むしゃくしゃして聖剣抜いた
ヨウの過去。
男同士の恋愛が描かれています。軽い描写ですが、注意。
「アマノ・ヨウ!貴様との婚約をここに破棄する!!」
…………ハハ、これはどこの乙女ゲームの世界なの?
乾いた笑いを漏らす私に、目の前に立った王子がドヤ顔で続ける。
「アーヤの優しさに付け込み、まとわり付いただけでも許しがたいっ。挙句、強引に婚約者に納まった強欲さには呆れてものがいえん!!」
「はぁ……」
じゃあ、こんなところでおしゃべりしてないで腕に抱いているのを連れてさっさと帰ればいいじゃんか。
そう思って王子の腕の中に囲われている幼馴染を見たら、偶然にも目が合った。
大きなおめめをうるうるさせた彼は、私の視線に怯えた様子を見せて大きく震える。
あー、ハイハイ。甘崎阿弥之親衛隊の方々、そんなにいきり立たないでよ。別に睨んでないってーの。
「別に私、まとわり付いた覚えはないんですけど?」
本当のことをいってんのに、周囲は嘘吐き呼ばわりをする。
いやいや、嘘吐いてどうすんだって。
阿弥之との付き合いは家が隣で同い年ってことと、苗字が似てるってことがきっかけだったはずだ。
だけど、可愛い見てくれでなおかつ引っ込み思案な阿弥之を心配した彼の御両親が、私を愛息の『おともだち』に任命したのが…苦労のはじまりだった。
今、思えば阿弥之の御両親は私を愛息の護衛兼弾除けにしたかったんだろうね。見た目も普通、それどころか女としてはだいぶ丈夫で上背のあった私なら、愛息の盾役に丁度良いと思っても不思議はない。
言葉少なげにうるうるおめめで上目遣いされた男どもが勘違いの挙句にとち狂うのを殴って止め、見ず知らずのおにーさんが差し出すお菓子につられてどっかの茂みに連れ込まれそうになるのを蹴り倒して止め、彼氏や好きな人が盗られたとキレる女の子たちを説得して…ああ、イヤな思ひ出………っ。
みんな、冷静になって!そいつ、男だから!!同性だから、とち狂うのはやめて!!
何度叫んだか、もう憶えてないよ。
そんで今、私以外の『おともだち』が『不思議』といない阿弥之のせいで、一緒に召喚されたらしい?私はまたもやとち狂った男たちの相手をさせられているのである。
しかも、だいぶ脳みそ茹っててもこの国では身分は絶対!なので、恋愛脳な人々は偉い人たちであることは変わりなく、だーれも私を助けてはくれないのだ。
大丈夫か、この国。
この世界に召喚された日、自分を飲み込む光に怯えて関係のない私を引き摺り込んだ阿弥之は、自分を囲む芸能人も真っ青なイケメンたちに更に怯え、ぶるぶる震えるだけで彼らに近寄りもしなかった。
彼らは彼らでそんな阿弥之にすでにデレデレで、危害なんて加えるつもりなんてなかったんだろうけど、パニクってた私はいつものように幼馴染をかばってしまった。
んで、『家族でもない若い男女がそんなに密着するなんて云々』のせいで、いつの間にやら婚約者という立場に…てか、やってることは相変わらず盾役だよね?
と、いうか何故、私がフラれた体?
「ねぇ、阿弥之。あんたはこの婚約破棄?のこと、どう思ってんのさ」
自分を腕に囲ってる男に全部させている幼馴染みに、一応だけ聞いてみる。
ほら、もしかしたらもっと穏便にすませたかったんじゃないかと思って。
だってさ、私にとって阿弥之は尻拭いばっかりさせる幼馴染みだけど、なんというか男だけど可愛いは可愛いし、付き合いは長いし、幼馴染みには変わりないし。
男女の感情はなくても、情ぐらいは感じるでしょ?
…とはいえ、それは私の勝手な思いでしかなかったんだけど、さ。
王子の腕の中にいる幼馴染みは怯えた様子で縮こまっていたけど、しばらくして『キッ』と顔を上げる。いかにも『決意しました!』って感じの顔で、幼馴染みにデレデレの脳みそとろとろな親衛隊たちにもわかる、まさに『敵と戦う決意を秘めた』表情だ。
もちろん、敵は睨み付けられた私である。
「いつもいつも!ボクが男の子と仲良くしようとするたびにジャマばっかりする、嫉妬なんて汚い気持ちばっかりの陽ちゃんなんて、ずっとずっとキライだったの!!」
可愛い顔立ちから繰り出される、こりゃまた可愛らしいはずの声は感情の高ぶりのせいでひっくり返っている。
でも、周囲は笑うこともなくその『勇姿』を褒め称えていた。
いやいやいや…待ってよ。あんたのいう『仲良く』ってあれなの?まさか、同意の上で××××したかったってこと!?どう見ても、下心しかなかったでしょ!鈍感なの!?
驚愕の事実を知り、ショックを受ける私に何を思ったか幼馴染みと王子以下親衛隊のみなさまはご満悦だ。
いや、現実逃避しちゃったけど、はっきりいわれたからわかってる。『愛する阿弥之(はーと)に嫌われてるとはじめて知ってショックを受けてる』って思われてるよ…っ。
あーりーえーなーいー
「ふん、鈍感な貴様もやっとわかったか!これ以上、アーヤにまとわりつくなよ!彼は王太子妃、ひいては王妃になる者だからな!」
あー…、王子は一人息子だからね。そりゃ、ゆくゆくは奥さんが王妃に…って、男同士ー!!いいのか、これでいいのか異世界!!ボーイズラブは異世界では普通恋愛に分類されるのか!?
よろめく私は勝ち誇った顔の王子以下略と、何故かドヤ顔の幼馴染みには追い立てらるようにこの場を後にする。
一応、召喚された幼馴染みの婚約者って立場でこの王城にいたんだけど、彼ら曰く『婚約破棄された』私がいて良い場所じゃないから…ね。
でもさー、なんで私が嫉妬に狂って幼馴染みに危害を加えたり、王子以下略を誘惑するって思われてんの?『私を選ばないならいっそ…っ』なんてヤンデレに、私が見えるのかな。あっ、王子以下略みたいな顔だけモヤシは二次元だけで十分なんで。
それにしても…空しい。
まさか幼馴染みに、私という人間が理解されてなかったなんて思わなかったよ。ヤンデレ云々は冗談だけど、別に見せ掛けの婚約なんて、いってくれたら普通に破棄したのにさ。
なのに、まるであっちが被害者みたいに味方に周囲を固めさせて、それでもオドオドしながらの破棄。しかも、他人にいわせてるし。
私たちの間にあった、幼馴染としての時間はいったいなんだったんだろう―…と、思い出して遠い目になってしまう。そうそう、楽しい思ひ出ゼロの空しさ漂う苦労歴だけだったわー。
今回の幼馴染の発言が本当であるなら、私がした護るための行為だって迷惑だったんだよね?…よくよく思い出してみれば、お礼をいわれたこともなかったよ。
大人の男二人に羽交い絞めにされて、車に連れ込まれそうだった時もあった気がしたけど、あのときも仲良くしたかったとか…?おいおい、あれは本当に身の危険を感じるとこだったよ!
「あれ…だんだんイライラしてきたぞ…?」
思い出せば思い出すほどに出るわ出るわ、イやな記憶の数々。守ろうと奮闘していた私だって、危険なことには変わりなかったんだけど…幼馴染にとっては取るに足らないことだったんかな。それとも、大げさだとか?そう考えると『うがーっ!!』ってなる私は心が狭い?
「このイライラ、どう晴らすべきか……っ」
これから住む場所、そして働く場所を決めなくちゃいけないよね?だって、王子以下略にあんなこといわれたんだから、私の扱いはきっとその通りだろう。つまり、無一文で異世界に放り出されたってわけだ。
幸い、どこぞの幼馴染の『アルバイトしたいけど、一人だとコワい~』に付き合った経験があるから、多少は働くことは出来るとは思う。
出来れば住み込みがあればいいけど、そういうのってどこに聞きに行けばいいんだろう…。ハローワーク的な存在があればいいんだけど、まあこっちは元も不明の異世界人だから最初はにこやか~に、礼儀正しく接したいものだ。
こんな、鬼の形相で行くわけにはいかない。
と、いうわけで、だ。
「誰にも抜けないっていってたんだから、ちょっといじってもいいでしょ」
王城の入り口に置いてあるオブジェに手を掛けて、ニヤリと笑う。その傍を一応護ってる騎士たちもサムズアップしてくれてるし、いいでしょうよ。
何でも昔、魔王を退治した剣らしいんだけど、討伐終了時に岩に刺したらそのまま抜けなくたったそうだ。どっかで聞いたことがある伝説だけど、抜けないのは本当らしい。
ほとんど観光名所ぐらいの軽い存在になってて、この国の人は一生に一度ぐらい記念に引っ張りに来るくらいだから、私もやってみていいそうだ。確かに、私の前に筋肉ムキムキな騎士が引っ張って見せてくれたけど抜けなかった。つまりまあ、そういう記念碑的なものだろう。『祝・魔王討伐』的な。
さーて、やってみますか!さっきのやり取り含め、イライラする気持ちを全てつぎ込んで、剣を抜こうと身構える。
岩と一体になっている剣の柄を両手で掴んで、サツマイモの茎を引っ張る気分で腰を落として体重を後ろに掛ける。
「うー………うわあああっ!?」
気合の入った声を上げようと腹に力を貯めた私の声はかなり大きかった。
だから、何事かとここにやってくる人たちはたくさんいて、慌てて抜けたばかりの剣を騎士に押し付けるものの大多数の人に目撃されることになってしまった。
「ゆ、勇者…勇者が出たぞー!!」
ちょっと待て。
確かに岩に刺さった剣は抜いたからそうかもしれないけど、そのいい方だとまるでオオカミが出たかのようにしか聞こえないんだけど。オオカミ少年もそういって、みんなに触れ回ってて本当のことをいっても信じてもらえなくなったんだよ?通行人のおじさんも、そんな冗談いってみんなに『またまた~』って生温い目で見られても知らないよーあはは。
…なんてことにはならず、速攻で勇者に認定されてしまった私である。
むしゃくしゃして、聖剣なんて抜いちゃダメだといういい教訓になったね。あははははー…はぁ。