表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3

頑張って読んでいただければ幸いです。

欲を言えばアドバイス貰えるとありがたいです。

月曜日の朝、教室に着いてすぐ俺は神無月に謝った。

「無理に完成させてこなくて安心した」

神無月はそう言ってはにかんだだけだった。

土曜日は午後に起きた。

そして起きている時間のほとんどは『少年少女!』を読むのに費やした。

一日で読み切るつもりでは無かったのだが、読みだしたら止まらなくなり、一気に読み終えてしまった。

日曜日は課題に追われ、やっと仕事に取り掛かれたのが夕飯後で、構図を練っているうちに休日が終わってしまっていた。

結局、俺は絵を完成させることが出来なかったのだ。

「あのままだと、山端無理してでも絵を仕上げてきそうだったから、良かった」

「本当は仕上げてきたかったんだけどな」

「何回も言わせるな。無理されると困る」

「そうだったな」

神無月は俺と話しながら机の上と引き出しの中の教材を整理していた。

「どこまで作業進んだ?」

「部屋のラフを描いたところまでだ。あ、そうだ」

鞄からファイルを取り出し、神無月に手渡す。

「このメモとラフに矛盾点がないか、確認してくれないか?」

「わかった。昼休みまでに終わらせた方が良いよね?」

「ああ。でも間に合うか?」

神無月は黒板の端に書かれた時間割を確認した。

「国語の時間にやる」

あっさりとそう言ったことに驚きを隠せない。

「神無月は授業中に内職しない奴だと思ってたぜ」

「授業より優先順位が上のことがあったら、私はそっちを取る」

「俺の絵の確認の方が上ってことか?なんか悪いな」

「良いよ。私が好きでやってるだけだから」

「サンキュー神無月」


昼休みには勿論図書室へ。

ほとんど人がいなかった先週とは打って変わって、図書室はざわついていた。

よくよく見てみると二人組が多く、本を読んでいる人間はほとんどいない。

しかも、何となく顔を見たことがある気がする生徒ばかりだ。

なるほど、皆図書委員か。

今週から作業を始めるクラスが多いようだ。

「特に気になるところは無かった。このまま清書していいんじゃない?」

「そうか。ありがとな神無月」

神無月からラフを返してもらう。

「この絵もすごい。ちょうど良い生活感があるって言うか」

ファイルを俺に手渡しながら神無月は解りにくいことを言った。

「どういうことだよ」

「この部屋は皆の部屋だけど、この部屋は誰の部屋でもない。それが、この絵から解る」

自分の描いた303号室をじっと見てみる。

「そうか?」

「うん」

実はこだわったポイントだったので褒められて嬉しかった。

素直にそう言えず、神無月の顔を見ることもままならなかった。

なんだか情けない。

「さ、仕事だ仕事!」

「うん」

話を打ち切って作業に移る。

俺はマンションの一室の清書を始める。

神無月は司書室から模造紙を持ってきてノートの下書きを書き写し始めた。

黙々と複数引かれた線を減らし一本にする作業を進めていたが、それを遮られたのは、神無月の称賛の一言だった。

「良い絵だよね」

神無月は俺の描いた黒光の絵の配置確認をしているところだった。

「まだ言うか」

「ごめん」

紙から目を離さずに淡々と謝る神無月から申し訳なさは感じられない。

「本当に思ってんのかよお前……」

ボソボソと文句を言ってやり神無月の顔を少し覗き込んでみると、彼女の瞳が普段より一層キラキラと輝いていることに気がついた。

どきりとした。

見間違いかと思って二度見した。

そんな綺麗な目で俺の描いた絵を見てくれるのか。

「そんなに気に入ったなら買い取るか?」

あんまりにも熱心に見てくれているのでからかってみる。

「いくら?」

即答だった。

「冗談だって……」

本気にされて焦る。

でも、嬉しい。

描いた自分が呆れるほどに彼女はこの絵を気に入ってくれている。

俺は自分の絵に、もっと自信を持って良いだろうか。

過信にはならないだろうか。

バチは当たらないだろうか。

神無月が黙り込んでしまい、沈黙が流れる。

神無月の感情はいつも分からないが、今は不機嫌なように見えた。

もしかしたら俺が不機嫌だと思いこみたかっただけかもしれない。

「この仕事が終わったら、描いてやろっか?」

彼女の機嫌を直そうと、つい口を突いて出た。

「え?」

「ああ、絵だ。んで、お前にやるよ」

何という自惚れだろう。

俺の絵をプレゼントして喜ぶ奴なんて居ないだろう。

……だが本当は居て欲しい。

「良いの?」

その返事を聞いて体温が上がっていく。

冗談を装っていたが、断られたらショックだっただろう。

「おう」

「なんで?」

「な、なんでって……お前がそんだけ褒めてくれっから……かな」

理由なんて聞かれたって分からない。

無いんじゃなくて多すぎるんだ。

「単純」

「悪いな単純で。迷惑か?」

「いや」

首を振って、やっと絵から目を離し俺の方に顔を向けた。

「何の絵が良い?」

「山端が描きたいものを描いて」

「わかった」

絵の依頼を一丁。

何か楽しくなってきた。

「じゃあ約束な」

「楽しみにしとく」

神無月の童顔に大人びた微笑みが浮かんだ。

俺の顔、赤くなっていませんように。

「そういえば」

恥ずかしさを紛らわすため話題を変える。

つい神無月から目を逸らしてしまった。

「どうだったんだ、日曜大会だったんだろ?」

「うん。記録会」

「そうそう記録会。どうだったんだ?」

「地区の一年の中で五位だった」

神無月の声色は冷静なままだ。

「おっ凄いなお前!」

俺だけが盛り上がってしまっている。

「うん、でも二十人くらいしかいなかったから」

「中学でも陸上部だったのか?」

「ううん」

「その記録会、経験者はどのくらい居たんだ?」

「五、六人」

「それで四位って凄えじゃねぇか!もっと喜べよ」

恥ずかしさを隠すために騒ぎ立てているだけではない。

実際にこの順位はすごい。

経験者の数より順位が上だということは、入部して一カ月足らずで経験者を抜いたということだ。

しかし、当人は浮かない顔をしている。

「どうせなら表彰台に上がりたかった」

その答えを聞いて唖然とする。

どれだけ目標が高いんだ。

十分すぎる記録を出していることの自覚が無いのだろうか。

「そうは言っても、中学から陸上部だった奴には勝てねぇよ。陸上初めて一ヶ月の奴に負けちまったら、何年もやってる奴らの立場はどうなる?仕方ないさ」

「高校から始めたけど私より速い奴はいた」

間髪入れずに神無月がそう言った。

……神無月を含め初心者強すぎないか。

それとも参加していた経験者が弱すぎるのか。

「まぁ……天才ってのは例外だろ。そりゃあ、どうしようもねぇよ」

というか、神無月も天才の一人だと思うのだが。

「身長とかの問題だってあるだろうし。経験者とか天才に負けんのは、もう……」

大袈裟かもしれないが、ぴったりな言葉が思い浮かんだ。

「運命だろ」

神無月に負けた経験者たちの心境を思うと、ちゃんと喜んで欲しい。

恥ずかしさを紛らわせようとした流れのまま躍起になってしまう。

「運命……」

神無月がそう呟いた。

やっと折れたか。

「おう。仕方ないって」

「……じゃあ私が負けたのは必然だった?」

「そういう言い方されるとなぁ」

神無月の様子を窺うと、責めるような目をして此方を見ていた。

なんか、ヤバイかもしれない。

神無月はすぐに目を逸らした。

重い沈黙が流れた。

本当は一秒くらいだったんだろうが、沈黙だと思うくらいに長く感じられた。

「そっか」

その返事を聞いて、後悔した。

余計なこと言わなきゃ良かった。

「山端」

此方を見ることもなく俺の名前を呼ぶ。

「次の大会で運命なんてないって示す」

強い言葉だった。

火がついた。

火をつけてしまった。

言葉を探すが何も言えない。

「そろそろ時間」

俺に何も言わせずに神無月は席を立った。

神無月はさっきから壁に掛かった時計を見ていたのか。

神無月はそのまま黙って机を片付け、俺の描いた黒光と神無月が紹介文を書きかけている模造紙をファイルに入れた。

模造紙は大きすぎてファイルに収まっていなかったが。

何が何だか分からないまま俺も席を立つ。

何となく神無月の後ろについてファイルを預け、教室へ向かった。

どういうことなんだろうか。

神無月は何がしたいんだ?

どんな言葉を投げかければいいのか分からずに、黙ったまま歩き続けた。



時刻は午後十時。

マンションの一室を清書していく。

大きな机が部屋の真ん中に一つ。

椅子は人数分、7つ並んでいる。

部屋の片隅には小さなテレビがあってその横にはレトロなゲーム機。登場人物の一人である男性公務員の物だが、他の人物がプレイすることも少なくない。

安い座椅子と座布団がテレビの前には置いてある。

ほとんどの人物はテレビを見るとき此処に座る。

天井からは裸電球がぶら下がっている。

登場人物の一人の女子大学生の手によってアレンジが加えられ、お洒落な雰囲気になっている……という設定があるので裸電球が貧乏くさく見えないように頭を悩ませる。

家に帰ってすぐ、内職だけじゃ終わらなかった課題を済ませた。

解らない問題もあったが、どれだけ時間をかけても解ける気がしなかったので飛ばした。

その後、夕飯、風呂と済ませて現在に至る。

スマホを取り出し、参考になりそうな電球、インテリアの画像をググってみる。

しかし、なかなか良さげな画像は見つからない。

……一旦休憩。

神無月のことを思い出す。

あいつ、何考えてんだか。

結局昼休みのあの神無月の宣言の後、一言も喋れなかった。

話しかけにくい雰囲気になってしまって一日中そのままだった。

どうすっかな……。

とりあえず謝る?

いや、理由が分からない。

なんで謝んなきゃいけねーのか分かんねーし。

それに、神無月なら理由も分からず謝ってるって気づきそうだ。

俺に出来ることはとりあえず仕事、かな。

絵を描くこと以外、やるべきことが思い浮かばない。

それがきっと俺の宝物になるんだろうし。

やるっきゃねえな。

やっぱ絵を描くのが最優先だ。

台所に行って水道水を一杯飲んだら、部屋にもう一度戻って鉛筆を握る。

手を止めずに、悩まずに描けるところから描いていく。

そして、及第点だと思えるくらいの線が描けたら彩色に入る。

大まかにベースの色を塗っていくのは体力が要る。

濃いめに塗ろうとすると力んでしまうから右手が痛い。

もっと上手い力の入れ方があるんだろうか。

しかし今はどうしようもないので、痛みに耐え意地で塗り終える。

暖かい雰囲気になるように、少しずつ色を重ねていく。

今度は繊細さが必要だ。緊張するからこれはこれで疲れる。

でも、楽しい。

やっぱり俺は描くことが好きなんだと痛感しながらひたすら塗り続けた。


時計を見たら、十一時過ぎ。

白の色鉛筆を机の上に置いた。

完成だ。

ゆっくり息を吐き、描き終えた絵をじっと見る。

何処にでもありそうなマンションの一室。

でも、自分が行ってみたいと思えるような部屋になった。

満足だ。

伸びをして肩を回して、そしたら欠伸が出た。

課題どうすっかな……。

英単語のプリントが出てたっけな。

罫線の引かれたA4用紙に単語を描き続けるだけの課題が。

面倒くさいが単純作業で終わる。

よし、やるか。

腱鞘炎になる気しかしないが。



翌日になったら神無月は昨日のことなどなかったかのように振る舞っていて……なんて、淡い期待は見事に打ち砕かれた。

神無月は授業の合間の十分休みのほとんどを原稿の推敲に使っていた。

それとなく表情を窺うが、常に真剣な表情で話しかけるタイミングが見つからない。

昼休みには二人で図書室に向かうが、些か居心地が悪い。

話題に困り、303号室の絵を挟んだファイルを取り出す。

「これ、書き終わったぜ」

「うん」

いつもなら図書室に着いてから見せるのだが、この空気を壊すためにファイルを神無月に手渡す。

歩きながら、じっと絵を見つめる神無月。

紙から全然目を離さない。

前から人が来たら恐らくぶつかる。

「やっぱり凄い」

神無月が呟くのを聞いて、内心ほくそ笑む。

その言葉の後、神無月は何も言ってこなかった。

ただただじっと絵を見つめているだけ。

結局、沈黙を保ったまま歩き続ける。

その沈黙を破った神無月の言葉は一言、司書室、だった。

その言葉に従い、図書室に入る前に模造紙を受け取るため司書室へ向かう。

図書室の隣のその小さな部屋に司書の先生は居らず、図書委員長が留守を守っていた。

扉の近くでパソコンに何か打ち込んでいるところだった。挨拶して部屋の奥へ入って行く。

窓際に置かれたカラーボックスに各クラスの書きかけのマイベストブックの模造紙が置いてある。

一年生の模造紙が置いてある一番右の区画を神無月がしゃがみ込んで見る。

そのまま、神無月は動かない。

「神無月?どうかしたか?」

不自然に動かないのでまさかと思い、問いかけてみる。

「無い」

「無いって……」

「私たちの模造紙が無い」

「嘘だろ?」

神無月がしゃがんだまま体を退かしたので、俺もカラーボックスを覗き込む。

模造紙が入れていたファイルの中から無くなっている。

立てかけられている模造紙も捲り確認してみるが、一年四組分のものは見当たらない。

「無え……」

頭が真っ白になっていくのがわかる。

何かの間違いであってくれ。

「でも、見て」

神無月は落ち着いたままファイルを取り出し俺に見せた。

ファイルから模造紙は消えていたが、空っぽにはなっていなかった。

「絵の方は無事……無くなったのは模造紙だけか」

ファイルの中には紙が一枚挟まれていた。

俺が描いた黒光が不敵に笑っている。

「神無月お前、昨日確かに此処に模造紙を片付けたよな?」

「山端も見たでしょ?」

「ああ……」

神無月が運命が何たらと言ってきて混乱していたが、模造紙をファイルに入れて片付けたことは覚えている。

「ってことはこれ、盗まれたのか?」

「だろうね」

神無月は動じない。

「でも盗まれたんだったらなんで絵には手を付けなかったんだ?」

「さあ。何にせよ清書し直さないと」

「また書き直すのか……」

せっかく進めたのに、理不尽に振り出しへと戻される。

気分が悪くなる話だが、それでも神無月は淡々としている。

「下書きはあるから写すだけ。何とかなる。司書の先生にも事情を話そう」

愚痴の替わりに何とかなると言ってのけた神無月は、カッコ良かった。

「ポジティブだなお前」

「進まないと宝物は見つからない」

「なるほど」

立ち上がるとパソコンに何か打ちこんでいた委員長が話しかけてきた。

「模造紙が無いの?」

「そうなんですよ。今見てみたら無くなってて……」

「ここに置いてたの?」

「はい。このファイルに入れてました」

「ああ、三条結子の?」

「そうです」

「盗まれたんじゃないかって」

「図書委員以外が入って来たら、私か先生が気づくだろうし……盗むのは難しいと思うんだけど」

「そうっすか……」

「先生が職員室から帰って来たら、伝えておくわ。はい、模造紙」

「ありがとうございます」

委員長に会釈して司書室を出る。

図書室は昨日より少し人数が増えていた。

図書委員ばかりなのは昨日と変わらない。

席に着いてからスケッチブックのページを捲っていると、神無月が唐突なことを言った。

「犯人、気になる?」

「え?」

いきなり何事かと驚く。

「ま、まぁ気にならないと言えば嘘になるな」

「そっか」

神無月が何を考えてるのか分からず、気になり、つい手が止まってしまう。

いや普段から人の考えてることなんてまともに分かっていないのだが。

「まさか、心当たりでもあるのか?」

「うん」

「え?」

僅か零コンマ何秒という短い予想外の回答に一層混乱する。

「誰なんだよそいつは?」

「言いたくない」

ますます混乱。

疲れた、止めよう。

この質問を掘り下げても無駄になる気がする。

どうして言いたくないのか、気にはなる。

しかし、その答えに対しても質問したくなりそうだ。

溜め息を一つ吐いて、作業を始める。

神無月も模造紙に薄く線を引き始めた。

レイアウトのためだろう。

神無月はもう終わらせたはずの同じ作業をやっている訳だ。

被害に遭ったのは神無月だけ。

それが申し訳なかった。


その申し訳なさと神無月の雰囲気が変わってしまった……ような気がするのとで、その日一日居心地は悪いままだった。

神無月がどこかよそよそしい原因はハッキリしないし、だからと言って理由を聞くのは常識的にどうかと思うし、改善しようがない。

家に帰り着いたとき、体を動かした訳でもないのにだるかったのは、恐らくそれが理由だ。

そのだるさも押し込めて、机の前につき図書室で描きかけていた絵を取り出す。

三冊目、最後のイラストは『ブルーノート』から。

何を描くかはすぐに決まった。筆者のデスクだ。

デスクの上や周りにあると作者が述べていたもの意外にも、この作品に登場したものうち印象的だったものを書き加えていく。

味気ない電気スタンドの下に白いカーネーションと真っ赤な薔薇を足す。

どんどん思いつくものを足して、足して……。

一心不乱に加え続けたら、一つの絵としてまとまるように整えていく。

物を削ったり移動したり、サイズや角度を変えたり、線を減らしたり。

やりだしたらキリが無いが、今日中に仕事を終わらせてしまいたい。

せめて、早く絵を描き上げて神無月に渡したい。

それくらいしか、あいつに対して出来ることが分からない。

それに、早く神無月と約束した絵の方にも取り掛かりたい。

でもこの絵の手を抜くのは嫌だ。

俺自身が納得しない。

ああ、どうすっかな。

集中出来なくなってシャーペンを置く。

伸びをして、時計を見ると現在九時過ぎ。

……じゃあ、こうしよう。

下書きは九時半までに終わらせる。

集中出来なかろうが何だろうが終わらせるっきゃねえ。

他のことはそう上手くいかないが、描くことなら、手を動かしていれば何とかなってきた。

今までの二つの絵だってそうだ。

シャーペンをもう一度握り、時計を睨んだら描き始める。


「ふぅ~」

模造紙を両手で顔の高さまで持ち上げる。

思いっきり背もたれに寄りかかって完成した絵を見る。

ペン入れ、彩色は作業を止めることなく描き進めることが出来た。

これで最後だ。

三作品全ての絵を完成させた。

時計を見ると深夜一時。

頑張り過ぎだぜ俺。

こんなことをするなんて数日前までは考えられなかった。

けど、夜中まで満足の行く絵を描こうとする自分が、誇らしく思えた。

絵をファイルに挟み、そのファイルを鞄に入れ、ベッドにダイブしたら、十秒も経たないうちに寝てしまった。


次の日の授業は大体意識が無かった。

深夜まで絵を描く毎日で想像以上に疲れが溜まっていたのと、その仕事が終わって気が抜けたのとで、だるいし眠いし。

頭が働かなかった。

あと、まあ、神無月のことも気になってしまって、回らない頭でぼんやり考えてたら気付いたら寝てしまっていた。

たまに先生から注意されたが、その五分後にはまた意識が飛んでいた。

それを繰り返してるうちに昼休みになっていた。

神無月が起こしに来なければ昼休みになったことすら気付かなかったくらいよく寝ていた。

「大丈夫?」

「大丈夫だ」

そう言って立ち上がり、図書室に向かおうとするが、図書室に行く必要が無くなったことを思い出して座る。

机の中からファイルに挟んだままの絵を取り出し、神無月に渡す。

その絵を見た神無月の頬が一瞬だけ緩んだのを、俺は見逃さなかった。

「お疲れ様」

「ああ」

それだけ言って神無月は教室から出て行った。

俺は教室に取り残される。

ああ、本当に俺の仕事は終わったんだな。

それを実感して、安心よりも寂しさを感じた。

一週間だけなのにいつの間にか当たり前になっていた。

締め切りに間に合わせるように絵を描く仕事。

給料が貰える訳では無いから厳密には仕事じゃないが、それでも、やりがいがあって、楽しかった。

「山端、今日は図書室に行かないのか?」

考え事してようが御構い無しに話しかけてきたのは小中高と一緒な腐れ縁の井上だ。

「ああ。俺の仕事は終わったからな」

「昼ご飯はまだか?」

「そうだ、今日は早弁してなかったから。一緒に食うか」

「久しぶりだな」

男二人のむさ苦しい昼飯だ。

が、井上の弁当はやたらと女子力の高い可愛らしい弁当だった。

「その弁当って……」

「これは姉ちゃんが」

「相変わらずだな……」

中学の頃から、井上が弁当を持ってくるときはいつも、井上のお姉さんが作ったものだった。

今も昔も井上は体格が良い方で、女々しい弁当と不釣り合いなことこの上ない。

こういうちょっとしたことが変わっていないことが嬉しい。

「こうやって弁当を食べるのは一週間ぶりだが、山端が学校の行事で絵を描くのは何年ぶりかな」

「いきなり何だよ」

恥ずかしいような、古傷が痛むような、とにかく此方が不利になる話じゃないか、それ。

「楽しみにしてるぞ」

「へ?」

「お前の絵」

「お、おう……サンキュー」

いきなり何だよ。

短くて感情の薄い言葉だったが、暖かかった。

やっと言えた、という感情がこもっているように聞こえた。

井上はずっと、待ってくれていたのかもしれない。


五時間目、化学。

やる気のない先生の声を聞き流しながら、ノートにガリガリとラフを描いていく。

気付いたら描いてしまっているのだ。

パッと思いついて脈絡も無いシーンを描いてしまう。

昔からよくあることだ。

そして小学生の頃は先生の目を盗んで隣の席の奴に見せたりしたっけな。

井上もよく休み時間にわざわざ見に来ていた。

今見せるとしたら……。

ちらりと斜め前の席の神無月を見やる。

忙しなくノートに板書を書き写している。

……見せに行く勇気もないな。

話は全然頭に入っていないが俺もせめて板書くらい写すか。

相当な量が書かれているのだろうと覚悟して顔を上げてみたが、黒板には一文しか書かれていなかった。

じゃあ神無月があんなに忙しなくノートを取っているのは何故か。

その理由を推測するのは簡単だ。

しかもよくよく見ると、ノートの下に模造紙が垣間見える。

アイツは、マイベストブックを書いているのだ。

そのまま神無月を観察し続けると、彼女はほとんど手を止めず顔も上げず、ひたすらペンを動かしていた。

絵なんて見せられる雰囲気じゃねえなぁ……。

大会が近づいてきてるもんな。

だからあんなにピリピリしてるんだろう。

……それとも……やっぱり、あの時の言葉が、約束が神無月を変えてしまったのか。

確かにあの日以来様子が変わってしまったが、それが記録会が終わり試合が近づいてきたからなのか。

それとも俺との会話のせいなのか。

俺にはわからない。

手伝った方が良いのだろうか。

……ああでも話しかけづれぇ。

忙しそうだからタイミングが分からないし。

今までだって繰り返し休み時間に話しかけようかと考えてきたが、その度に断念してきた。

どうすっかな……。

昔は空気読むなんて考えてなかったからこんなこと悩まなかった気がするな……。

ん?昔?そうだった。

こんなとき、漫画の主人公だったら……?

困ったときはこの自問自答をするんだって、昔はそう決めてたんだ。

いつから忘れてしまっていたんだろう?

まぁいいや。

答えを出す方が先だ。


「なんか手伝った方が良いか?」

授業後の休み時間、神無月の席に行って聞いてみる。

「いや、別に」

予想通りの答え。

「でも、忙しそうだしよ……。やっぱ部活もあるのにマイベストブックもやるのは、無理あるんじゃねーか?」

思っていたことをそのまま言ってみる。

「無理じゃない。無理ならとっくに手伝わせてる」

神無月は僅かに語気を強めて言った。

しまった。

「無理」はNGワードだったかもしれない。

「山端はもう絵を描いた。仕事を終わらせた。もうそれで十分」

会話が途切れてしまった。

正しくは、神無月が終わらせてしまった。

何か言いたいのに、神無月は何も言わせぬオーラをまとっていた。

はっきりとした拒絶。

口を一文字にひいて、模造紙に文章を書き写し続ける。

どうしようも無くなって俺はその場から立ち去った。

面倒くさい奴だ。

ああ見えて意外と感情的な奴なのかもしれない。

いや、感情的だな、断定できる。


そこまで言うならどうにでもなれ、という気分になり、六時間目の公民はやけになって熟睡していた。

その後の掃除もぼーっとしてたら終わって、担当場所の第一実験室から早めに帰ってきた。

教室も早めに掃除が終わっていて、欲に任せて自分の席で寝た。

が、眠いのによく眠れず、ものの数分で目が覚めた。

教室特有のざわめきの中、イマイチ回りきらない頭が、一人の声を聞き分けた。

「ふーん。だから此処はこの式で表せるんだ」

神無月だ。

「そうだ。次に、此処の面積が解ったら此処の長さが解るだろう?」

ん?井上?

「うん。長方形だから」

「そしたら、此処の長さで割ったら出るだろう……」

机に突っ伏したまま、少し顔だけ回して右を見てみる。

神無月が数学の問題集を開いて井上に明日提出の課題の説明を聞いていた。

意外だ。

俺は勝手に神無月は授業の内容を全て一瞬で理解してるものだと思い込んでいた。

でも、神無月にも解らないことがあったんだな……。

しかもそれを恥ずかしげも無く同級生に聞いている。

それも恐らく接点がない井上に。

確かに井上の数学の成績はすこぶる良いが、仲良くもない奴に質問するのは気がひける人間が大半だろう。

でも、仲の良い馬鹿に聞くより、よっぽど効率は良い。

それが、神無月なのか。


もっと神無月のことが知りたい。


俺がどうにでもなれと思えたのはわずか一時間ほどだった。

楽しい絵を描こう。

今まで神無月の瞳を輝かせることが出来たのは、絵を見せた時だけだった。

心を閉ざした神無月に対して俺が何か伝えられるとしたら、それは絵によってのみだ。少し悲しいが。

神無月に絵を贈るって約束したんだ。

そこで、アイツの心をこじ開けてやる。

漫画の主人公みたいに。

……でも、何を描くかな。

俺の描きたい絵を描けって言われたけど……要は丸投げされた訳だからな。

……俺が今一番描きたいのは……。

昔考えていた物語……。

落ちこぼれで臆病な少年が、ある日森の奥へ連れさらわれた幼馴染の少女を助けに行く……。

でもこれ絵というか、漫画じゃねえか……。

まあ、良いか。

神無月に見せてやるんだ。

これが俺の宝物なんだってな。

……よっしゃあ!やるぜ、俺!

心の中でガッツポーズをしたところで、ちょうどチャイムが鳴ってホームルームが始まった。

やっぱり俺は単純だ。



家に帰り着き、自室に籠り、絵を描こうとするが、腕が重い。

描こうという気はあるのだが、何故か体が鈍い。

やる気はこんなにも満ち溢れているのに。

まさかと思い、リビングの棚から体温計を取り出してみる。

淡い期待を抱きながら熱を測ってみると、三八度六分。

よしよし、明日は学校休みだな……。

上手く行きゃ今週残り丸々休みか。

ああでも授業についていけなくなっちまうな。

それもまあ、仕方ないか。

そもそも今日だってほとんど授業聞いてなかった訳で。

最近、夜更かし続いてたし、身体だるかったし。

でも漫画描きたかったな……。

神無月に無理するなって、言われてたんだけどな……。

この虚弱体質帰宅部男子め……。

仕事、終わってて、良かった……。


書き終わらなかったですね……。もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ