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妖精大戦  作者: sadameshi
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友達

 

 日盛りとなる前の日中。

 すでにたけるような暑さを予兆する日射の下、世間は土曜日を謳歌している。

 が、今の僕に平日休日の別はない。

 二階のバルコニーでいつものように、悠々と読書にいそしんでいた時だった。


 「ちょっとお兄ちゃん、ちゃんと掃除してよね!」


 さっきから僕の周りをうろついている更衣きさらぎちゃん。

 濡羽色の髪は、しっとりと湿ったようにまとまっている。

 振り分け髪にした髪型は、彼女曰く「姫カット」と言うらしい。

 

 「僕の部屋は、あれで良いんだ。」

 「足の踏み場もありゃしない!それと本のカバー外すの信じられないんだけど!」


 更衣ちゃんは、小学生にしては大人びている。

 生活力に関しては、僕よりも、そして母親である香澄さんよりも高い。

 それは父である陸人りくとさんの影響だろう。

 名は体を表すとはよく言ったもの。

 陸人さんは防衛大学を卒業した、元自衛官、今は軍人ということになる。

 口下手で、「うん」とか、「おう」としか言わない益荒男ますらおだ。

 彼が三戸家では最も家庭的な人物である。

 今は単身赴任中だが、今日は久々に帰って来る予定だ。


 「ともかく、パパが帰って来るまでには片づけてよね。」


 これで学校では大人しいというのだから、女性は生まれたときからまさしく女性なのだろう。

 僕は紫蘇しそジュースの炭酸で涼を得ながら、ページを繰る手を止めない。

 すると、庭先の木立の中から枝を分けて人影が現れる。

 確認せずとも姫花だ。

 それに知っている。

 他は同じクラスの友人。

 部屋の中にいれば居留守を使えたが、こうして姿を見られたら致し方ない。

 基本、香澄さんは僕の交友関係には口を出さず、居留守も容認してくれるが、更衣ちゃんはそうもいかない。


 「お~い、タケ~。」


 近頃の姫花は、平日ばかりでなく、こうして無遠慮に休日も訪れるようになった。

 彼女は粉黛ふんたいを施しているようで、自然と年を上塗りしたような、大人びた相貌であった。

 

 「どうぞ、上がってください」と招くのは、僕ではなく更衣ちゃん。

 彼女はもうとっくに玄関から出て、僕の級友を迎え入れている。


 人に賑わうリビングには、香澄さんの趣味というか、題材がそこかしこ、無秩序に転がっている。

 それはおそらく、彼女の脳内が反映されたものなのだろう。

 壁にかけられている絵画は商売柄当然だが、膨大な書物、花や木々は枯れているものもあり、あちこちに飾られているというよりは、無造作に打っちゃられている。

 銅像の類、ただの石、鳥のはく製、海外土産。

 そういった物が玉石混交、秩序なく床、壁、天井に所せましと配置されている。

 安い物もあれば、食卓の下に敷かれているカーペットのように、数百万するものもある。


 級友たちは慣れたもので、触れてはいけないものを知っている。

 彼女たちが僕の家に来るのは、もう珍しいことではなくなった。

 それに姫花の友人の一人、藤堂時雨とうどうしぐれは、頻度だけで言えば姫花よりも多く三戸家を訪ねている。


 ――美は一切の道徳規矩どうとくきくを超越して、ひとり誇らかに生きる力を許されている。

 

 そうした耽美的な文を残した小説家。

 彼女から名を拝借した時雨は、その名に負けず美人だった。

 僕の美的感覚では、そして画家である香澄さんも、姫花と時雨では迷わず後者に軍配を上げる。

 姫花を端正・端麗と評するならば、時雨は明眸皓歯めいぼうこうし、バランスを顧みず、眼窩がんかにそのまま宝石を埋めこんだような瞳と、霊妙な線を辿る唇。


 「きっとベルニーニが彫ったのか、そうでなければ、造化の妙と言うしかないよね、あれは、眼福というか、芸術を志す者としては、見てると死にたくなるわ……。」


 とは香澄さんの論評である。

 彼女が三戸家に足繫く通っているのは、姫花と違って、純粋に僕を心配しているのと、香澄さんの絵のモデルになるためだ。


 来訪者は数えること四名。

 女子二人、男子二人だ。

 僕は台所でお茶菓子を用意しながら、深呼吸して心を落ち着かせる。

 余計なことを言わない。

 主張もしない。

 それは案外、人には難しいことなのだ。

 そもそも、こうして彼女たちに気を遣わせてること自体が、もう手遅れでしかない。


 「ねえ、タケ、今日お父さん帰って来るの?」

 「はい、そうですけど……。」

 「なんかさ、更衣ちゃんから招待状、貰ったんだけど。」


 僕は初耳だった。

 更衣ちゃんの通う琴川ことがわ小学校は、僕の通う琴川高校と敷地を同じくしている。

 また、片田舎とはいえ、大災害以降、この付近にはいわゆる上流階級の家庭が増え、自ずから横の繋がりも太い。

 ゆえに、更衣ちゃんが彼女たちをホームパーティに招待することは道理である。

 僕は口出ししなかった。


 「そもそもさ、良助りょうすけは分かるけど、なんで僕まで?」


 そう空気を読まぬ発言をするのは、芹沢敏明せりざわとしあき

 眼鏡で長身痩躯、僕は彼とは数度しか会ったことがないから、その言い分もよく分かる。


 「あなたは見事お兄ちゃんの友達候補に当選されました。つきましては十秒以内にここをクリック……。」

 「更衣ちゃん、学校でもそうして物腰柔らかにしていれば、きっと大丈夫だと思うんだよ。」


 時雨が、緩くカールしたセミロングの髪を揺らして、更衣ちゃんの頭を撫でる。

 撫でながら、僕の顔色を窺う。

 それはおそらく、「あなたも大丈夫」、という意味を含んだ視線だろう。

 時雨は善良だ。

 善良ということは平凡であるということ。

 彼女が人に大丈夫と言えるのは、彼女の美徳であり愚かさでもあった。


 「まあいいじゃねえか。俺はこの間の続きをしに来たんだ。」


 短髪を逆立てた体躯の大きい男は、高良良助たからりょうすけ

 大手小売業会社を経営する家系の子息。

 だが鼻につく奴ではない。


 「またアーチェリーですか?」

 「ああ、リベンジだ。」

 

 良助は息巻いて紅茶を飲み干し立ち上がる。

 上下ジャージ姿の彼、僕がうまいこと口実を作って逃げようとすると、時雨が間に入る。


 「私も久しぶりにみたいな。健彦くんのアーチェリー。」

 

 時雨がそう言うと、芹沢敏明は眼鏡の奥で不服を光らせた。

 ……そういうことか。

 僕は了解して、己の行動と言動に一層の規律を設ける。

 僕が発言しなくても、こうして人間関係というは渦潮のごとく周囲の者を巻き込んでいく。

 僕は発熱したような体のだるさを感じながら、大人しく良助の誘いにのった。



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