アースはそわそわし過ぎて周りが見えてなかった
続き。今度はアースのはじめてのおつかい。そしてなんか変なのと遭遇する…が、スルーする。
はてさて。
過去のことはともかくとして、アースはとても良い子である。
まず、素直で親のいうことはきちんと守る。
その場合、彼女の生きて来た年数は考えてはいけない。
とにかく本人は本気で親のことを信頼していて、なおかつ二人が自分を愛してくれていると理解しているからこそ、いうことを聞くのである。
パパがいつも通りの冷静そのものの体で外へ出掛けて行ったが、内心は大荒れなのはアースも理解している。
いつも元気いっぱいで笑顔が可愛いママがツラい状態にいるから、パパもアースも気が気ではないのだ。
今は目を閉じて休んでいるものの、やつれて疲れた表情で眠るママを見ていたアースはすくっと立ち上がって外へ出て行く。もちろん、足音は立てずにドアは静かに開け閉めする。
そしてすぐに戻って来たアースは、持って来たモノをママの枕元にふんわりと置いて、身を屈めて囁く。
単純に、ママが寝ているからそれを思いやってのことだ。
「パパとあたしの代わりに、ママを守って」
鋭い眼差しが、下からアースを射抜く。無言の圧力に、アースはしかし苦笑するだけに留めた。
以前であれば反射的に存在を消滅させていただろうが、今はパパとママの人畜無害な可愛い娘なのでその程度だ。
「わかってるよ?パパがあたしに頼んだことなのに、そんな勝手にヒト任せにしちゃうなんていけないことだってことくらい。でもね、パパ一人でママのごはんの買い物をしに行くのって大変だと思わない?」
一月掛かっても辿り着けない場所に行くのに、まるで麓の村への買い物レベルで語るアースだが、パパがいわなかったからなのでしかたない。
しかたないが、とりあえず大変だということはわかっているのでこう続けた。
「だからね、あたしもその手伝いをしたいの。…まあ、そうはいっても近場で、だけどね」
ママの具合が悪いから、何かしたい。しかし、やはりパパの頼みを破るのに気が引けているらしい。
だからこそ、すぐに行って帰って来れる近場で手伝いをするそうだ。
何をするのか気になったらしく、ママの枕元におろされたそれは『ゴッゴッ』と野太い声で質問する。
いつもより控えめな鳴き声に、主人の一人であるママに対する遠慮が見られた。
「何をするのか?いくらパパでも、そんなにいろんなところへは買い物には行けないでしょ?だから、あたしが近くで手に入るものを買っておこうと思ってるの。うーん、そうだねぇ…」
野菜の類は家庭菜園で作っているのを使えばいいのだからと、アースは考える。
パパが買って来るのは米だ。
そして、食べるのは身体の弱ったママである。
「消化に良いものにするべきだよね。だったら、ミルク粥かなぁ」
浮かない声でそういったアースは、眉をきゅっと寄せた。
「でも、臭いんだよねぇ…」
アースの家ではタマゴは手に入るが、あいにく乳牛は飼育していない。なので、ときおり下りた村で、物々交換して手に入るヤギのミルクが食卓に上るのだがアースには不評である。
理由は本人がいう通りなのだが、ママが一生懸命臭いを消して出してくれるシチューに対しては何もいえない。
臭いさえなければおいしい、というのもある。
「ミルクって、えいようか?が高いってママいってるから、やっぱりミルクが必要だよね。だったら、ちょっと遠出して牛さんのミルクを買って来ようかな」
『えいようか』が何だかわからないアースは、それでもママの言葉を信じて買うものを決めた。
「よし!じゃあ、牛さんのミルクを買いに行って来るよ!!」
「ゴッゴッ」
「うん、心配しないでクロオビ!危なくないようにするし、山の結界を普段より強めにしとくから」
「ゴッ」
鋭い眼差しを緩め、クロオビは飛び出して行くアースを見送る。
普段の縄張り巡回をしない代わりに、眠りにつく主人の一人であるママを守るために彼女の枕元に腰を据えることにするのであった。
「うっ…。ケモノ臭い………」
クロオビのふかふかに埋もれることになったママの眉がきゅっとなっていたが、誰も気付いてはくれなかった。
さて、こうしてはじめてのおつかいに出掛けたアースは、鼻歌を歌いつつ影で作った鳥に乗って麓の村より少し離れた町で聞いた情報に目を輝かせる。
「ほ、本当にその牛さんのミルクを飲んだら元気になるの!?」
「そりゃ、そうだろうな。何てったって…ちょっと、嬢ちゃん。あんたの乗ってるでっぷりしたその鳥はまさかコカト」
「ありがとう!もらいに行って来る!!」
「ハッ!?ムリだよ!普通の牛じゃなくて聖牛さまだから…その前に毒をまき散らすコカトリスに乗ってたら——って、聞いちゃいない」
その情報を得てからのアースは早かった。
積年のライバル・クロオビに似せて作った影に跨り、まっすぐに突き進む。土煙を巻き上げ、驚いて避ける人々の間をすり抜けて、足取りも軽く駆け抜けた。
パパママに口酸っぱくしていわれているから、途中の国で水分と食事をしっかり摂りつつそわそわするアースの心はすでに、ママの元へと舞い戻っている。
『アース、ありがとう。さすがママとパパの娘ね。もう一人でおつかいが出来るなんてすごい!』
元気になったママに頭をなでなでされることを夢想しているアースの顔は、幸せそうに緩んでいた。
『アースの買って来てくれたミルクで煮たおかゆ、とってもおいしいよ』
『頼りになる姉がいて、この子も幸せだ』
ママに寄り添ってふくらんだおなかを撫でるパパも、にっこりしていてアースは更に幸せな気分になった。
「えへへ~」
ほわほわとお花を周囲に飛ばしながら手を合わせて『ごちそうさま』をしたアースは、ゴミを捨てに買い物をした屋台に戻る。周囲に人がいないおかげでゆっくりと食事が出来たアースは足取りも軽い。
「ごちそうさまでしたー」
「お、おい、お嬢ちゃん。悪いことはいわねぇ、王太子殿下に従って大人しく付いて行って方がいいぞ」
「?おいしかったよ。また、帰りに寄るね!」
「帰り…?いや、王太子殿下の後宮に上がるってことは家には帰れないってことで」
アースはちょっと考える。
「うーん、ごめん。ちょっと距離があるから、やっぱり帰りに寄れないかも。ごめんね。黙って出て来ちゃったから、早く帰らなきゃだし、牛さんのミルクは新鮮な方がいいらしいから休憩しないで早く帰るね。…ママとパパには内緒にしてね?休憩しないでいると、心配されちゃうから」
「えっ、あ、ああ。いいって。とにかく、ままとぱぱ?には内緒にしとけばいいんだな?」
「うん!」
良い笑顔とお返事をしたアースは、手を振って屋台のおじさんから離れた。
おいしいお店だったからママにも教えてあげようと思ったが、よくよく考えたら内緒の買い物中であったので断念する。
肩を落としたら、その上を通り過ぎる手があったがアースはそのことに気が付かないまま歩いて、近くにおいておいた影に跨った。
そのままアースが歩き出してしまったため、バランスを崩して倒れ込む大の大人と、『王太子殿下!』『大丈夫ですか!?』という騎士たちの声はもちろん耳にも入っていなかった。
「まあ、しかたないねー。クロオビ・改、行くよ!」
『………』
本来のクロオビに比べて物静かな影・クロオビ・改は主人であるアースの命令を忠実に実行に移す。
「この国の王太子であるオレがせっかく召し抱えてやろうというのに、なんて態度だ!これだから黒髪は……ほげっ!?」
「「「「王太子——!!」」」」
クロオビ・改が地面を力強く蹴り、抉れた土が後方へ勢いよく飛んで誰かの顔を強打するが、腕を振り上げて目的地を目指すアースには全然全く興味のないことであった。




