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第24話:魂まで引き継ぐ、友の意思

魔王との決戦は近い……かも

 俺は勇者ジャスティー。刻一刻と迫る針天井に為す統べなく、ただ死を待つだけの時間。

 どれだけ必死に鉄格子を叩き潰そうとも、特殊なコーティングをされているお陰か上手く潰せない。

 

 もう、どうにもならない状態に陥ってしまった。

 

 こうなったら、せめてアリーゼとミストだけでも抱え込むようにしてでも俺が犠牲になるしかない!

 半ばやけくその想いを抱き込み、間も無く到達する針天井。不意にガコンという音が鳴る。

 一体何がどうなったのか……さっきまで振り下ろされそうになっていた針天井は泡やと言う所でピタリと動きを止めた。

 はぁー、助かったのか。今回は本当に危なかった。

 何だか分からないがこの状況に深く感謝するとしよう。


「止まったようですね」


 針天井が止まっている様子に脱力するミスト。対してアリーゼは平気だったと笑いながら語るが、語り終えた後の表情は酷く青ざめている。

 それもその筈。本当なら俺を含むアリーゼとミストは問答無用に針天井の餌食となり永遠に醒める事の無い空へと旅立つのだから。

 今回、針天井の危機が去った事に深く感謝して悪の限りを続ける非道な魔王を倒す為にリベンジを掛けるしかない。

 今日ばかりは罠に嵌まってしまった……が、次はこうなってたまるものか!

 俺達がやられた事はあの魔王に倍返しで返してやる! こそこそ逃げずに待っていやがれ!

 ふぅ。あれこれ不満になっていた想いを爆発させたら気分が徐々に良くなってきたな。

 そろそろ、この部屋から立ち去るとしよう。本来の魔王はきっと罠に嵌まった俺達を影で嘲笑っているに違いない。


「魔王、絶対に殺してやる! 俺達がやられた仕返しと」


 故郷を燃やし、今も悠長に息長らえている貴様をな!!


「あっ、檻が!」


 どうやら針天井が停止した事で周辺を囲っていた強固なる檻は床の方に倒れたらしい。

 武器でさえも砕けなかった檻がこうも簡単に解除されるとは、

 

 だがしかし、この部屋とはおさらばだ! 

 

「よし。この城を抜けてハワードと合流を果たすぞ!」


 目の前にある扉をなるべく音を立てないように、ゆっくりと地に足を踏みつけていこうと頭の中で想像。

 うん、これなら何とか行けるだろう。

 目の前にある扉を両手でゆっくりと開けて、皆に俺に付いてこいと手の合図を送り込み再び視界を広く調べていく。


「さーて、敵の気配は無しと捉えても間違いないな」


 しかし、幾ら何でも鼻に匂いがつく。それに足の底から雨のような溜まり場……だろうか? 

 ここは屋根があるのに奇妙な水溜まりがある。雨なんか、どうやっても入り込む事が無いだろう。

 疑問が出てきたと同時に俺の頭の中は僅か数秒で真っ白に染まる。そんな光景の真実を知りたくなんて無かったから。

 

「ハワード……さん?」


 こんな扉付近にレバーなんて、あったのだろうか? いや、それよりもどうしてハワードは寝込んでいるのだろう? 

 さっきやりあっていた最中に疲れでも蓄積されたのか。

 現実から逃避する俺には、どうこうしてもハワードだとは信じたく無かった。 

 だが、無情にもミストは倒れている遺体をハワードと認識している。

 そんな事は決して無い! 想定していなかった事が呑み込めない俺は倒れている遺体に近付いて、とことん入念に調べ上げていく。


「ハワード! おい、ハワード! 返事をしろよ!! 返事をしてくれよぉぉぉ!」


 身体が冷たい。脈拍の鼓動はぴくりとも動かない。最後に何か呟いていたような気がしたが、死と言う現実に突き付けられた俺に正常な判断が出来る筈も無く。

 

「くっ、何でだよ……最後まで生き残ってやろうぜ! って約束したじゃねえか!」


 魔王を倒したら、良い大人なのにガキみたいなチャンバラごっこをしようぜって言ってただろうが! その約束をこんなにも早く破るのかよ。

 

「ハワードはきっと、自分達を助ける為に命を掛けてまでやってくれたっす。その尊い犠牲を無駄にしない為にも前を向くしかないっす」


「……」


「自分は行くっすよ! こうしている間にも世界征服を執行する魔王に自分達の居所を奪うなんて意地でもやらせないっす!」


「ジャスティーさん、辛い気持ちは私も一緒です。紛いなりにもハワードさんとは境地を共にしてきました。私達の為に命を掛けてくれたハワードさんの為にも私は答えさせて頂きます!」


 今、ハワードの死を認めない自分が居る。かけがえのない仲間が死んだ事で俺の気持ちは酷く沈んでいる。

 けど、こんな所でいつまでも立ち止まっていたらハワードに何て言われるのだろうか?

 きっと、あいつなら俺の背中を叩いて……「俺の死なんて気にするな。そんな事よりも魔王を絶対に倒せよ! 皆の明るい希望の為にも!」って言ってくれるのかな。

 死人に口無しとは、まさしくこの状況を指摘している。


「こんな場所で立ち止まる訳にもいかねえのかもな」


 だからって、ここで道を止めたら……それこそ、あいつに会わせる顔が無い。

 やるんだ。俺がハワードの意思の分も引き継いで人間の破滅を目論む魔王を。


「見ていてくれ。どこか遠い空で」

 

 心安らかに眠るハワード。この場所に放置してたら敵に何をされるか分かったものじゃない。

 俺よりも身長が10Cm高い事をいつも自慢していたハワードを背負うのは中々に厳しい。

 だけど諦めない。ハワードはこんな場所じゃなくて、もっと安らかな場所で寝させてやるべきだ。


「アリーゼ。悪いけど」


「言わなくても分かっているっす。自分はなるべくフォローするつもりでいるんで安心して下さいっす!」


 助かる。俺一人でハワードを外まで背負い込むのは結構体力を使うからな。


「前方と後方は私の魔法で凪ぎ払います。ジャスティーさんはハワードさんに集中していて下さい!」


 さて、急ぐか。こんな場所にいつまでも留まっといたら、魔物達の増援が来そうな気がする……って大体倒した筈だから増援も何も来る訳が無いか。

 安堵した気持ちながらも主が居ない魔王城から脱出していく俺達。

 道中、ハワードと対峙していた男の死体を横切っていく最中慌ただしい音が段々と近付く。

 この音の正体は何だろうかと考えるまでも無い。こいつらを迎え撃つにも両手が塞がっているお陰で身動きが取れそうに無い。


「先攻して叩き潰すっす!」


 前に飛び出て、こちらに押し寄せてくる魔物の波を掻き分けていくアリーゼは風のように優雅に排除していく。

 一方で後方支援の位置に落ち着いたミストは先攻していくアリーゼに補助魔法を掛けながらも強大なる火の玉を幾つも投げつけ、猛進していく魔物を骨の髄まで燃やし尽くす。

 状況が一旦落ち着いてから、再び城の螺旋階段を使って足を踏み外す事の無いように降りていきながら脱出を目指す。

 それでも、どこかから湧いて出てくる魔物。アリーゼとミストは疲れた様子を見せる事無く息の合ったコンビネーションで魔物を根絶やしにしていく。

 渡り廊下に転がりまくっている魔物の死体。ふと走り抜けると妙にべちゃっとした気持ちの悪い感触があった。

 

「うげ、あいつのお陰で靴の底がベトベトするっす!」


「はぁ……はぁ」


 こいつはスライムだったか。ったく、気持ちの悪い物を床にばらまきやがって! こちらは大迷惑なんだよ、くそったれ!


「ここでぼさっとしていると、魔物の大群にかち合うぞ。急いで安全圏内に向かう!」


 城内では至る所で魔物が徘徊。城の脱出を図る為に、ミストの魔法とアリーゼの力でどうにか強行突破を果たした俺達の前方でまたしても道を阻む魔物を全員撃退。

 人をずっと背負い込む事がこれ程身体に応えるとは……俺もまだまだ貧弱だな。

 額から時々流れてくる汗に俺は両手でハワードを全力で背負い込みながら離脱。

 魔王すら不在の居城から離れて一段落が出来そうな場所。この、ご時世に落ち着ける場所なんて早々無いがふとした所で足を止める。


「ここで弔うか」


 魔物の追跡から、ようやく逃れる事になった俺が見つけた場所は青く透き通った綺麗な湖。

 確か、ここはイグナイテッド王国方面にある方の湖だったか。この先から軟化していけば行けそうだけど。


「綺麗ですね」


「名前は名付けられては無いが、知る人ぞ知る穴場スポットとして噂が広められている……らしいな」


 背負い込んでいたハワードを前方に抱き抱え、天に祈る想いで湖にそっと下ろしていく。

 死んで尚安らかな眠りに付いてるハワードの遺体は次第に沈む。

 俺達一同はただただ無言で黙祷もくとうを捧げる。願わくば天国と呼ばれし場所で幸せに生きてくれ。

 お前が為し遂げられなかった事と魔王を倒すと意思は魂をも引き継いで……世界の闇を切り裂いて、再び光を取り戻してみせるからよ。

 精々欠伸をしながら待っていてくれ。


「……それじゃあ、行くとするか」


「了解っす」


「はい。行きましょう」


 まんまと罠に嵌まってしまった礼は友の分も含めて倍返しで返してやる。  

 強い意気込みを右の拳で朝の時間帯になっているにも関わらず、暗雲に立ち込めた空に向かって見つめ続ける。

 

 すると、どこかから知らない人物の声が全体的に轟き始める。

 

 初めの内は幻聴だと思っていた……しかし、アリーゼやミストにも聞こえるらしい。

 しばらく黙って耳を傾けていると予想だにしない人物が声明と思われしき言葉を宣言する。


「世界は同胞達の理想郷として永遠の名を馳せる! その為にも異物である人間は全て抹消してくれようではないか! 全ての人間よ……私は魔王ルシス! もう逃げも隠れもしない! お前達が正しいと思うのなら、私に挑め! その時は互いに全力を持って相手をしてやろう! ふはははははっ!」


 上等だ。そんな高飛車なお前に挑んでやるよ! 志し半ばで倒れたあいつの分も含めて! 王国を始め、俺達の存在を勝手に滅ぼそうとする貴様を! 

 

「ぶっ倒す! 魔王だけは何としても」


「災いを招く闇はイグナイテッド王国。そこが最終決戦になりそうっすね!」


 その通りだ。多分、あそこに辿り着けばいずれにせよ決着がつく。

 五体満足で無事に帰れるかは保証出来ないが怖がっている時では無い。

 今も魔物の支配と魔王がもたらす闇に苦しんでいる人達が沢山居るのだから! 


「出発だ! 目標はイグナイテッド王国を制圧下に置いた魔王ルシスの殺害! これで、今度こそ終わらせるぞ!」

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