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第28話:勇者は想いを背負い、今日も向かう

決戦、開幕!!

 俺は勇者ジャスティー。魔王との決着もあと少しで迎えられそうだ。これで、お前との長き戦いも終わりにしよう。

 これまで苦しんでいった人達の想いと亡き友人ハワードの想いを運んで、この現状を築き上げた諸悪の根元たる存在として魔王ルシスには消えて貰う。


「もう後戻りは出来ませんね」


「泣いても笑っても……これで最後にしよう。この戦で多くの無実の人達を殺した悪辣極まる魔王を打ち倒すんだ」


 空は薄暗く、風は無風でありながらも肌で感じるピリピリとした寒さ。

 いざ最終戦に足を踏み入れるとなると今までに無かった感情が心の底から湧いてくる。

 これは緊張しているのだろうか? 実際俺は今日初めて魔王と合間見える事になるし、実力に関しても同等かそれ以上の力を保有している可能性も無きにしもあらず……って何を弱気な。

 そんな弱い場面を見せつけたら、それこそ奴の付け入る隙になってしまう。

 ここは堂々しながらも、ただ奥にある城を目指していくだけだ。


「さぁ、行こう! 魔王討伐戦の始まりだ!」


 武器を一斉に構えて、問答無用で突撃。今日も俺の剣はこれまでに無い位に輝いていて何物であろうとも切り裂く強固な切れ味を誇っている。

 その剣を肩に担がず、刀身を斜め下に構えながら遺体に溢れた街中を進んでいく。

 しかし、魔物は待ち構えている所か一切姿を現さない。

 

 妙に遺体の数が多すぎる。


 俺達が来る前に大勢の戦士が突っ込んだのだろうか。口では表現出来ない程惨たらしく放置されている。


「まさか、俺達が駆け付ける前に殺されたのか」


 くそっ、後もう少し早くしていればこんな事態を招かずに済んだと言うのに……


「魔王軍も相当な手練れを用意しているようっすね」


 刃の傷が深い。遺体の一つをざっくりと観察すると迎え撃った敵は剣を好むようだ。


「皆さん、注意して下さい。この先に恐ろしい邪気が漂っています」


 先を見ても、ただただ遺体が放置されているだけで何の気配も感じられない。

 今存在する光景は城へと続く道のりと所々に張り巡らされた一軒家。

 この先を順調に進んでいけば、城の入り口へと続く一本橋に辿り着くのだが……おかしい。

 

 誰も居ないのが、不安を更に掻き立てる。 

 

 普通なら魔物がここぞとまでに大量導入されていてもおかしくない筈だ。

 まさか、奴等は俺達が来るのを待っているのか? だとしたらミストの言葉通り、気を引き締めなければ。

 暗雲が立ち込めている下で俺は息を大きく吸い込み、覚悟が決まったと同時に吐き出す。

 こんな所でビクビクとする訳にはいかない。この世に忍び闇を切り払い光をもたらせる役目は俺達でしか出来ない。

 だから逃げるものか。勇者として……男として!


「ジャスティーさん?」


「あっ、悪いな……ちょっと考え事をしていた」


 胃を決して、先頭に立って歩み出す。流れていく無情の景色。そして頬に伝わる生温い風に打ち付けながら、足を早めていくとしばらくして城の中間点に当たる一本橋に差し掛かる。

 この下には川があり、各ポイントに馬車代わりの舟が用意されていて通常では常に滞りなく渡り舟が流れている。

 しかし、今あるのは灰色の髪を整えた男性とその男性の背後に潜む大量の魔物の軍勢。


「遅かったな、勇者ジャスティー。お前が来訪する前に多くの挑戦者達が城に目掛けた……が、全員散ってしまった。新たな力を有した俺の力に抗う事無くな」


 青い剣を抜き出す彼の目は氷のように冷たく突き刺さる。あの瞳は想像以上に危険だ。

 

「さっきまで転がっていた遺体は見たか?」


「お前が葬ったのか」


「あぁ、葬ってやったよ。奴等は魔王を倒す為だけに、意気揚々と突撃したのにも関わらず死んだ。俺の力が強すぎせいだろ……余りにも貧弱でつまらない戦でしかなかった」


 こいつ。人の命を何だと思っているんだ! 


「腹を立てているのか?」


「お前、それでも人間なのかよ! 何で人間でありながら同じ人種を殺す!?」


 あるいは人間の姿をした別の生き物なのか。ふと浮かび上がった俺の想いは次の言葉で尽く砕け散る。


「はっ、人間に興味は無い。俺はただ与えられた任命を至極真っ当するだけだ」


 期待した俺が浅はかだった。もう、こいつは人間の形をしているだけの薄汚い化け物だ。

 魔物と同じように八つ裂きにしてやる!


「その怒りに震えた剣がどこまで通用するのか。精々俺を失望させるなよ」


「……来るっす!」


 青い剣を自身の口へ。刀身を水平にして異様な光景で身構えると瞬時に地面を足で蹴る。

 蹴り出した地面は少しだけ抉れ、男は上から大きく振り下ろす。

 反応が一秒でも遅れれば、命の保証は出来ない。こいつの瞳は何時だって本気だ。

 男が動くとしばらくしてから魔物共も続くように迫り掛かる。こいつらの相手をしようも、男が邪魔を……いや、むしろ先に始末しなければ危険だ!

 

「くそやろうがぁぁ!」


 白い剣と青い剣が耳を塞ぎたくなる位の爆音を鳴らせて互いにぶつかり合う。一子乱れぬ攻防戦に俺は一時も目を離さない。

 相手も同様で目を一切離さないという事はお互い同様の思考を張り巡らせているのだろう。


「埒が明かないか……だったら」


 このままの攻防戦が無駄だと悟った男は分身(と見せ掛けた幻影)を瞳に写させる。

 ふっ、随分とまどろっこしい事をしてくるもんだな。そんな幻影は剣ごと叩き潰してやるぜ!


「うぉぉぉらぁぁぁ!」


 剣を上段に持ち上げ、力任せに吹っ飛ばすと周囲に風と砂埃と男の方へと大きく流れ込みやがて視界が確保されると二人の分身は粉々に消滅。

 見たか。お前の作った分身なんざ、この剣で薙ぎ倒してくれる!

 あんまり勇者を舐めんじゃねえぞ。


「ちっ、やってくれるな」


「次はこっちの番だ」


 お返しとばかりに返す斜め上に振り下ろす斬撃。男は見切りをつけて剣を正面に構えて防御。

 更に怒濤の仕打ちを仕掛けているのに関わらず、男は苦い感情を表に出す事無く青き剣でやり返す。

 けたましく響き合う剣の音は鳴りまない。お互い、どちらかの命が無くなるのか? もはや、俺と男の戦いの場に横槍を入れる野次馬は存在しない。

 

「俺は……闇の力と新たに受け継いだ命を胸に魔王の部下として成り下がった。後はこの戦がどう終わりを迎えるのかを期待して待つのみだ。だからこそ、お前の存在は一番の障害でしかない。世界の安寧を築く為にも……死ななければならないんだ、貴様は」


 自分の都合で誰が喜んで死ぬかよ! それに、魔王がもたらす世界なんて地球が持たないだけだ。

 それなら俺達人間と生物が手を取り合って、豊かな営みを作り出すのが一番の近道。

 破壊だけを視野に入れているお前達と一緒にしたくもないんだよ、クソ野郎共!!


「お前の目的は俺が潰す。この世界に再び光を取り戻す為にもな」


「無駄だ。どんな事をしようと抗おうと魔王ルシスは全ての光を食らいつき、絶大なる闇をもたらす」


 そうまでする理由は何だ? 絶大なる闇をもたらした後に奴は何を求める?


「魔王ルシス。奴が闇を作ろうとする動機は何だ?」


「動機は分からない。しかし、奴がそこまでして動く切っ掛けがあったのだろう」


 口で説明する男は剣の捌きを止めない。受け止めようとも重くのし掛かる剣に睨みを効かせながらも、後ろへと大きく下がり全身全霊の技を持ってして一撃に賭けようと刃先がボロボロになり始めた剣を必死の想いで願い込む。


「ここで……全力を出してやらぁぁぁ!」


 周りに響く咆哮。叫び声と共に一直線の閃光をぶっ放すと男は大きく後ろに流れ込む。

 まだ、奴は生きている。


「お前が死ねば、最後の物語が開かれる。魔王の為でも無く、俺は個人的な理由でお前達を沈める。それで全てを終わりにする」

  

 刹那、間合いに入った男の剣が右肩に少しだけかする。その傷の痛みはさほどでは無かったものの、身体は正直で右肩から赤い液体が服ににじみ出す。

 こいつといつまでもじゃれあっていたら、魔王の元に辿り着けない。

 手を伸ばせば届く距離に居るのに。こうなったら、意地でも通る! 温存しようと練っていた力もここで吐き出してやる!


「こっちは皆を守る使命を背負っているんだ! 死にたいのなら、さっさとそこでくたばっていろ!」


「ざけるなよ。お前ごときに殺られる程弱くは無い!」


 男から伝わる邪気。剣先に力を施し、身体全体を解放させる俺は一足踏んで歩み寄ろうと試みる……しかし、我先にとアリーゼとミストが俺の代わりに立つ。


「死にたがりが増えたか」


 歩みが止まる事は無くなく、次第に距離を詰めていく男の手には邪気を放つ刀身。

 周辺にアリーゼとミストが倒した魔物の死体を咎める事も無く進む足。

 一体彼はどこから、こんな力を呼び寄せているんだ。しかも見た所男は俺達と同じ人間だ。何で魔物の味方として立っている?


「お前は何故魔物の肩を持つんだ?」

 

 距離を詰めていこうとしていた足は不意に止まる。そして躊躇う姿も無く、軽々と口を開けたと同時に剣から斬撃が交差して飛ばされる。


「永遠の命。それさえあれば、俺は誰であろうとも肩を持つ」


 危ない所でアリーゼとミストに助けられた。間一髪だったぜ。


「自分達に任せて先を急いで下さいっす!」


「でもよ!」


「ここは私とアリーゼで食い止めます! 人々に希望をもたらす為にも先をお急ぎ下さい!」


「こいつの相手は二人で充分っす! ジャスティーはさっさと本命を倒すっす!」


 これは、何度言い聞かせようとも聞く耳を持ってくれなさそうだ。

 本来なら目の前の男を倒して、三人一緒にこの世の中を潰そうとする邪悪なる魔王を撃退する筈だったのに。

 けど、今の状況ではそうも言ってられない。早くしないと魔王がこの先取り返しのつかない事態を起こしかねない。

 ちっ……行くしかないのか。


「お前等……くそっ! 分かったよ。そこまで言うなら、任せる。けど、絶対に何があっても無茶はするなよ」


「味方を残して去るか。それで良いのなら……先に行く事だな。魔王はあの奥の城で待っている」


 二人の表情を見る事は無く俺は先へと進み出す。やがて攻撃を一時中断している男の隣りに重なりあうと男は忠告という名の言葉を俺に聞こえるように囁く。


「今の魔王はお前を凌駕しかねない力を有している。精々もがけ」


 男は二人に重い一撃を加える。彼女達の言葉と男の忠告を背負った俺は今度こそ、目の前にそびえ立つイグナイテッド城へと全速力で向かう。

 

 全世界を混沌に染め上げる魔王ルシスを……俺は必ず殺す!

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