表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1

よく分からないまま初投稿です。宜しくお願いします。

「一年間、よろしく」

神無月のキラキラした瞳が三日月型に曲がる。

背が低いし童顔だしつるぺた…なのに近寄りがたい女子。

というのが第一印象だったが、微笑を浮かべた神無月は親しみやすく感じられた。

何処か冷めたような雰囲気だが、目はまるで輝いているように見える。

不思議な奴だ。

「おう。よろしくな」

俺も笑顔を作って応える。

長机に向かい合わせに座って、残りの委員が図書室に集まるのを待つ。

うちのクラスはホームルームが短かったようで長机には俺たち二人しかいない。

二、三年用の長机には、もう半分近い生徒が集まっているというのに、一年生だけ集合状況が悪い。

暇だ。

席に着いたまま近くの本棚から適当に本を取る。

「何の本?」

「『ガラスと筆』って、芸術家の話みてーだな」

「へぇ、私も何か読むか」

そう言って神無月は席を立って本棚を物色し始めた。

俺は初めの数ページで既に挫折しそうになりながらも『ガラスと筆』を読み進める。

……人が死ぬ話だなんて聞いてない。

サスペンスだったのか。

まぁ良い。どうせ暇潰しだ。

しばらくすると人が増えてきて、神無月も向かいの席に戻って来た。

「それは?」

「『散らぬ撫子』……歴史物かな」

「へー」

二人とも黙々と本を読む。

五月。初めての図書委員会。

入学してから機会が無くて、神無月を含め同じクラスの女子とほとんど話したことが無い。

お互いにこうして本を読んでいれば、気まずい思いをせずに済んで楽だ。

十ページほど読んだ所で、隣の席に坊主頭の男子が座った。

椅子の横に鞄を置いて男子生徒が喋り出す。

「カンナ?お前も図書委員になったのか?」

カンナ?

「ああ。誰かと思えば……アッキーか」

神無月が応える。なるほど。神無月のあだ名がカンナなのか。

あだ名で呼び合うくらいだし、仲がいいのだろう。

「アッキーが図書委員になるなんて、意外だ」

「ジャンケンで負けてね、仕方なく。で、そっちがカンナの相棒?」

話が此方を向いたので、本を置いて名乗る。

「おう、山端だ。えっと…アッキー?」

「うん、アッキーで良いよ。本名は高橋秋斗。よろしく」

フレンドリーに話しかけてくるアッキーはどちらかと言うと気弱そうに見える。

「よろしくな。部活は?」

「野球部だよ」

部活は初めて会う人間にはとりあえず聞いとく質問だ。

アッキーが野球部だったとは意外だ。

身体は細めで正直あまり運動が出来るようには見えない。

……勿論、口には出さないが。

「だから坊主なんだな」

「ああ。山端は?」

「帰宅部。暇人さ」

とりあえず聞き返されることは解っていたのだが、胸がチクリと痛む。

そうだ。俺は帰宅部だ。暇人だ。

此処まで卑下する必要は無いのだろうが、部活動民は何かしらの目標に向かって活動してるのであろうと思うと、引け目を感じてしまう。

俺は何もしてないからな。

「それなら、バドミントンとか興味ない?」

そんな俺の胸の内も知らずアッキーはグイグイと話しかけてくる。

「……無いかなぁ」

「そっか。じゃあ書道は?」

「俺美術選択なんだよ……。書道は苦手でな」

アッキーは少し考え込んで、じゃあと口を開きかけたが、ちょうど委員長らしき女子生徒が号令をかけ始めた。

起立、気をつけ、礼、着席。

仕事の説明、役員紹介と続くのを何となく聞き流して、配布されたレジュメを眺めていた。

挿絵にはウサギとカメ。

スピードよりも質にこだわってくれということらしい。

「では、今年初めての活動として行うマイベストブックの説明を副委員長の基山くんにお願いします」

「はい。図書委員会の五・六月の活動として、マイベストブックという好きな本の紹介を書いてもらいます。後で配布する模造紙を一クラス一枚ずつ。来週の金曜日までに同じクラスのパートナーと二人で話し合って完成させてください」

俺のパートナーをちらりと見やるとレジュメの端に真面目にメモを取っていた。

これは、此奴に任せっきりで何とかなってしまうかもしれない。

そう思うと頭にはもう何も入ってこない。

カンナの横のアッキーを見ると、モブキャラみたいに普通に聞いていた。

普通だ。神無月は不思議な奴だが、アッキーはとても普通だ。

普通の高校生。

なんか、アッキーは輝いてんなーと思う。青春してる奴って感じだ。羨ましいかと聞かれれば、それは微妙なところだけど。

高校始まってまだ日が浅いはずなのに、もうバド部と書道部の知り合いがいて、勧誘して……で自分は野球部で図書委員とか。

よくやるな、と思う。疲れそうだ。

そういう発想だから、俺は帰宅部だし何もしてない暇人なのだが。

……欠伸をしながら時計とにらめっこする。

暇だなぁ。

……どっかしらに入部すれば良いだけの話だと言われてしまうかもしれないが、興味の無い部活に入ってはストレスになるだけだろう。

中学でそういう奴らは山ほど見てきた。

部活に入るだけ入って、いつも部活に行きたくねぇって言ってる奴ら。

ああはなりたくないが、だからって強く惹かれる部活も無い。

でも、帰宅部であることに引け目を感じている。

どーしよーもねーじゃん。

そんなことをグルグル考える。

暇だなぁ。

ペン回しをしたりレジュメのウサギとカメに髭やまつ毛を生やしたりしているうちに図書委員会は終わった。

起立、気をつけ、礼、着席。

レジュメを二つに折る。

鞄からファイルを取り出してレジュメを挿む。

ファイルと筆箱を鞄に入れていると神無月が話しかけてきた。

「山端の好きな本は?」

「俺、そんな本読まねぇからなぁ。紹介する本はお前が好きな本で良いぞ」

「お前の好きな本を紹介するとは言ってない」

「えぇー今のタイミングでそれ聞いたら絶対その本が紹介されるパターンだと思ったぜ」

「そうなるかもしれないけど、今は単に山端の好きな本が知りたいだけだから。面白くて、もっと多くの人に読んでもらいたいと思う作品、無い?」

「あー」

運良く最近読んで印象に残った本があったことを思い出す。

「『水晶は塵を受けず』って小説知ってるか?」

「名前だけは聞いたことある。どういう話?」

「えっと」

何とか端的にあらすじを頭の中でまとめる。

「中高生三人、霊感のある奴らが、自分たちが卒業した小学校の七不思議を調査していく……って話」

「作者は?」

「えーっと、三なんとか……子で終わる名前だったけな……女だったと思う」

「三条結子か?」

「ああ、多分それだ」

言われてみればそんな名前だった気がしてくる。

「三条結子の『少年少女!』は読んだことがある。面白かった」

「ふーん。俺も今度読んでみるかな」

言うだけ言って、多分読まないだろうが。

「二人とも面白いって思ったことあるんだし、テーマ三条結子にする?」

「おう、良いぜ」

「じゃあ決まり」

あっさり決まった。

此処でもめなくて済むのは有難い。

「……ん、でもあれ?」

そう簡単に行って良いものか。

障害を思い出して神無月に聞く。

「好きな本について書かなくちゃいけねぇんじゃなかったっけか?作家についてで良いのか?」

初歩の初歩の段階で、このテーマはルール違反じゃないか。

「本について書くよ。でも自分たちの決めたテーマに沿っていれば何冊でもいいって言ってただろ」

「そうだったっけ?」

「話、聞いてた?不安なら私、委員長に聞いてこようか?」

「いや、大丈夫だ!わざわざ聞きに行かなくていい!俺が話聞いてなかっただけだから……」

こんなにしっかりしてる神無月がそんな簡単なことを間違える訳が無かった。

変なことを言ってしまい申し訳ない。

「そっか。じゃあテーマを作家の三条結子にして、三条結子が書いた本を三冊くらい紹介するってことで。良い?」

「おう。いいぜ」

「決まりだ。『水晶は塵を受けず』探してくる」

「ああ」

出来る女ってこういう奴のことを言うんだろうなあ……本当にこの世にこんな奴がいるんだなあ……と一人考えながら神無月が本を借りてくるのを待った。

数分後、俺たち二人は教室に帰るべく廊下を歩いていた。

「役割分担はどうする?スペースで分けたり、小見出しによって分けたりしても良いけど……山端、絵描ける?」

「ん、まぁ、人並みには」

「絵を描くのと文章を書くの、どっちが良い?」

「絵だな」

「それなら絵を山端担当、文章を私が担当でどうだ?」

「解った」

サクサク決まる。

さばけるパートナーを持てて、俺は運が良い。

「ところで『水晶は塵を受けず』山端は何処で読んだの?」

「家にあったんだ。多分母親が買ったんだと思う」

あの本を読んだ理由は特に無かった。

リビングの本棚を暇つぶしのために漁って、たまたま何冊目かに手に取った『水晶は塵を受けず』に夢中になった。

「じゃあ借りてきた本は私が持ってるから。まずは読んでみないと。明日までに読んでくる」

「じゃあ、とりあえず今日は俺は仕事無しだな」

「うん。でも何を描くか考えといてよ」

「ああ」

話がまとまったところでタイミング良く名前を呼ばれた。

「カンナー山端ー」

振り返ると、アッキーが小走りで此方に向かって来ていた。

「そういやアッキー、お前のクラスのもう一人の図書委員は?」

図書委員会中もそれらしき人物は見かけなかった。

「それが……」

俺たちに追いつくと、肩を落として説明し始めた。

「俺のパートナーは、鈴木さんって女子なんだけど、あんまり図書委員やるのにに乗り気じゃないみたいで。あの人も俺と一緒で、ジャンケンで負けて渋々図書委員になったから。……それで、委員会にも参加してない」

「おいおい、そんなのアリかよ。まだ四月……一回目だぞ」

とんでもない奴とパートナーになってしまったものだ。

アッキー、見事なハズレくじを引いてしまっている。

俺とは正反対だ。

「うん、そうなんだけど……」

「大変そうだな」

「はぁ……どうしようか……」

先が見えない不安がアッキーから滲み出している。これは気の毒だ。

「先生に言ったらどうだ?」

妥当な解決案を提示する。

「うん……鈴木さん、気を悪くしないと良いけど」

気弱な反応が返ってくる。

「気を悪くって、悪いのはサボったスズキサンの方だろ?お前が気に病む必要ねえって」

「ああ……」

アッキーの返事は煮え切らない。

此処で神無月が口を挟んできた。

「此処でパートナーとの関係を悪化させると、一年間図書委員の仕事がギクシャクする。アッキーはそれが心配なんでしょ?」

何とも頭の痛い問題だ。

その点、俺は恵まれている。

「そうなんだ……でも全部一人でやるなんて大変だし、無理かもしれない」

「一年間一人で仕事し続けることになるからね」

「始まって早々、面倒だな……」

三人とも落ち込んでしまった。

身勝手な一人のせいで。

自分の行動で他の人間が辛い思いをするという至極単純なことすら分からないのだろうか。

それとも分かっているのにズルをするのか。

「とりあえず鈴木さんと話してみるよ」

取って付けたように元気な声が痛々しい。

「駄目な時は先生に言えば、きっと何かしらしてくれるって……まぁもしキツかったら、俺も手伝うさ」

「本当か⁉︎」

励まさずにはいられずに手伝うなどと口走ってしまう。

実際俺の心はそんなに広くは無いのに。

「出来る範囲で、な」

「ありがとう山端」

わざわざ保険を掛ける自分が情けなかった。

アッキーの心の底から感謝しているという様子が申し訳なかった。

じわじわ居心地が悪くなってしまい、話題を変える。

「そういやアッキーは何書くんだ?」

「『隙間風の新幹線』だよ」

「それ漫画化したヤツだよな?」

「うん。山端、よく知ってるな」

「まぁな」

教室に着いてアッキーと別れるまで、そのまま『隙間風の新幹線』の話を続けた。

神無月は黙って俺たちの話を聞いていた。

相槌すらまともに打ってはいなかったが不快なようには見えず、むしろアッキーの話を楽しんでいるようだった。


翌日の昼休み、神無月と二人図書室へ向かった。

俺も神無月も教室より作業がし易いと意見が一致したからである。

ちゃんと早弁して時間を空けておいた。

やはりまだ皆昼飯中のようで、図書室には二、三人しか人がいない。

司書の宮野先生から模造紙を受け取り、窓際の席に神無月と向かい合って座る。

「とりあえずこの紙に絵を描いてくれ」

そう言って神無月がペラペラの薄い紙を机の上に置いた。

「これに描いていいのか?委員長に貰った紙に描かなくていいのか?」

「うん。出来上がったやつを切り取って模造紙に貼るから。そうした方がやり直しが効くし、レイアウトもしやすい」

「なるほどな」

神無月はよく考えている。俺の仕事は絵を描くことだけで済みそうだ。筆箱から鉛筆を取り出し、キャップを外す。

「よしっ」

気合を入れて、紙に向かう。

ぼんやりとした輪郭を描いていく。

描こうとしているのは『水晶は塵を受けず』の主人公『黒光厚司』だ。目深く被ったハンチングを直しているところ。これが彼の癖なのだ。

何を描こうか少し考えてはみたのだが、結局一番最初に思いついた黒光のこのポーズを描くことを決めた。

一番最初に思いついたってことは多分一番印象に残ってるってことだ。

クライマックス直前、気合い入れのために彼がハンチングを直すシーンが真っ先に思い浮かんだのだ。

もう片方の手はジャケットのポケットに突っ込んで描く。

右足に重心をかけて少し俯いている。

すぐに、なんとなく人だと分かるようにはなった。

想像していたより、ちょっと大人びた雰囲気になってしまった。

彩色で何とかしよう。

……彩色正直苦手だが。

大まかに描けたところで、ハッとした。

「神無月!サイズは?サイズこれで良かったのか!?」

神無月は人差し指を立てて唇に添えた。

吸い込まれそうな瞳がジッと此方を見てる。

またハッとした。

「そういや此処、図書室だったな……すまねぇ」

「人ほとんど居ないし、大丈夫だとは思うけど、一応」

そう言って口元に微笑を浮かべる。

神無月が手を戻して身体を乗り出し俺の描いた黒光を見る。

「良いよ。最悪パソコン使って何とかするから。でも、今くらいだと丁度収まりが良いかも」

「分かった」

回答を得てまた描き始める。

しばらくは二人とも黙々と作業をしていた。

チラッと神無月の方を窺ってみると、彼女は彼女でノートに文章を書き連ねていた。

模造紙は白紙のままである。

俺も手を止めることなくドンドン描き進める。

不自然にならないよう頭身を縮めていく。

昼休み開始三十分を超えた頃、俺が描く黒沼は、もう誰がどう見ても少年だと分かるくらいになった。

顔の上半分に右手とハンチングの陰を落とす。

口は不敵に笑っている。

紙を顔の高さまで持ち上げて見る。

大きなミスは無い。

バランスも自分的には良いと思う。

神無月も一瞬顔を上げて俺を見たが、そのまま時計に視線を向けて、ノートに文章を書き始めた。

じゃあペン入れか、それとも神無月に見せた方が良いかと悩みかけたその時、気づいてしまった。

何が大きなミスは無いだ。

あるじゃないか。

これがオリジナルなら問題無い。

しかし、これは少年Aでは無いのだ。

『黒光厚司』なのだ。

黒光は、左利きだ。

ハンチングを直している手は左手のはずだ。

しまった。

……そんなこと誰も気づかないだろう。

このまま描き進めてしまおう。

そうだ、紙を裏返して本描きすれば良い。

そう思ってサインペンを手に取るが、描く気が起きない。

紙を裏返してみるとシャーペンで描いた線は薄っすらとしか見えなかった。

これをなぞるのは難しい。

もう一度裏返して、絵を描いた面を見てみるが、描く気力はどんどん失せていく。

自分が手を抜いたのが分かるのだ。

左手をポケットに突っ込ませたのは左手を描くのが面倒臭かったからだ。

しかも、皺や陰も雑なのでポケットに手が入っているという説得力が無い。

ジャケットをボタンを締めて着ているのも、中にチェックのシャツを着ているという設定を覚えていたからだ。

彩色時に手間がかかると思ったのだ。

頭身を縮めたのだって、罪悪感がある。

黒光が身長が低いから少年らしいのでは無いってことくらい理解してる。

他のところで少年らしさを表現すべきなのは解ってる。

頭身を縮めたせいで、格好良さは全然感じられない。

嫌だ。

この絵をこのまま描き進めたいとは思えない。

……じゃあ描き直すか?

否。そんな面倒臭いことしたくは無い。

はぁ、どうしたもんかねぇ。

ペンを置いて、椅子に凭れかかる。

伸びをして神無月を見ると、神無月も手を止めていた。

しかし、神無月はノートを見つめている。

おそらく推敲中だ。

時計を見てみると昼休みは残り十五分。

図書室を見回してみると、結局人は全然いないままである。

「どう?山端、描けた?」

神無月がノートから目を離さずに話しかけてくる。

「ああ、微妙」

「そっか」

神無月は素っ気なく返事をすると文章に線を引いて書き直した。

「よくやるな、お前」

感心したし、馬鹿馬鹿しいとも思った。

「そうかな」

前髪で顔が隠れて、神無月の表情は判らない。

「普通、委員会の仕事をそんなに頑張るか?」

こんなことにそんだけ労力割いて、クソ真面目だよな。とは言えない。

「私は普通にやってるつもりだけど」

「いやいやすげぇよ」

俺の言葉に神無月は軽く息を吐いただけだった。

そして彼女は作業を続ける。

俺は描き進める気力が戻らず、そのまま神無月の推敲しているところを眺めていた。

ノートを見てみると、書いてある文章は箇条書きになっていた。

まさか複数案があるということだろうか。

何処までやるんだコイツは。

「なぁ神無月」

「何?」

俺の暇つぶしのため、神無月に率直な疑問をぶつける。

「何でお前は其処までやるんだ?」

呆れ半分。作業を放棄した自己嫌悪も混じってる。

すると神無月はシャーペンをノートの上に置いて、俺を顔を上げた。

……何か語り出す気か?

触れちゃいけない所に触れてしまったかもしれない。

しかし、神無月が何を語るのか興味があった。

だから俺も神無月の目をジッと見つめてみる。

負けてしまいそうだ。

五秒くらいの沈黙。

空気が変わった。


「宝探しをしているから」

「宝探し?」

「未来は手つかずの大地みたいなもので人生は宝探しだと思ってる」

「人生は宝探し……か」

やっぱり語り出したぞ。

恥ずかしげも無く。

「だから、色んなことをやる。行けるところまで。時間を無駄にしない」

「つまり……この仕事も宝探しってことか?」

「うん」

無感情な返事だった。

「でもよ、面倒くせえとか思わねえの?」

「思う」

思うのかよ。

「こんな仕事するくらいなら、家帰って漫画読みてえーとか思わねえの?」

一瞬、神無月が目を逸らした。

表情が翳る。

目の輝きが消えた。

身体が小さくなったように感じた。

先ほどよりも、触れちゃいけないところに触れたのだと強く感じる。

でも話の続きが気になった。

ああ、俺、性格悪いな。

こんな質問してどうしたいんだろう。

神無月がゆっくり瞬きして口を開いた。

瞳を見据えられて少しドキリとする。

「私には、何が何でもという執着心が無い」

「えっと……どーゆーこと?」

「漫画を読むのも面倒くさい」

……どーゆーこと?

「いや別に漫画じゃなくても良いんだぜ?」

「うん」

神無月が苦い顔をして俯く。

多分会話が噛み合ってないんだろう。

理解力が無いのが申し訳ない。

少し間が空いてから神無月がまた話し始めた。

「要は、何をするのも面倒くさいんだよ。私は。無趣味なんだ。だから、心の底から執着出来るものを探してる。あと……もし私が何に対しても執着出来ない人間だとすれば、こうやって色々なものに触れることが最も人生を楽しむ方法だと思ってる」

回りくどいけど、趣味を探すためってことか。

で、趣味が無いなら無いで、色々やってみると。

理解出来た。

「だから、目の前にあるもの何だってやる。量をこなす」

怖いくらい力強い目。

それから逃れるようにわざと明るい声で相槌を打つ。

「なるほど。趣味探しってことだな?」

「趣味に限ったことじゃない。宝物はきっと他にもある」

「例えば?」

「それを探してる」

納得。

そして沈黙。

神無月は、何も無いから、何でも頑張ってる。

何かを、宝物を得ようとして。

「そろそろ教室に戻ろう」

神無月は時計を指差し提案すると、片付けを始めた。

流石にあんな話をして恥ずかしいとか、思ったりしたのだろうか。

淡々としていて感情は読み取れない。

果たして彼女はどんな気持ちなのだろうか。

夢中になれることも無く、ひたすら目の前に現れたものを懸命にこなすだけの生活。

「こんなこと聞くのはアレだけど……お前、毎日楽しいか?」

考える前に口に出ていた。

聞きながら後悔する。

神無月は消しカスをゴミ箱に捨てながら答えた。

「楽しいよ」

「何でだ?」

そんなこと聞いてどーすんだよ俺。

「目指すところのある毎日は、楽しい」

神無月は手に付いた消しカスを払い終わると、机の上の筆箱とノートを手に取った。

「山端は?」

ガツンと頭に大きな岩を当てられたような衝撃。

聞き返されることは解っていたはずなのに。

目の前がチカチカした。

「言いたくないなら言わなくて良いよ」

神無月はそう言って歩き始めた。

山端は?

山端は……。

「そこそこ楽しい……かな」

神無月の小さな背中に答えを浴びせる。

「そっか」

神無月が俺の返事に何を思ったのかは解らないままだった。

振り向くことも無く、ただ淡々と、短い相槌を打っただけだった。

そのまま二人で横に並ぶことはなく、会話もせずに教室へ帰った。


俺の目指すところは……。

無いよな、そんなもの。

五時間目、公民、暇。

神無月に聞いた質問が自分に跳ね返ってきた。

俺は、そこそこ楽しい。

満足してる。

だから目指すところとか無い。

そんな熱血、青春よりも、安定が欲しい。

手慰みに教科書をペラペラとめくってみるが、内容なんて全く頭に入ってこないし、入れる気も無い。

神無月はこんな教科書ですら真面目に読むんだろうか。

此処に、宝物を探して。

……つーか宝物って何だよ。

めくったページの右端の余白に、落書きがあった。

……これが答えか。

そこには剣を持った勇者の絵。

俺の執着するものは、これだろ。

これが俺の宝物だろ。

自分が自分を攻める。

また頭に衝撃を感じて、クラクラする。

神無月はどんな気持ちなのだろうか。

漫画を読みたいと思わないのか、と聞いたときの図書室の神無月の表情を思い出した。

執着出来るものが無いって、凄く悲しいことなんだ。

あんな表情、忘れられそうもない。

俺は?

無意識に避けていた結論が現れる。


俺は幸せ者なんじゃないか?


俺は「漫画」にこんなに執着してる。


心拍数が上がっていた。

ずっと前から解っていたはずなのに、今初めて自覚した気もした。

自分の執着心に、やっと向き合ったのだ。

馬鹿にされるのが嫌になって、忘れたフリをしていた。

絵を描いても、人に見せなくなったのは、いつからだったか。

読むのも好きだ。

でも、描くのも好きなんだ。

まだ執着してる。

目指すところとか、だって、漫画家になりたいなんて許されるの、小学生までだろ。


もう何も聞こえない。

視界にはただ一週間前の自分が描いた落書きがあるだけ。


「図書委員会の絵、さっきの紙に描く必要性ってあるか?」

五時間目が終わって、俺は神無月の席に向かった。

「どういうこと?」

「別の紙に描き直しても良いか?」

「良いよ」

即答だった。

「ただ、替わりの紙を用意するのは明日になる」

「紙は俺が用意する。紙の種類が変わっても大丈夫か?」

「うん」

このペラペラの薄い紙じゃ描きにくいし色乗りも悪い。

だから、描きやすい紙に描き直す。

「じゃ、俺家帰ってから描くわ」

「頼む」

「了解した」

今回くらいはちゃんと描いてやるか。

授業中ずっと考えて、そう決めた。

そうしないと、卒業アルバムの将来の夢の欄に挿絵まで付けて「漫画家」と描いた小学生の俺に怒られそうな気がした。


家に帰って、靴を脱いで手を洗ったら自分の部屋に引き籠った。

夕飯まで、この扉は開けない。

本棚から『水晶は塵を受けず』を取り出し、ページをめくっていく。

話を思い出してきたところで勉強机の上の散らかった教科書や漫画を床に降ろして、黒光を描くためのスペースを作る。

「うんじゃ、やりますか」

一人呟いて椅子に座る。

机の電気を付けて、引き出しからスケッチブックと鉛筆を取り出し、深呼吸をした。

宝物になるような絵を、描いてやる。

スケッチブックの紙を一枚破って取り外す。

我ながら単純馬鹿だと思うがそれで良い。

だってそっちの方が楽しい。


描くポーズはほとんど同じ。

しかし今度は右手を腰に当てる。

左手でハンチングを直す。

彼がこの癖をするのは気合を入れる時。

ああでも無いこうでも無いとバランスを調整していく。

予想以上に時間がかかっている。

こんな微妙な違い、見た人には伝わらないだろう。

でも、俺には解るからこだわってしまう。

背が高くて痩せていて見事にのっぽ。着ている服はいつもお気に入りのチェックのシャツ。その上にカーキ色のジャケットを羽織っている。右耳には昔事故で死んでしまった親友とお揃いのピアス。

大胆不敵な彼の性格が表れるよう、憎たらしいほどのドヤ顔を描く。でも仲間を守ろうとする強い意志を感じさせるように……。

……難しい。

時間を忘れて、という感覚を久々に体験した。

夕飯だとリビングから母の声が聞こえたとき、もう部屋は真っ暗だった。


「学校はどう?」

母から聞かれて、口の中のシチューを飲み込む。

「どうって……」

毎日繰り返されるお決まりな質問。

昔から学校より漫画の方が大切だった。

学校で何があったかなんて、特段イベントがない時は親に話す時くらいしか思い出してこなかったっけ。

「俺は幸せ者だなーって思った」

「あら、どういう風の吹きまわし?」

母は凄く驚いていた。

そして、俺の言葉の意味を必死に推測しているのがわかった。

「面白い奴に会ったんだ」

「へぇ、どんな人なの?」

「ザ・出来る女」

「女の子なのね」

あ、しまった。

母は口元に薄ら笑いを浮かべていた。

「そういうのじゃねーよ」

「はいはい。分かってるわよ」

ああ、絶対分かってない……。

こういう態度を取るから、世の中の母親は息子の反抗期に手を焼くんだ。自業自得だ。


さっさと夕飯を食べ終わったら、また部屋に籠り、作業を続けた。

描いては次の紙に描き直し、を繰り返していくうちに、徐々に俺が頭の中で思い浮かべていた『黒光厚司』が現れてくる。

学校で描いたものとは違い、今回は俯かせずに、顔を上げ、上目遣いにした。

ハンチングを直すシーンは何度も出てくる。

色んなパターンがあるのだが、クライマックスでは顔を上げているので、それをイメージした。

満足出来るラフ画が描けたところで風呂に入った。

明日の学校の準備までしっかり終わらせてから、また絵を描き始める。

まずペン入れ。

こんな学校掲示の挿絵に此処まで力を入れる馬鹿は俺しかいないだろう。

コピーされて校内中に貼られるならまだしも、この絵はどっかしらの掲示板にテキトーに貼られるだけだ。

……それでも、神無月は。

ペン入れを終わらせてからは少しラクガキをした。

これだけじゃ挿絵は足りないだろうし、次は何を描こうかと学校で配布されたプリントの裏にラクガキしながら案を出した。

他の本も読むべきだろうか。

複数の本の推薦文が書かれる予定なのに『水晶は塵を受けず』の絵しか描かないのは如何なものか。

明日神無月に相談してみよう。

気分転換も出来たところで、色塗りに入る。

実を言うと色を塗るための道具は自分から買ったことがほとんど無い。

使える物は学校で買わされたクレヨン、色鉛筆、水彩絵の具、アクリル絵の具くらいだ。

比較的扱った時間の長い色鉛筆を使う。

というか他は大分色が無くなってるので、使う気が起きない。

首を回し、肩を回し、気合を入れ直す。


茶髪。そばかす。色白。

彩色するまで表現出来なかった『黒光厚司』の特徴だ。

線を描くことより色を塗る方が不得手で時間がかかる。

満足いっていた絵を彩色で駄目にしてしまったこともある。

此処からが正念場だ。

薄橙の色鉛筆を手に取って淵から薄く塗っていく。

彼の表情は上手く完成させられる気がしない。どうせそんなにじっくり見る奴も居ないだろうし、適当に描けば良いんだろうが……。

だがしかしだ。

いつもなら妥協してしまうところだが、今回はちゃんと描きたい。

色鉛筆を変え、彩色を進めていく。

神無月があんなに頑張っているのに、俺が手を抜くのは申し訳ない。

申し訳ないから、頑張る?

……いや、違う。

頭に他の考えが思い浮かんだ。

言葉では無く、感覚で。

その感覚を、何とか言葉でまとめて自分に説明する。

違う。神無月のためじゃない。

俺が満足出来ないんだ。

こんなことにこだわるなんて馬鹿じゃねぇの?

そう思ってる自分も居る。

でも、神無月の話を聞いて、自分に正直に「努力」したいと思った。

俺のやりたいことをやりたい。

俺は幸い帰宅部だ。時間ならたっぷりある。

俺にとってこの絵を描いて全校生徒に見せるという経験が宝物になるよう最大限努力したい。

今まで手を抜いてきた。

面倒臭かった。

踏ん切りがつかなかった。

周りの目を気にしてたからかもしれない。

漫画を描くなんて、恥ずかしかったんだ。

今思えば、自分の作品を批判されるのが怖かったのもある。

そうやって、色んな理由に負けて逃げてきた。

でも、やっぱり自分のやりたいことから逃げたくない。目をそらしたくない。

この先に宝物があるかもしれないんだ。

だったらボサッとしてないで、進まないと。

後悔はしたくない。

過去の自分への、せめてもの罪滅ぼしだ。

絶対に納得いくものを完成させてみせる。


ああ、俺は馬鹿だ。単純だ。

でもそうでありたいってずっと心の底では思ってたじゃないか。

俺の大好きな主人公たちは単純馬鹿ばかりだった。


部屋には秒針の音と鉛筆と紙が擦れる音。微かにリビングからテレビの音が聞こえてくる。

仄かに紙と鉛筆の香り。

そんな物たちに懐かしさを感じて落ち着く。

自分の命を削って吹き込むように『黒光厚司』を紙の上に生み出していく。

それがただ、楽しかった。


俺が黒光の絵を完成させた時には、もう日付が変わってしまっていた。

「行けるか……?」

ちゃんと絵を描くのは久々だったので、予想以上に時間がかかってしまった。

挿絵は二、三個描く約束だ。

締切はまだだが、こんなに時間を掛けていては毎日真面目にコツコツ描かないといけなくなる。

今日は何もなかったから一つ完成させられたが、課題の量も徐々に増えてきてるし真面目にやったところで終わるかどうか怪しい。

「ま、いっか」

それで良い。

小学生の頃はよく時間を忘れて絵を描いたものだった。

丁度、こんな風に。


<つづく>

正直ちゃんと完成させられるのか怪しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ