ほのぼのした日常に浸ってみる
私の隙をついたーーーと、相手に思わせて誘い込む。
どんな素早いモンスターも切り伏せる神速の剣でも、太刀筋がわかってればどうってことない。
私の胴体を薙ごうとする剣を、タイミングを図って跳んで避けた。…目測を誤ったせいでかなり跳ばなきゃならなかったけど、まあ結果オーライだ。勇者としての身体能力がなかったらヤバかったけど!
そのまま、自然落下の勢いで上げてた剣を振り下ろす。
さすがに、自分の剣の速度は相手よりも遅いし、威力も弱い方だ。だけど、跳んだ分と振り上げた分の遠心力が加われば、それなりの威力になる!
「とりゃああああぁっ!!」
風を切る、普段よりもいくぶんか重そうな音。そして、ぶつかり合うにぶい音が響いてー…。
バギッ
「あっ」
あっさりと手の中の木剣がへし折れた。結構な力作だったのに!!
柄の部分だけを残して折れた木剣を唖然と見下ろした私は、同じく折れた木剣を持っていた彼がそれを躊躇せず捨ててこちらに手を伸ばすのに気付くのがだいぶ遅れた。
その大きな手が私の襟首と、脇の服を掴んでグイっと引っ張り上げる。
気付いて抵抗しようにも、一瞬の隙が命取りだった。
逃れようと身体をひねった状態で、私の視界が回る。天と地が逆さまになって私の身体は強く地面に叩き付け…られなかった。
「ふわぁ!?」
とんっと軽い感じで地面にお尻の方から降ろされた私は、衝撃に備えるために止めていた息を吐き出した。少々まぬけな声も出ちゃったけど、それはご愛敬ということで!
ドキドキする胸を押さえてへたり込む私を、対戦相手だった彼は覗き込む。
私と同じ黒い目を細めた彼は、フッと静かに笑った。
「俺の勝ち、だな」
その静かで美しい笑みを、朝日が照らす。
淡い金色の髪が朝日に照らされて一層輝き、どことなくアジアンテイストな整った顔立ちは神々しさすら漂わせる。
イケメンはどんな場面でもイケメンだと思ったけど、今訂正したい。
私の夫、朝日に照らされている今が一番ステキです!!
心の中で、天に向かってそう吠えてみた。
「ヨウ?」
満月の夜のベオウルフ並みに内心吠えていると、不思議そうな顔で彼は私の顔を覗き込んで来た。心配してくれているんだと思う、たぶん。不審者だとは思われてないよね!?
「だっ、大丈夫。ちょっとびっくりしちゃって」
「ヨウ…訓練とはいえ、戦闘中だ。相手の動きをいくつも想定しておけといつもいってるだろう」
あうぅ…。笑顔の美しさに『びっくり』したんであって、剣を放り出しての投げ技に驚いたんじゃないんだけど…。彼の勘違いを訂正することが出来ず、苦笑いした。
とはいえ、彼が私のことを心配してくれているってわかってるから、淡々としたお説教はきちんと身を入れて聴いておく。聴いてないとバレれば、今度は怒られるとわかっててコワいから…じゃないよ、一応は。
「以上だ。次は気を付けてくれ」
「はい」
普段は言葉少な目な彼だけど、こういうときはなかなか長舌だ。静かで感情の起伏が少ない声だけど、彼が心配してこうして頑張ってしゃべってくれているのを私は知ってるから、しっかりと真面目な顔で頷く。
注意と今後戦闘の参考になる話をした後、しっかり頷く私を見ていた彼は、そこから少し眉を下げた。
「しかし、少し強く投げたのは俺の不注意だ。すまなかった」
そして潔く頭を下げるところがすばらしい!!自分の非を認めるのって、結構難しいよね。でも、彼はきちんと頭を下げてくれる。
私はわたわたと手を振って、否定した。
「本当に大丈夫だよ!そもそも、私が手加減はいらないっていったから、それを尊重してくれたんでしょ?」
実戦を想定しての訓練だから、それなりに本気でやってもらわないと困るのは私だ。だけど、それ以前に座りっぱなしなのは身を入れるために正座していただけで、接してお尻を叩き付けられて痛いからじゃない。そもそも、痛かったら正座出来ないし。
気にしなくてもいいって!そう思って笑って手を横に振り続けた。
でも、彼は表情薄めにちょっと困ったようにしている。本人は気にしてないのに、彼の方がよっぽど気にしているみたい。
良いヤツだ。どっかの誰かさんたちに見習ってほしいよ。
そうのほほんと考えていた私は、黙った後の彼がおもむろに膝裏に腕を入れて来たことに本気で驚いて硬直した。
とっさのことに反応出来ないなんて、さっきのお説教の意味がない!!そう思うものの、人間びっくりし過ぎると動けなくなるものらしくて、そのままされるがまま抱き上げられてしまった。所謂、お姫さま抱っこの状態で。
「ふおぅっ!?」
「大丈夫か?」
…その質問は、お尻の状態を指しているのか、頭の状態を指しているのか。まあ、それはさておき。
心配そうに眉をひそめているイケメンの顔が、かなり近い所にある。切れ長のキレイな目に、私の顔が大きく映っているのが見えるくらいの距離だ。
いくらいろんなイケメンの顔を見慣れるくらい見たことがあっても、こんな風に自分だけを心配して見詰め返してくれたイケメンはいなかった。いや、イケメンだけじゃなくて、男の子全般か。
「だだだだだだいじょうぶれす」
「…そうか?」
舌が動かない所為でまともに返せなかったせいか、大丈夫だといっても彼は私を下ろさなかった。そのまま私を抱いて、私の分と自分が放り出した木剣を回収して家へと足を進める。どうやら運んでくれるらしい。
向こうにいたときや、こっちでわけあって関わったことがあるイケメンはこんなに優しい人がいただろうか?いや、いない!!別にそこまで深く関わったことがなかったせいもあるけど、初対面でお姫さま抱っこをされていた幼馴染を知っているだけに…いや、あいつらの誰にもやられたくないわ。気の迷いでした。
「そういえば、そろそろトミャートゥが採れ頃だな」
「ぶふぅ」
「ヨウ……」
「ご、ごめんごめん。トミャートゥね、トミャートゥ」
真顔のイケメンが『ミャー』と発音しているのがおもしろくて思わず笑い、上から非難の眼差しが降って来る。それと、トミャートゥはパスタソースに使う丸っこくて真っ赤なあいつです。
「じゃあ、キュキュキュキューリも採れ頃だろうね」
「そうだな」
なんか噛んだらイヤな音がしそうな名前の緑の長細い野菜を思い浮かべてると、昨日は蕾だった花が咲いているのに気が付いた。
「あっ、もう咲いてる」
「ここのところ、暖かい日が続いているからな」
「だったら、そろそろベリー類も採れ頃かな。あとでアースと見に行こうっと」
「フッ……お前は本当に食べもののことばかりだな」
小さく笑う彼が、ムッと膨れる私を抱き直す。そのときに軽く揺すったけど、私はちっちゃな赤ちゃんじゃないから!
「ムッ!だって、ユエは付き合ってくれないでしょ!」
「母娘の楽しみを邪魔するほど無粋なつもりはない」
いや、それだけじゃないでしょ。もともと、甘いものが得意じゃない彼はそうしらばっくれた。
もちろん、私たちが楽しく過ごすのを邪魔しないためっていう側面もあるだろうけど、何故か食べものの好き嫌いはあまりいいたくない彼であった。
「ふーん。まぁ、いいけど。二人で楽しく食べまーす。あっ、そうだ。今日は布団も干しちゃおうか?」
「そうだな、帰ったら一緒に運ぼう。そろそろ、アースも起きる頃だろうしな」
「そうだねー」
寝顔も可愛いけど、起こしてからしばらくうつらうつらしている様子も可愛い娘のことを思い、私はついニヤけた。彼の方も同じことを想像しているのか、鋭く見える目をほんのり和ませて微笑んでいる。
「ヨウ、お前は今…幸せか?」
微笑みを浮かべた彼は、やっぱり静かな声でそう問い掛ける。
私たちしかいない、静かな場所だからこそ、その声はしっかりはっきりと私に届いた。
「自然に囲まれた静かな環境に、小さくても清潔で快適な家、可愛い娘とカッコよくて頼りになる夫がいて、私が幸せじゃない条件がどこにあるの?」
遠回しな言葉で一旦は返して、それから彼を真っ直ぐ見上げた。それから意を決して、両手を伸ばす。
身長差があって普段はもっと上の方にある彼の首に抱き着きがてら、真っ赤になった顔を隠す。たぶん絶対、これで見えないはずだ。
ライバルから相棒へ、そして夫婦となって少し経つけど、こういう接触は未だに恥ずかしいんだよ!だけど、これだけはしっかりいいたい。
「幸せに決まってるよ!!」
彼に出逢えて、娘に会えた。一人ではきっと、辿り着けなかった先にあった今だから。
だから、たくさんの感謝の気持ちと愛しさを込めて、力いっぱい抱き着いた。
「………」
そして、そんな私を同じくらい強い力で抱き返す彼。無言だけど、きっと気持ちは同じだと信じてる。
あぁ…このためにいろんな苦労を向こうにいた頃からしてたんだとしたら、今の私は幼馴染のこともそれに関わるあれこれも許せる気がした。
彼の腕の力が抜けて、私も力を抜けば、密着していた身体が少しだけ離れる。
それでも近いことには変わりない、整った顔立ちのいつもなら涼し気に見える切れ長の、目の奥が熱を帯びて揺らいでいた。
その目がゆっくりと近付いて来るのを拒むことなんてしないで、そっと目を閉じて受け入れて二人の影がかさな……
ゴゲー!ゴゴゴ、ゴゲー!!
怒りを孕んだ低い鳴き声。それにハッとして声がする方向を向いたのは、同時だった。
「いけない、アースが一人で戦いの場に!!」
さっきまでの良い雰囲気を台無しにしながら叫ぶ私をそのまま抱え、彼は全速力で家へと駆け出した。
そして二人で辿り着いた先で待ち受けていたのは、立派な鶏冠を力なく垂らしながらも悔しそうに宿敵を睨む、おなかのところに黒くて太い模様を持つ巨大なニワトリと。
「とったどー!!」
片手を天に突き上げ勝鬨を上げるのは、泥とところどころ破れが見えるボロッボロの寝間着用ワンピースとくしゃくしゃになった普段はキレイな黒髪を持つ幼女だ。
人形めいた整い過ぎた顔立ちを興奮で赤く染めた彼女は私たちの娘である。
その腕の中には、戦利品のタマゴが抱えられていた。
彼女はついに、長く続いた争いを制したのだっ!
感動のあまり、私はものすごい勢いで拍手をするのであった。むろん、彼の腕の中で。
「尊い!!」
「………ただのコカトリスのタマゴ取りだろう」
夫は私と娘を呆れた顔で眺めているけど、それでも毎朝修羅場なんだからいいでしょ!今ぐらいは勝利に酔ってても!
ちなみに、コカトリスのタマゴはこの後、家族の朝食となりました。ごちそうさまです。
コカトリスとは。
雄鶏が生んだタマゴをヒキガエルが温めて孵すと生まれる。
雄鶏がタマゴを生むとか、そして生まれたコカトリスもタマゴを生むとか…謎過ぎる生物。
なお、主人公一家と共に暮らすコカトリスの名はクロオビ。