第30ーB話:囚われた幸せの中で
村を焼かれ、仲間を想う勇者ジャスティーの世界を救う旅の結末はこちら。
俺は勇者ジャスティー。誰も居ない城の頂上をひたすら駆け上がる。
「はあはあ、くそっ。まだ着かないのか!」
それにしても、余りに静かすぎる空間だ。普通最終決戦なら今までに無い魔物を配置する筈なのに。
この上に居る魔王ルシスは俺を舐めているのか? いや、それとも俺と一対一の真剣なる勝負を持ち掛ける為にわざと? うーん。考えてみた所で解決しそうにも無い。
どうせ、魔王の考える事は俺一人なら自分だけで充分だと言う舐め腐った考えだろう。
もう、いっその事そう考えた方が手っ取り早い。
「ふぅ。かなり走らされたが」
以前イグナイテッド王国の王様であるザルバトーレ王が行事や仕事の際に使用していた王様の部屋。
ここには指で数える位しか謁見していないが……まさか、また来てしまうとは。
しかし、今度は謁見という用事では無い。この奥には俺の故郷を根絶やしに燃やし、現在ものうのうと何食わぬ顔で世界征服を目論む悪の根元たる魔王ルシスが今かと今かと待っている筈。
さぁ……皆の想いを背負って、ようやく決戦の舞台に来れたんだ。ここでいざ振り返って帰る事なんざ間違っても出来ない。
とは言え、帰るつもりは毛頭無い。魔王ルシスの息を完全に止めるという使命があるんだ。おめおめと去れるかよ!
「アースト、見ていてくれ。俺は勇者として悪事を働かす魔王を倒して光を取り戻してやるぜ!」
今は亡き人の面影を描きながら、ゆっくりと扉を開いていく。そこはひっそりとした空間でありながら内装は王様の座る部屋である以上豪華に仕上がっている。
それに窓からふと目に留まるどんよりとした暗雲が自然と俺の瞳に映る。
この空がいつまでも暗いのは魔王ルシスが何らかの魔法を大気圏内に広げているからだろうか?
早く、暗闇に立ち込めた空も戻してやらないとな。いつまでも、こんな腐りきった空では心も沈んでしまう。
「待っていたぞ、勇者ジャスティー」
本来王様が座る席は紫の色の髪を女性のように伸ばした男性が偉そうに座り込んでいる。
見た目からして如何にも魔王だと言っても不思議で無い服装を着込んでいる。
そして、それ以上に頬の筋肉と顔の僅かな輪郭から男は俺よりも年下なのでは。
まさか……俺よりも数段若い奴が魔王として魔物達を牛耳っているのか。
これには少々驚かされた。けれど、対戦相手が年下だって俺は気を緩めないぜ。
こいつは世界を混沌に陥れた魔王だ。どんな事態になったとしても油断するべきじゃない。
「勇者ジャスティー。世界を闇に陥れる元凶たる存在に値する魔王ルシスを殲滅する為……俺はこの剣を振るう!」
剣を引き抜き、魔王に剣先を素早く見せる事で魔王に多少のプレッシャーを感じさせて一気に叩き込む!
先攻は俺からだ。まずはこちら側に隙を与えないように魔王を追い込ませる!
「ほう、中々やるじゃないか! しかし、その程度で私を倒すという構えなら少し考えた方が良いと思うぞ」
振り下ろす剣を長刀でがっしりと受け止め、流すようにして追い払うと素早い斬撃が何発も飛んでいく。
守りの姿勢に入る俺。そこで魔王はふと笑い、大きな突きを飛ばす。
「あっ!」
剣が長刀の威力に耐えられないのか! くそっ、あいつの武器の威力はなんて恐ろしいんだ!
「終わりにしてやる」
咄嗟に転がり、間一髪の場面で傷を受けずに得物である剣を回収してからこれまでの敵に見せなかった大技を繰り出す事にした。
この技は絶大なる威力を誇っている……が、体力を大きく削り取られてしまうという欠点がある以上使用を控えていた技。
まさか、ここで使う事になるとは。
いや、今使わずしてどうする? やるしかない……俺の決心が鈍る前に発動させて貰う!
「森羅万象を持ってして、全てを焼き尽くせ……奥義! 鳳凰炎龍斬!!」
刀身から燃えたぎる灼熱の烈火。触れただけで手を一瞬にして灰とする危険な奥義。
現時点を持って、その灼熱に帯びた剣を一気に力強く振り下ろす。
めらめらと威力を増していく灼熱の烈火は振り下ろした直線上へと曲がる事無く、真っ直ぐに吹き飛ぶ。
その速さはほんの一瞬で、よく見ない限り回避は不可能。つまり、この技を持ってすればどんな敵であろうが一網打尽に終われるという事。
その代わり奥義として、それなりの疲労がのし掛かったり等使うにも使えない事情が込み入っていた訳だが……
これで倒せるのなら幾らでも喜んでやってみせる! 悪を滅ぼす仕事は全て俺が背負っているのだから、どんとこい!
「くっくっくっ、良いじゃないか良いじゃないか。ここまで、してくれるのなら私もそれなりの礼を告げてやらねば……な!!」
馬鹿な。この灼熱に帯びる攻撃に軽々しく口を開けているだと!
くそっ、魔王だからって油断しすぎたか。このままではあちらの方が優勢になってしまう!
それだけは勘弁だ。世界を救う役目を背負いし俺がこんな場所で死んだら、今生きている人間達は間も無く滅びの時を迎えてしまう。
何としても、こっちが勝つように仕向けなければ!
「では、先攻も終わった事だから……私が最高の一手を与えるとしよう!!」
禍々しい邪気を帯びた長刀を振り飛ばす事で、周辺の部屋の一部が崩壊。ぐらぐらと揺れる部屋に耐久性はなさそうだ。
「ふん。本気を出してしまえば、この部屋も持たなさそうだな」
「その前に決着をつけてやる!!」
もう、こいつを好き勝手にさせてたまるか! 奥義の影響下で体力を奪い取られていようと全力を持ってして己の尽くす技を精一杯叩き込む。
どこか、余裕のある顔付きでふらふらと避けていく魔王ルシスは壁側に追い込まれたと同時に逆襲の剣撃を繰り広げていく。
剣と長刀がぶつかる事で火花が入り交わる激動の攻防戦。
俺も魔王も……互いに勝ちを譲るつもりは無いらしい。そりゃ、そうか。
「お前は充分に強い。だからこそ、私の元で活躍すべきだった。それなのに……お前はあくまでも人間として邪魔をするのか!」
「魔物の味方の立場に立つお前なんざ、俺達人間にとって裏切り者でしかない! それに……」
「それに?」
小さい頃に住んでいた故郷を。村の皆を滅茶苦茶にしたお前を絶対に許さない!
無念に散った皆の想いを背負って、俺は全身全霊でこの剣をぶつける!
「故郷を燃やしたお前の裁きをこの手でやらなければ……俺の仇が取れないんだよ!!」
「馬鹿馬鹿しい。私にそうさせたのはお前達の自己中心的な行為! もっともの発端はお前達にこそあるんだよ!」
「何だと?」
俺の故郷が燃えてしまったのは、俺達に原因があったのか。だとしたら俺はなんて取り返しの付かない事を。すまない……皆。
「それを都合良く、正義だと名乗る精神。お前達は清々しい程のクズ! 我々よりも……な!!」
だからと言って、やっていて良い事と悪い事があるだろうが。発端の原因が俺達人間だったとしてもお前達のやり返した行為に正当性は等しく無い!
「そうやって自分達だけが正しいと正当化するのは都合が良いよな。お前が実行した行為で何千何百人も死んだ。そんな愚かしき事を犯したにも関わらず、正しいと言い付けているお前の方が……よっぽどのクズだ!!」
もう、あいつの表情に余裕は無い。ここからはどちらかが死ぬまで終われない一対一の戦争だ。
「勇者ジャスティー。お前という存在を終わらせ、世界をより良き場所にしてみせる。その前に……貴様を殺す!」
「上等だ! 掛かってこいや、魔王ルシス!」
俺と魔王ルシスは目の前にある対象人物の命を狩る為だけに剣を振るう。
全力を持ってして、ぶつかる死闘に部屋の辺りに血が所々に飛び散る。
どれだけ時間が経ったのか。まだまだ死闘は続く。終わらない終われない長い戦闘。
そろそろ身体の限界が近い。あいつの前で出せば、確実に落とされるから敢えて顔に出さないよう、努めてはいるが気を抜けば出てしまいそうである。
何としても死守する。限界に近づいて来た身体で幾時の時間が過ぎ去ると、魔王ルシスにも体力のガタが来たのか、額に汗が溢れ落ちる。
それは俺でさえも同様の病状が現れた。
「はぁはぁ……結構やるではないか。最初に会った時よりも力が数倍上がっているぞ」
「お前なんかに……はぁはぁ。誉められたって、一つも嬉しくないんだよ」
動けるとしたら、あと一回。これ以上身体を動かせば俺は確実に倒れてしまう。
その前に決着は付けさせて貰う。
それが、最後に果たす想いだ!
「はぁぁぁぁぁぁ!」
生まれ育った村で妻を亡くそうが健気に育ててくれた父に小さかった俺に色々と話してくれた皆。
ぶつくさ言いながらも何だかんだで付き添ってくれたハワード。
引っ込み思案な所もあるけど、いざという時は俺が想像していた行動をも上回るミスト。
そして、ハワードとミストとはぐれた道中の最中に出会ったアリーゼ。
多分、俺は君に見惚れていた。口では言っていないけど。もう、会う事も無いと思うけど……どこかで巡り会えたら、俺の想いを伝えれたら良いな。
「炎舞龍王……」
「邪王極龍……」
「「斬!!」」
光と闇が交差する。部屋は跡形も無く、消し飛び城は大きく奈落。
意識が曖昧としている中で俺は奥に佇む綺麗な髪をした人物と目が合う。
「ジャ…………、ジャ…………。そ…………」
何を言ってるのか、もう俺には分からない。残念ながら俺の活躍はここまでのようだ。
長いような短いような旅だったけど、お前達と旅が出来た事。凄く楽しかったぜ。
魔王討伐という目的があるのに、下らない言葉を吐いている場合じゃないような気もするけど。
頬を伝う優しい風。そこに俺は子供を抱えて無邪気に遊ぶ。まるで子供みたいな事をしている。これは追い掛けごっこなのかな?
見た目からして五歳もいかない子供が俺の追い掛けている姿をにこにこと笑いながら、まだおぼつかない足で何とか逃げている。
その様子を一軒の小屋の扉から暖かく見守るのは犬のような形をした金髪の女性。
何だか、凄く綺麗だ。俺はこんな上玉な奥さんと結婚していたのか。
「そろそろ御飯にするすっすよ」
「え~。せっかく良い所だったのに」
「まぁまぁ。母さんもああ言っているだから昼御飯にしよう」
「今日は手塩を掛けて、作った愛情たっぷりのシチューっすよ。そんな料理を食べてみたくないっすか?」
「はーい。食べたい食べたい!!」
切り替えるの早いな。とは言え、俺もシチューと聞いたからには真っ先に食べさせて貰うぞ。
何せーーが作るシチューは最高に美味しいからな!!
「待つっすよ。ジャスティー」
うん? こんな時に何だよ。
「あっ……ああ。そうだったな」
一週間に一回はほっぺにチューをする日だったな。何というか、こう言うのって結構照れ臭い物なんだけど今になっては凄く幸せだ。
「ふふっ。大好きっすよ」
「俺もーー」
大好きだよ……アリーゼ。
TRUE END:最期はお幸せに




