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未確認生物マニアの少女

「凄い!これは、これは凄いよ!!」


 興奮を抑えきれずに思わず林湖(りんご)は叫んでいた。幸い朝のホームルーム前で談笑に勤しんでいるクラスメイトは此方を注視する事無く、それぞれ自分達の話に花を咲かせている。林湖が唐突に発する大声やそれなりに大きな音というのに、最早慣れてしまったというのも否定出来ないところではあるが。

 しかし林湖が普段から一緒にいる、いわばグループの様な存在となれば話は違い、特に彼女の前の席に座る秋良(あきよし)は露骨に顔を顰めて体を捻って林湖に視線を向ける。


「お前、今度は何を見付けたんだよ」

「遊園地で謎の生物発見!だって!!」


 林湖は嬉々として机の上に開いて置かれた雑誌を、秋良に示す。

 目をきらきら輝かせている林湖に対し、秋良の反応は冷めたもので、ふーん、と適当な相槌を返しつつ、取り敢えずはと視線を突きつけられた雑誌に向ける。


「つーか遊園地で謎の生物って。どこぞの絶叫パークのパラレル看板じゃないんだから」

「これはきっと本物だよ!」


 秋良の冷めた反応は何時もの事で、林湖が力説するのも何時もの事だ。

 そんな迫力に押される様に雑誌の内容を何とか全部読みきった秋良は、最後の1文を読む頃にはすっかり血相を変えていた。


「つ、つーか此処!あの有名なドリームランドじゃねぇか!!」

「そんなに有名なの?」


 顔を真っ青にして叫ぶ秋良というのは、林湖にとってなかなか新鮮である。貴重なものが見られたと思いつつ、秋良が何を以て有名と言っているのかは分からず、彼を真っ直ぐに見つめ返したまま、林湖は小首を傾げた。

 彼の返事を待ちつつ、自分の脳内にも検索を促す。しかしなかなかヒットしない。そもそも事前に知っていれば今此処で、こんなに高揚して秋良に熱弁していない。


「ドリームランド。正式名称は裏野ドリームランド。尤もそれも本当の正式名称なのかは不明」

「心霊マニアの間では割と長く有名な心霊スポットだよ」


 青ざめつつも呆れるという器用な事をやってのけている秋良に変わって、林湖の求めている説明を述べてくれたのは冬里(とうり)(かすみ)

 秋良同様、林湖がよく一緒にいる友人、俗にグループとも呼ばれる友人達だ。

 2人の登場で秋良の顔色が益々青ざめた様に見えたのは、気のせいでも何でもないだろう。冬里と霞はなかなかの心霊マニアで、2人の外見は正直それなりに“不思議な雰囲気”というのが漂っている。怖い話がどれだけ子供向けレベルでも大の苦手な秋良の顔が引き攣るのも無理はない。

 それもそんな2人から“有名な心霊スポット”と聞かされてしまえば尚更だ。

 がたがたと震えながら、何処か行けー、何処か行けーなんて呟きだした秋良を横目に3人は会話を進める。もっとも3人の会話内容が同じでもその目的はまるで異なっているだろうが。


「そんなに有名なの?えっと、裏野ドリームランドって」

「有名だね。長らくマニアの間じゃ語られているよ。但し慎重にね。どうでも“本物”らしくて、興味本位で肝試しに出掛けたものの帰ってこられなかったとか、帰ってきたものの人格が著しく破綻していたとか、身体の損傷が激しかったとか、そんな後日談も付随してくる所為かな?」

「林湖の興味は未確認生物にしかない。何時もの事だけれど」

「だって未確認生物って素敵じゃない!」


 水を得た魚の様に林湖は目を輝かせ、先程迄秋良に見せていた雑誌を冬里と霞にも示すと熱弁を始めた。


「誰も生態さえ分からない生き物!それどころか実在するかも不明!ロマンだと思うわ!!その上今回は廃園になって久しい筈の遊園地で見える、謎の生物の影!廃園になって長い時間が経っているなら水だって腐っていそうだし、食べ物なんである筈もない……ああ、水中には微生物がいるのかな?それにしても劣悪な環境なのには変わりないし。それなのに影が確認出来ている上、“謎の生物”って言われてるのよ!そんな環境下で生きられる水棲生物なんて、未確認生物の類と思っていいでしょ!!」

「でも裏野ドリームランドに住む生き物。邪悪を秘めていると考えるのが最適。尚、その生き物についても心霊話は事欠かない模様」


 林湖の熱弁には慣れた様子で、冷静に冬里は言い返す。とは言え彼女は彼女で心霊マニアであり、霞も同類。唯一1番常識人に近いだろう秋良が恐怖で震えている以上、林湖の席一帯だけは軽い異空間が出来上がってしまっている。

 それでも彼等が教室内で酷く浮かないのは、心霊知識や未確認生命体を(けしか)けられそうな恐怖もあるだろうが、冬里と朧の芸能人も顔負けと言わんばかりに整った外見や、林湖と秋良の明るく接し易い性分が大きいのだろう。


「正確に言えばクルージングアトラクションの噂だけどね。廃園になって久しく、勿論船も動いてなければ、仕掛けで動く獣達も動かない。そんな中“謎の生物”だけが動くんだ。人を水の中に引き摺り込んだり、見た者を不幸にする為に」


 霞が林湖の地雷を踏みしめるのを、しかし震えた秋良には止める事が出来ず。

 林湖は遠慮なく霞に対して怒った。


「そんなの作り話に決まってるわ!人間が勝手にこじつけてるのよ。未確認生物を見付けられれば嬉しいでしょ?わくわくするでしょ?それを怖いと思い込むから、その時起きた偶然も呪いだなんて言い出すの。そもそも未確認生物側からすればこっちが未確認生物よ。それなのにお前の所為で不幸になった!と言うなんて逆ギレも甚だしいわ」

「今のは霞が悪い」

「……あ、ああ。オレも、冬里に同意、だ」


 漸く恐怖を僅かながらも振り払ったのか、秋良も加勢する。多数決国家というか、これは如何見ても霞の非だ。霞とて林湖が未確認生物マニアで、未確認生物を愛している事をそれなりに知っている。そんな中で自分の心霊現象を語りたかったとはいえ、彼女の愛する未確認生物に全てを押し付ける言い方は、少なくとも林湖の前では言ってはいけなかっただろう。失言だ。

 霞は林湖に向けて頭を下げ、謝罪の意を示す。


「ごめんね、林湖ちゃん。オレもつい興奮していらない事迄話しちゃった」

「分かってくれればいいの。ただ私も霞の話を折っちゃったから、ごめんね」

「此れで仲直り。秋良の復活も確認。尤も厳密に言えば辛うじてという前置詞が必須の死に体だけれど」

「せめて瀕死って言え!!お前らの所為だぞ!?心霊コンビ!!」

「大丈夫。此れより本題。もっと秋良には酷な話題になるから」

「みなまで言うな、薄々読めた」


 秋良はげっそりとした顔で軽く片手を挙げると、冬里の言葉を遮った。冬里流に言うのであれば、尤も彼女の言葉を遮ったところで現実に何ら変質も来たさない、といったところだが。

 この数分でやつれたんじゃないかと思える表情を隠そうともせず、それどころか露骨なまでに大きな溜息も付随させて、秋良はいっそ誰かに死刑宣告されるくらいならと、自分で飛び降りる道を選んだ。


「どーせお前等は、その裏野ドリームランドに行くって言い出すんだろ」


 冬里がこくっと頷いた。普段クールで冷めているとも言えるかもしれない彼女の双眸は、最早この面子にとって珍しくもなんともないのだが、きらきらと輝いている。心霊ネタになると彼女は決まってこうだ。

 霞は勿論、ときっぱり肯定を返す。整った顔一杯に浮べられた微笑みは、女子の方へ向ければ一斉に黄色い声が上がり、何人かは卒倒するだろう。但し冬里と林湖は例外だが。

 言いだしっぺでもある様な林湖はと言えば、虫でも噛み潰したかという複雑な表情をみせ、立てた人差し指を秋良の眼前へと突きつけた。


「そりゃあ未確認生物が待っているかもしれないんだもん!行きたいと言うか絶対に行くわ!!でも秋良。分かってると思うけど、私は心霊現象を目的に行くんじゃないの。それは忘れないでよね!!」

「へいへい」


 霞の失言で林湖が怒ったあたりからも察せる様に、林湖は未確認生物を好いており、それを心霊現象扱いされる事を酷く嫌っている。その生物の所為で不幸になったという話なんてもってのほかだ。彼女を激昂させるに十分だろう。

 だから心霊現象を目的に赴く冬里、霞に同行していようと、林湖の目的はあくまで未確認生物の探索。そこをはっきりさせておかないと、後々厄介な事になる。

 幼少期に1度からかった結果、寝る前に短編ホラーに付き合わされたのは苦い思い出というか、秋良にとって教訓になっている。


「お前はあくまで未確認生物の話が本当か確かめたい、叶うなら存在に触れたい、高望みするなら真正面から出会いたい。それを目的に、その……ドリームランドに行くんだろ」

「うん!」


 秋良が正確に理解しているという様に語れば、満足なのか笑顔を浮べて林湖は元気良く頷いた。

 自分の手元に戻した雑誌のページを見つめる林湖は、もう、ドリームランドに生息するという未確認生物を思って御機嫌だ。鼻歌さえ歌っている。


「しっかしお前は相変らず好きだよな、未確認生物の類」

「大好きだし、未確認生物への思いは殆ど受け売りと言うか、血筋かなぁ。そうそう、秋良は行かないの?ドリームランド」


 聞きながら林湖は、しかし彼の答えを分かっている。

 今迄と同じなら、恐怖に顔を引き攣らせつつも、半ばやけくそ気味に、半ば渋々と言った様に彼は肯定を返すのだ。曰く。


「……行くよ、ああ行く、行ってやるよ!行けばいいんだろ、行けば!!」

「秋良の心霊現象苦手は衆知の事実。別段強制もしていない。怖いのなら来なくても構わない」

「お前等が2人で行く分にはオレは止めない。同行しない。ただお前等と林湖が同じ場所に違う目的で行く以上、同行するしかないだろーが!林湖は1人行動になるし、コイツ、未確認生物が近くにいるかも!ってなると周りが見えなくなるし。何より特に霞の不用意な発言でまた口論になりかねない」


 という事らしい。

 別に林湖としてはもう子供でもないし1人でも大丈夫なのだが、確かに心霊マニアの霞と話していれば先程の様な軽い言い合いに発展してしまう事もあるし、目撃者を増やしたい意図もある。

 それに未確認生物が齎してくれる幸福を独り占めしてしまうのも忍びない。もっとも心霊マニア2人は何事も心霊現象に切り替えてしまう為、幸福のおすそ分けは難しい。そうなると林湖の主張を聞き入れ、心霊現象を忌避する秋良こそ最適でもあるのだ。


「まあ林湖ちゃんと同行すれば心霊現象には近付かないだろうし、大丈夫じゃないかな?」

「それじゃ決まりね!明日の夜、何時もの場所に集合して、みんなでドリームランドに向かおう!」

「同意。念願が果たされる」

「オレもすっごく楽しみだよ」


 三者三様ではあるが翌日の夜を楽しみに話す3人を前に、秋良は1人、まだ朝のホームルームさえ始まっていないというのに疲れきった顔で、大きな溜息をついた。

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