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妖精大戦  作者: sadameshi
1/7

禁色


 『諦念ていねんは人を殺すぞ、健彦たけひこ。』


 露草ツユクサの花の色。

 青の繻子織しゅすおりを月夜にひるがえして、白髪の少女は僕に告げる。

 その手には大振りの山百合が手折たおられており、薫香でも匂うようにして、そのかたちの良い鼻を花弁に寄せている。


 サナトリウムと化して久しい、腐朽ふきゅうした家屋の広い庭。

 周囲に隣家はなく、蝉の声が波のように耳に寄せては引く、夏の別荘地。


 雑草と野花の鬱蒼うっそうとした海原に、夜気を纏った少女が、独り薫風くんぷうを身で切って立っている。

 薄氷のような、儚い存在の香気。

 彼女こそが、あたかも一輪の百合のようにして――。

 

『そなたが蓋然がいぜんによって死ぬのなら、その蓋然によって生かされても構わない。そうだろう、健彦?』


 赤い瞳。

 風を表す青い羽織物と、その内に隠された白皙はくせきの肢体。

 暗幕のように影となった木立のこずえ

 穢れをそそぐ月光の明かり。


 たえなる雅楽ののように、少女の声は僕の心を浮世からすくいとる。


 『《調べの意志》を奉じる……。そなたは安んじて、その座した彼岸ひがんから物見していてくれていい。』


 少女の口のは流れた涙に濡れて、涙は檻となり、月の光をそこに囲って煌いた。

 縷々(るる)と列なる、身を知る雨。

 情感の籠った、声にならぬ涕涙ているいが、柔らかな頬を撫でてては地の葉を静かに揺らす。


 『願わくば、もう一度だけ、そなたと星辰せいしんを眺めつつ、夜を明かしたかった……。』


 少女はおもむろに百合の花を口にむ。

 染み一つない白髪は、途端に銀糸ぎんしとなって辺りの草木に異彩を放ち、その幼さ残る小さな体は、濃い緑の蔓に幾重にも巻かれ締め付けられた。


 鮮血が皮膚に滲み、露草色の繻子織も徐徐に色を移ろわす。

 噛み殺した絶叫。 

 苦悶に見開かれた赤銅の瞳。

 うめいて歪む唇。

 己の膂力りょりょくに震える四肢。


 生温い風に、かすれた彼女の声が、肉感を伴って僕の所まで届く。

 それは声であって、言葉。

 あたかも中空に彫り出された文字のように、僕の心を直に打つ。


 『……さようなら、健彦たけひこ。愛している。』


 百合の妖精となった彼女は、そうして僕の眼前から姿を消した。

 その鱗粉りんぷんすら、後に残してくれぬままに……。


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