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第26:奏でられる物語はここに

 私は魔王ルシス。現時点を持って、全ての準備は完了。新たに加わった駒を使って、理想郷を設立する為の第一歩を歩み始めようではないか!


「この国に潜む人間は全員排除した。後はルシスの思うがままに動かせ」


 忠実に動くハーツは私の命令に逆らう事無く、この国で未だに逃げ延びている人間を全て根絶やしにしてくれたようだ。

 少々時間を費やしてしまったが、これで私の脅威は更に高まったであろう。

 人間よ、私達の力にひれ伏せ! そして目の前で自分の命が果てる事に恐怖するが良い!


「では、参るとするか。これ以上待たせる訳にもいかないからな」


 メインイベントを始めるとしよう。同胞達が更に結束するステージの幕開けだ!


「魔王様のご来光! 全員! 偉大なる王に賛辞を送れ!」


「おぉぉぉぉ! 魔王ルシス様!!」


 かつて無い程の熱狂ぶりに私は内心笑いが止まらなくなる。だが、このような公の場で情けない表情を晒すのは王としての威厳が成り立たない。

 ここはあくまでも冷静に皆の前に立つに限る。イグナイテッド城のベランダから見渡す限りに移る同胞達に手を振りつつも、咳払いを小さくしてから拍手を制止させた私は声明を発言する。

 この声明を持ってして、我々が如何に本気で世界を制圧しているのかを偉そうな表情を浮かべ同胞達を悪とけなしている連中に嫌でも分からせてやるとしよう!


「皆の者。ここまで、私を支えてくれた賛辞をを心より送る! 今回、この世界の中心に織り成すイグナイテッド王国を制圧下に置いた事で我々の力は既に全市民に伝わっているであろう!」


 聞こえているかな、勇者一同? 君達の勝敗はもはや無いも同然なのだよ。

 もう、理想郷の完成はすぐ目の前となる。敗北寸前の人間共は下からびくびくと眺めているが良い!


「これより計画は最終段階に移行する。事の始まりはエデンの里を燃やされ自分だけが正しいと語る自己の塊である人間達。今まで、我々は奴等の監視にひそひそとしなければならなかった……しかし! 今は圧倒的な力を持ってして、国を制圧した君達が存在する。だから恐れる物はもはや存在しない! 憎き人間を討ち滅ぼし私達だけの理想の楽園を今こそ築き上げようではないか!」


 私の宣言は見事に完璧で、話に乗せられた同胞達の士気はぐんぐん高まっている。

 これにより、どんなに強固な敵が来ようとも類いまれなる団結力で一網打尽にしてしまえる。

 では、この調子で自己保身の塊でしかない奴等に聞こえるくらいに大きな声で響かせてやるとしよう。

 きっと私の声を聞けば、大抵の者は絶望して嘆くかもしれない。しかし、勇者ならどうなるのだろうか? 

 勇者という高い地位を貰っている以上、そこまで言葉を真に受け止めるとは思わないが。

 いずれにせよ、勇者にだけは気を緩めない方が良い。


「世界は同胞達の理想郷として永遠の名を馳せる! その為にも異物である人間は全て抹消してくれようではないか! 全ての人間よ……私は魔王ルシス! もう逃げも隠れもしない! お前達が正しいと思うのなら、私に挑んでみせよ! その時は互いに全力を持って相手をしてやろう! ふはははははっ!」


 まぁ、来た所で鼠叩きにしてくるがな。皆の見えない所で笑みをこぼす私。

 声明を世界中に発信する事で世界の人々達に魔王ルシスの存在を大きく知らしめた。

 その結果、声明から聞き付けた野蛮な者達は武器を携え支配下に定めたイグナイテッド王国にぞろぞろと進行。

 魔王を打ち倒すという名目の元で攻撃を始める者達。その守備を務めるのは私の右腕として一番の優秀な駒となるブレイド。

 青き剣を得物とする彼はあらゆる敵を完膚無きまでに斬り殺す。例え、それが自分と等しい存在である人間だとしても。

 裏切り者として首斬りに処したブレイドに変わって、私の指示に忠実なブレイドの大きな働きに喜びを浸かるも、程無くして本城である使者からの訃報が舞い降りる。


「報告します。闇の城の守備を任されておりましたギャレン様が名誉の死を遂げました」


 これで手駒はブレイドのみ。あいつが死んでしまうのは予想外だった……が、過ぎた事は仕方が無い。

 今は死んでしまったギャレンの為にも一刻も早く実現を急がねばなるまい。


「ギャレンは火葬で葬れ。状況が落ち着くまで、私はしばらく留まる事にする。一番の問題である勇者ジャスティーの始末を完了次第、亡者となったギャレンを弔う」


 今は駄目だ。もうすぐ手に入る状況で気を緩めてしまえば、こちらにもそれ相応のダメージを貰い受ける事となる。

 だから、この事態を片付くまでは上から眺めていてくれ。私の偉大なる活躍を!


「御意!」

 

 闇の城の管理はしばらく同胞達に委ねておくか。まぁ、あんな場所に築き上げていても格好の的になるから、障害を全て葬り去った所でこの国の名前を変えて理想郷の基盤としてやろう。


「全50人の野次馬を排除。野次馬は全員血祭りにして、その場に放置している」


「ご苦労。お前の働きに感謝しよう」


「それぐらい大した事では無い。それよりも……」


 ん? あぁ、さっき見掛けた使者が気になったのか。


「以前私を影ながらも支えていたギャレンが戦死した。誰に殺されたというのは聞いていないが、槍の使い手であったギャレンが殺されたのは私にとって耳が痛い話だよ」


「その割りには大して耳を痛そうにしていないな」


「そうか。そう……見えるか」


 涙も枯れ果てたという事か。まだ知性が足りなかった頃の私は物事通りに進まなければ泣きじゃくる事が多かった。

 しかし、部下の死を前にして……こうも泣かないのは私が無情過ぎるというのが原因だろうか。


「いつまで続けるつもりだ? この、戯れ事を」


 余計な手間は割きたくないのであろうブレイドは適当な壁に持たれながら自らの武器を軽く研いでいく。

 当然ながら、私も同じ思想で余計な事ばかりしている暇は一切無い。

 こうして、王がくたばった椅子に座っているのは実に焦りだけが積もる。

 晴れやかしい野望を達成する為にも一番の障害となった奴等が私の元に来なければ、話は先に進まないだろう。

 だから、ここはなるべくして差し障りの無い話に持っていこうではないか。


「最大の障害である奴等の完全排除。それさえ、無事に仕上げてやればお前は存分に生きられる」


「そうか。貴様の問いに納得はしていないが、そこまで言うのならやってみせよう」


 剣を軽く研ぎ澄ませると武器を鞘に収納して、扉の方に手を置いたブレイドの表情は氷のように張り詰めている。

 きっと、今の進まない状況に苛立ちを感じているのだろう。私としてはそこまで気にする事は一切無いと思っているのだが。


「気を付けろよ。勇者では無いとは言え、油断はするな」


「安心しろ。俺はどんな敵でさえも確実に殺らせて貰う」


 足早に去っていくブレイド。まだまだ安心出来ない状況に陥っている私は何にも無い天井を見上げながら、終わらない戦いに溜め息をつく。

 しばらくしてから、向こうの方……となると外の方になるのだろうか。

 城の中でも時折耳に響く程の爆音と声明を上げた魔王ルシスの討伐を掲げる野郎共が耳障りな大声を高らかに響かせる。

 外はどうなっているのか? 今頃はブレイドが城を通すまいと青き剣で場を蹂躙しているのだろう。


「ふっ、揃いも揃って死にたがりが多いようだ」


 そこまでしてでも、私に挑みたい度胸とやらは高く評価する事にしよう。

 しかし私に仕える事にしたブレイドの力は簡単に退ける程弱くは無いぞ。

 実際、手を抜いていたら私も殺されそうになったくらいには手強いからな。

 などと、さっきまで起きた出来事を思い出のように懐かしんでいると遠くの方から一人の悲鳴が聞こえ始める。

 特にやるべき事が見当たらない私は王の席の後ろにある窓を両手で勢い良く開けると、爆音と悲鳴はより一層鮮明になり耳の鼓膜に酷く伝わる。


「案の定、返り討ちにされたか」


 建物が無駄にあるお陰で戦況が詳しく見えないが、こっちの城に敵が一人も奇襲に来ない。

 という事を判断すると、こちら側が圧倒的に勝っているのだろう。

 

「ふっ、我々の力に対抗する者は居ないという事か」


 完璧だな。これで、まだ見ぬ勇者一同を全員排除してしまえば世界征服は出来たも同然。

 あと少しで、長かった戦いも終わりを迎えられる! そう思うと胸が高鳴るな。


「くっくっく。さぁ、もっと……もっと抗ってみせよ」


 悲鳴が止んだ。圧倒的な力を見せ付け、私の部屋に戻ったブレイドの身体は血に汚れ顔も所々で返り血を浴びている。

 だが、彼にとっては大した事では無いのだろう。顔面に付着している返り血を手で拭う。


「全員始末完了。これで、そう簡単には来ないだろう」


 現場に遺体がばらまかれているのを見ただけで大抵の弱者は逃げていくだろう。主にブレイドが完膚無きまでに容赦無く血祭りにしたのが大きな原因となりうるのだが。


「次は大物して欲しいものだ。これ以上、雑魚の掃除をするのは面倒でしか無いからな」


「ふっ、そうか。ならば、来るべき時に呼んでやる。それまでに身体を休めていろ」


「何?」


 貴重な戦力は勇者の方に手を回しておくとしよう。カリスとギャレンを葬った奴等の力は侮れないから、ブレイドという保険は掛けておくべきだ。

 ブレイドを酷使させるのは体力が消耗する原因となるのだから。

 本命が来襲するまでの間は同胞達の懸命な働きに期待を掛けるしかない。


「ちょっとした優しさだよ。特に他意は無い」


「そうか。なら、言葉に従い……休ませて貰う」


 物語は確実に終わりまで……刻んでいる。刻一刻と進む時間。私に挑もうと試みる愚かな挑戦者。

 どれだけ、負けを見ても何処いずこからやってくる者達の姿勢には色々な意味で感心だ……ふっ笑えるよな。

 

 それにしても。


「君は何時になったら、私の元に来るのだろうな」


 勇者ジャスティー。君と私の相対する思想を掛けて、全身全霊でぶつかるとしよう。

 君が来るまで……私は待つぞ。何時如何なる時でもな。ふと込み上げた笑いはしばらくして大きく高まり、次第には建物の中が響き渡るくらいに反響する。

 

 ようやく終わりを迎える、計画の最終段階の成功を想像しながら。

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