モンモンとして他国の勇者を襲った(らしい)
前話を読んでない人のための簡単な説明。
勇者認定を受け、特訓の毎日を送っていたヨウに降って沸いた話。
子どもが生めない王太子妃(幼馴染)の代わりに子どもを生めと命令され、とんずらする。玉の輿?まっさかー。うるさい身内がいないし、後ろ盾がないから好きに使えると判断しただけでしょー。しかも、幼馴染に『自分の男を寝取った』とかいわれるし。
そんな彼女は、数少ない味方である女騎士・ミルのアドバイス通り冒険者としての道を歩き出していた。
勇者っていう存在が特別じゃないって、彼に出会って知った。
「全く、いい加減にしろ」
怒ったようなセリフだけど、声は潜めている。
しかも、背負った私に負担にならないように考慮しているんだから出来た男だと思う。
あぁ、そうか。
勇者って存在は候補だけでもいろんな国に数多いて特別じゃなくても、彼だけは特別な存在なんだと私はのろのろと理解した。
幼馴染に巻き込まれてこの世界に来た私とは、全く異なる存在。それが彼だ。
短い淡い金色の髪は埃まみれでもキラキラして見えるし、後ろからじゃちょっとしか見えない顔は男らしさを兼ね備えた精悍かつキレイなものだし、人ひとり背負っても揺るぎない背中は逞しくって頼もしい。
「自分を大切にしろ。自分を大切に出来るのは自分だけだ」
そして何よりも、赤の他人の、しかもライバルである他国の勇者候補である私にすらこんなに優しい。
きっとこういう人が、本当に『勇者』って呼ばれるのに相応しいんだな、て。自然に納得出来るよ。
とんずらする前にミルお姉に、この世界で生きる常識をざっくり教わった。
とはいえ、平和な日本で生まれ育って、なおかつ海外旅行にすら出掛けたことがない私が聞き齧っただけの知識でどうにかこうにかやっていくのは大変…難しい。
いかにもこの国の人間じゃない風貌の私は良いカモだったらしく、いろいろ危険な目に遭った。幼馴染を護ってた日々は普通の女の子の生活よりも殺伐としてたと思うけど、それよりもずっとコワい目にも遭ったのだ。
人の命が他者にとってひどく軽いということをまざまざと思い知らされ、そのたびに私は背中に背負った聖剣で解決していった。…暴力に訴えたんじゃない、自分の持ち得る能力で解決したんだ。私は脳筋じゃない。騎士と関わったせいだとか…絶対ないから!
…とまあ、解決方法はともかくとして。
無国籍の異邦人でしかない私が作れる唯一の身分証を発行され、抹消されないためにちまちま依頼をこなし、いつの間にやら『バカでかい剣を背負った強い鬼…じゃなくてすごく強い少女』として結構、高レベルで危険なところへ派遣されることが多くなった。
まあ、当たり前だけど危険な場所というのはモンスターが多く出る所で…つまりは魔王が治める魔族の国に近い場所ってこと。
こんなところで勇者の因縁を感じてしまったけど、ギルドからの信頼を裏切るわけにもいかずに死に物狂いでことにあたった。
もちろん『逃げる』なんて選択肢は私には存在しない。…軽犯罪者もかるーい面接と仕事の態度によって受け入れてくれて、加えて身元保証人になってくれるのって冒険者ギルドだけなんだから、王太子妃暴行未遂の容疑者な後がない私には本当に、ほんとーに!学校の先生並みに信頼を失う訳にはいかない相手なんだ。内定的な意味で。
今なら揉み手しながらゴマ擦れるよ!
この世界にももちろん、幼馴染が王太子妃をやってる国以外にも国は存在する。そしてあの国出身の今私が振るっている聖剣の以前の持ち主同様、他の国にも勇者が存在していたらしい。
各国の優秀な人たちがパーティを組んで魔王を討伐したからって理由ではなくて、魔王が現れるその都度に国が先を争うように自国から勇者候補として人材を派遣して、見事魔王を打ち倒したら『勇者の生国』として政治面で大きな顔を出来るようになるそうだ。
つまり、そういった理由で高レベルの地域では国の圧力をモロに浴びた勇者(仮)たちもまた、しのぎを削ったりしちゃうわけ。倒すのはモンスターなのに、結構な確率で勇者(仮)バーサス勇者(仮)が起こったりするのだ。そんでもって、敵勇者(仮)にうつつを抜かして、討伐するはずのモンスターにまとめて倒されたりするわけである。
私には背負う国はないけど、当時は軽い人間不信気味だった。
それに、生きるためにはお金が必要だったのもある。ミルお姉含む仲良くしてくれた女性騎士たちの餞別はあっという間に大半を他人に奪われ、少ない所持金はすぐに底をついた。
日本で生きていたら決して感じるはずもない耐えようもない空腹感を、私は心と身体にイヤになる程刻み付けることとなる。
あんな思いをするくらいなら、他人を出し抜いてでもモンスターを狩り、より多くの報酬を得たい。だから、背後から勇者(仮)を鞘の付いたままの聖剣で殴って昏倒させるくらい、ぜんぜん平気になっていた。
私がしてることなんて、まだマシだ。モンスターを倒して素材を捌き終えたときに襲い掛かって来る奴らよりはまだ堕ちてない。
そう思いながら。
どんどん高レベルモンスターを倒していって強くなり、でも逆に今までの雨野陽としての自分を欠けさせつつ、毎日毎日少しずつ魔王の治まる国に近付いていくある日。
こちらもどんどん欠けつつある、まだ戦いの場に立っている各国の勇者(仮)たちの中にいた彼がはじめて私に声を掛けて来たんだ。
「敵に突っ込んで行くな」
「うるさい」
速攻でそう返した私はそのとき、彼を一人の人として認識していなかった。どんな表情で、私にそう声を掛けたのか、全然気にも留めていなかった。
ごく当たり前のように、獲物を奪い合う敵としてしか思っていなかったからだ。
…当時のことでいいわけをさせてもらえるのなら、彼だって悪いと私は主張したい。
あんなに淡々とした口調で、色気皆無なことをいわれても心には響かないって。しかも、それが初会話だったし。
いや、別にあの淡々として口調で色気ムンムンなこといわれても頭の心配しかしないけど。
初会話の後も、彼と私の狩場がかち合うことは多くてキャッチボールにもなってない、一方通行な言葉のやり取りを何度もした。
だいたいが『剣の振りが大きい』とか『防御を捨てるな』とか戦闘面が多かったけど、ときどき『メシもっと食え』やら『安全な仕事をギルドで受けろ』やら余計なことも混ざっていた。
おかげで私の返しは『うるさい』から『余計なお世話』にランクアップして、程なくして二言三言の罵詈雑言へと変化していった。イヤな変化の仕方だけど、それだけ気持ちに余裕が出来たってことにしておいて。
二言三言の罵詈雑言に彼が冷静に返し、そしてどちらかが踵を返すまで会話もどきのやり取りが続くようになった頃、やっと私は彼の顔を見返すことが出来た。
彼の穏やかな黒い瞳を。
この世界では幼馴染と私しか持たないと思っていた、慣れ親しんだ黒い瞳が私を静かに見返していた。
その静かな黒い瞳に、彼と同じ色の瞳から大粒の涙を流して、ちっちゃい子でもしないようなみっともない顔を晒して私は本当に久し振りに、他人の前で無防備に泣いた。
私は、元の平和で愛しい世界が恋しかったんだ。
寂しかったんだと、やっとわかった。
『帰れない』といったのは誰だったか、もう憶えてない。
それからどんなに駆けずり回っても、いろんな場所に行って聞いても、誰一人として『帰れる』とウソでもいってくれる人はいなかった。
そもそも召喚術は高度で、使えるのは王城に勤めているような魔術師だけで彼ら彼女らに許可を出すのはとてつもなくエライ人たちだ。
だから落胆するたびに、『市井に下った私が集められる情報に信ぴょう性がないから』と、そうやって思い込もうとして…失敗して心を閉ざして、自棄になって。
『帰れないなら』と危険なことばっかりして、それでも死ぬことが出来ずにモンスターを倒していた私は本当に危なっかしかったんだろうね。
思わず、ライバルでありながらも何度も声を掛けてしまう程に。
泣いて泣いてスッキリした私は、泣き止むまで傍にしてくれた彼とそれ以降、敵愾心むき出しな状態から少し落ち着いて話せるくらいまで心のハードルを下げた。
そうやってやり取りを繰り返す内に、『心配で見てられない』という彼の一言で組むことになってギルドにも正式に登録して来た。バディっていうのかな?
彼と組むようになってからは、戦闘は一気に楽になった。勇者候補が二人もいて、しかも戦略まで使えば倒せないモンスターはいない。むしろ、『このまま魔王も倒せるんじゃない?』ぐらい思ってた。
ぶっちゃけ、お互い剣を使う者同士でありながらも相性が良くて、調子に乗ってたんだ…私が。
んで、まあやらかした結果がこのおんぶである。恥ずか死ぬぅ…。
「………」
「ん…。ごめん」
私が恥ずかしがって返事をしないのをどう思ったのか、ただでさえ口数の少ない彼も黙ってしまった。
普段の心地よい沈黙はともかく、この沈黙は正直痛い。原因が自分にあるとわかってる分痛く感じる沈黙に耐えられずに小さく謝る。
以前よりはよっぽど素直に謝れたとは思うけど、彼に呆れられたらどうしようかと内心ドキドキしていた。
「………ね、ねぇったら」
「…………」
「ちょっ、本当に反省してるって。でも、本当にユエがいるから安心して突っ込んでいけるっていうか。頼りにしてるからっていうかぁ…~~~なんとかいってよっ!!」
心優しい彼がこのままけが人を放り出してどっか行くとは思えないけど、あんまりにも反応がないので私は焦る。今まで出したことがないような、情けない声が口から洩れるのを止めることが出来ない。
だけどまだ泣いてない。ちょっと目がうるって来てるけど、声は張れたし。
長年付き合って来た幼馴染と袂を分かつことには特に感慨はなかったのに、別の世界の別の国生まれの同じ勇者候補であり、短くない期間パートナーとしてやって来た彼とここでお別れする…そんなことを考えたらコワくなって来た。
ぷらぷらと揺れる足先から『寂しい』とか『コワい』とかが這い上がって来て、背中を冷たくする。身体の前面が彼の大きな背中に触れてなかったらきっと、私は凍え死んじゃってるかもしれない。
そんな命にかかわるような恐怖心が私を覆った。
「ねぇ、ねぇって………」
「……………」
どうしたらいいのかわからず、何度も声を掛けて彼の顔を後ろから覗き込もうとしていた私はそのとき気が付いた。そして、私が気付いたことに気が付いた彼は立ち止まり、私を背負い直した。
…わざとらしい程の、大きな動作で!絶対、笑ってたせいで震えてた背中もついでに誤魔化すためにしたんだって、私は見抜いてるから!!
「この!このぉ!!」
「はははははっ、悪い悪い!」
出逢った頃では絶対にありえない、明るい笑い声を上げる彼。
でも、絶対に悪いと思ってない声だったから、容赦なく良いところに置いてある淡い金色の頭に肘鉄を加えてやった。ふん!
ぐりぐりと肘をめり込ませている私を落とすことなく、悠々と歩いて二人で借りている宿屋に戻った彼は、さっさとギルドに出掛けて行った。もちろん、討伐終了の報告と素材の売却のためだ。別に逃げたわけじゃない。
だけど、帰って来た彼の手にある女の子が好みそうな淡いピンク色のお酒を見たときに、『これは賄賂だ』とすぐにわかった。ありありと、『これ飲んで機嫌治せ』的な意図を感じた!
ムッとした私はそれでも、元はといえば自分がモンスターに突っ込んで行ってケガをしたのが原因で、呆れられて捨てられることを勝手に想像して落ち込んだのも自分のせいだ。例え、そのしおらしい態度が笑われてたとしても…いや、それはひどくない?
召喚された当時の女子高生から、お酒が飲めるくらいの年齢になってんだから大人の対応をしようとしたけど……いや、二人でお酒を飲んでいる間は穏やかに見えるように努力はした。口元が引き攣ってたかもしれないけど、たぶん!
とはいえ。
身体というのは正直なもので、理性が取っ払われたら心の底で願っていたことを実行してしまうものなのだと、私はこの年で知ってしまった。
笑われたイライラ感と、何で笑われたかわからないモンモン感と、捨てられたくないっていうモヤモヤ感で凶行に及んでしまったようだ。
『しかし何故、こんな方法で…?』と、頭を抱えたのは仕方がない。男でもあるまいし!!
頭を抱えて俯く私は、ちらりと視線だけを前に向ける。
そこには疲れた表情を浮かべた相棒(inベッド)。しかも、両方服を着てないってもう、これは実行犯即逮捕ものだ。
「もうしわけありません」
私、人生初の華麗なる土下座をキメてしまった。完璧すぎて、見惚れるなよ?
「おい、さりげなく布団全部持ってって自分の身体だけ隠すなよ」
「そっちは下履いてるんだからいいじゃんか!」