8、麻衣ちゃんがバスケで神となります。-凪山定期戦 前編ー
『パンパンパン! 』
「これより第62回山凪定期戦を始めます 」
凪山定期戦の開会を告げるピストルと山手高校生徒会長の声が何百名と集まる校庭全体に響き渡った。場所は1年ごとに交互になり、今回の凪山定期戦の開催場所は山手高校。
各校の生徒たちは今日の競技に向けてやる気に満ち溢れた顔をしている。さらに絶好のスポーツ日よりといっていい雲ひとつ無い晴天から差す光が顔に当たって余計に明るく見えてくる。
早く始めたいと思いつつもこの後、諸注意など退屈な話が続く。だが、それを適当に聞き流し、いよいよ式は終わった。
ーさあ、始まりだ!ー
「最初はどこに行くの? 校庭は野球、体育館はバスケで他は・・テニスコートでテニスもしてるけど 」
「俺は野球だな。うちの学校の3連覇がかかっていて注目なんだぜ 」
校庭のすぐそばの大きな木の影。照りつける日差しをそこで遮りながら、最初に見学に行くところを純、宅哉と共に相談していた。
どうして僕たちはまだ競技に出ないのか。それは当然のことながら場所に限りがあるからで、僕たち3人が出るサッカーは野球の終わった後の校庭で行われる。
結果として最初は暇になるわけでその間は他の種目の見学をするのだ。
「僕は知り合いがバスケに出ているだろうから見に行くよ。2人も着いてくる? 」
知り合いとはメイド喫茶で働く丹沢双子の妹の麻衣ちゃん。確かバスケに出ると言っていたはずだ。僕がメイド喫茶に関わっているのはできるだけ隠さなければいけないことだが、観戦するぐらいならまったく問題はないだろう。
「もちろんお前が行くなら着いていくぜ。野球もさほど気になっていたわけじゃないからな 」
「まぁ、僕も特に行きたい場所はないから行かせてもらうよ 」
「じゃあ、決まりかな。もう始まるから急がなくちゃ 」
僕たちは体育館に向かって走って行った。
「おっ、ちょうど始まったところだな 」
体育館に入るとジャンプボールが行われているところだった。右側のコートでは1年男子の対決、左側では同じく1年の女子の対決をしている。
「えぇーっと・・ 」
女子のほうのコートを見渡して、麻衣ちゃんがどこにいるかを探す。すぐに自陣のコートにいるのを見つけた。
ジャンプボールでボールは高々と上がり、両チームの背の高い二人もジャンプする。ボールは山手高校の170cmぐらいはあって髪も短い、完全に見た目は男の女が取りそのボールは麻衣ちゃんの手元にいく。
「麻衣! こっちよ 」
先ほどのジャンプボールをした女が手を挙げながらパスを要求する。麻衣ちゃんは言われたとおり、バウンズパスで見事に胸元にパスをした。
ーうまい! ー
パス1回だけで素人にすべてが分かるわけではないが、少なくともそのパスはすごかった。麻衣ちゃんについていた選手の手をするりと掻い潜り、胸元の最も受けてが取りやすい位置に届く。
いつもは天然も入っていて、妙に幼い感じがするがこんな意外な長所があったなんて!
「俺、あの子どこかで見たことがするなぁ・・。う~ん 」
純が急にそんなことを言い出す。まあ、純がそう思うのも不思議ではないだろう。2度もあのメイド喫茶に来ているのだから接客をしてもらったことは無いとはいえ見かけてはいるのだから。
「そうだなぁ、もしかしたらやつには双子の姉がいるかもしれないなぁ 」
それっぽく呟く宅哉。もちろん宅哉も1度「ゆーりん」を訪れていて、かつ記憶力はすごくいいので麻衣ちゃんのことは覚えている。だから「もしかしたら」ではなく、純に気づかせるために言ったのだ。
「おぉ!宅哉。お前は予知でもできるのか? 」
「まあね。 ちなみにもしかしたらメイドとして働いてるのかもな。 」
「そうか、そうか。もしそれが正しかったらまじですごいんだけどな 」
なおもそれっぽく気づかせようとする(というよりはもう答えを言っている)宅哉だが、純はいっこうに気づく気配はない。
「どこかで見たことがある」という僅かな記憶と2つの大きすぎるヒントがありながら分からないなんて。頭がそんなに良くないことは前々から知っていたことだが、まさかここまでとは思わなかった。
「なぁ、スバスバ。麻衣のああいうの意外だっただろ。あれでもスポーツに関して言えばクラス1は間違いないぜ 」
ふと左隣から聞き覚えのある声がする。それに僕をスバスバと呼ぶのは麻衣ちゃん以外にもう1人しかいない。
左を見ると予想通り。麻衣ちゃんの双子の姉の芽衣がいた。おそらく僕たちがやってくる前からいたらしく平然と僕の隣で観戦している。
「だ、誰なんだ!? その子は。ひょっとして彼女なのか? そうなのか? そうなんだろ? 俺はお前を信じていたのに 」
純の目には涙が浮かんでくる。ただ話しかけてきただけなのにその反応おかしいだろ。よくある展開なら胸をくっつけて妙に仲良くする様子を見て彼女ではないか疑うのはあるが、今は絶対に普通に話しかけてきただけですよ。
「ウチは丹沢芽衣。さっき君が言っていた子の双子の姉で、スバスバの・・友達かな? 」
「マジ・・ですか? マジで双子の姉なんですね? 」
「あぁ 」
「すっげー、宅哉の予言的中だ。じゃあ、メイドをやっているなんて、まさか・・ 」
「ウチもあいつもやってるよ。それがどうしたんだ? 」
「すげぇよ、宅哉、神様だよ。なぁこれから敬語を使っても構わないでしょうか 」
「あぁ、構わない。呼ぶときは神と呼んでくれ給え 」
おいおい、なぜそんなことになるんだ? まず純は姉の芽衣を前にしても気づかない頭の残念さだし、宅哉もその勘違いを良いようにとって神と呼ばせるし。
まったくどうして宅哉は普段は優しいのにこうも腹黒になることがあるのだろうか。
「あ、麻衣がボール持ったよ 」
つい話しに夢中になって試合を見るのを忘れていた。芽衣の言葉で試合のほうに視線を戻すとスコアは4対4の同点で山手高校側の攻撃。麻衣ちゃんがボールを持って敵を1人抜かそうとしている場面だった。
1対1で向かい合っていてその目は真剣そのものだ。
「麻衣ぃぃー、そんな奴さっさと抜かしなさい! 」
「がんばれぇー!! 」
急に大きな声で応援を始めた芽衣に便乗して僕も精一杯の声を出す。すると、それを見た純や宅哉までもが応援に加勢した。
麻衣ちゃんはその応援を聞いてなのかいつものような明るい笑顔を1瞬見せた後すぐに真剣な顔に戻す。刹那、軽いフェイントを入れた後、軽々と抜き去った。背中まで伸びる白髪がその動きに合わせて動く様子は美しい。
その後ももう1人、2人と抜いて、シュート。そして、それはきれいな放物線を描いてゴールに吸い込まれる。
「ナイスシュート、麻衣。もう1本いくよ 」
そのシュートで勢いに乗った山手高校は見事勝利を収めた。
「スバスバ、麻衣凄かった? 」
試合が終了してさっきの木の影の下で1度麻衣ちゃんと合流した。なおも日差しは照りつけていて、時間が経つごとに気温は上がってきている。
「ああ、あんなにできるなんてまじで驚いたよ 」
僕の褒めの言葉を聞いて嬉しそうな顔をする麻衣ちゃん。もちろんだが、僕の言葉は決してお世辞ではない。結局チームの42ゴール中半分ほどは決めていたし、シュート以外もパスは正確で十分な活躍だった。
「そういえば、もうそろそろでウチらのサッカー始まるんじゃないの? 」
「もうそんな時間か。じゃあ僕は行ってくるよ 」
時計を見ると試合開始予定の10時まで後5分だった。あまりにバスケの試合がおもしろかったので夢中になりすぎていたのだ。
サッカーはバスケとは違い、男女混同なので芽衣との対戦だ。
「スバスバ、勝ってね 」
「もちろん! 」
麻衣ちゃんの期待にグーサインで答える。その可愛い笑った顔を見ているとなぜだか、やる気が満ち溢れてくる。
「あら、ウチにはないの? 麻衣 」
「お姉ちゃんも勝ってね 」
「もちろんよ 」
僕だけに応援があったのが不服だったのか、芽衣が応援を要請するが、それに素直に答える。
それと、麻衣ちゃんを困らせることになるから敢えて黙っておくけど、僕も芽衣も勝つことなんて不可能だからね。
宿題に現在進行形で追われているのでしばらく更新できずに申し訳ありませんでした。
凪山定期戦は中編、後編と続きそうです。これからもよろしくお願いします。