悪く無いすっよ」
体調が悪く無いのに顔が赤いのは何故かは追求しないで置こう。何か怒られるような気がしてならない。
「そんな場所で突っ立っていたら置き去りにして行くっすよ」
冗談じゃない。こんな訳も分からない森だらけの場所でアリーゼに置き去りにでもされたりしたら……迷子になる所が下手すれば永久にさ迷って死んでしまう!
絶対にそれだけは命に換えてでも死守せねば!
「待ってくれ! 俺はまだ、こんな場所でくたばる訳にはいかない」
「やれやれ。何でそんなに必死なんっすか?」
「それは、勿論……大陸全土を今も支配せんとする魔王をこの手で倒す為に決まっているだろう! お前には分からないと思うが」
故郷の民を失い、我が物顔で企んでいるであろう魔王をのさばらせるなんて俺には出来ない。
勇者である以上仇討ちと全ての民の為に悪の諸悪である魔王を討たなければ!
「今の言葉で魔王を許せないという想いは自分の胸に強く響いたっす。ジャスティーなら、いつか倒せると信じているっす! だから諦めずに頑張るっすよ」
おう。アリーゼに言われずとも目的を為し遂げるまで俺は武器を振るい続けてやる!
魔王と魔物が根絶され人間と動物だけが幸せに暮らしていく生活を見届ける為にもな。
「アリーゼ、改めてありがとう」
「どういたしまして……って自分何かお礼を言われるような言葉を言ったっすか?」
「分かってないようなら別に構わねえよ。目的地であるお前の故郷はもう近いんだから頑張って歩くぜ!」