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6、姉さんが夜行バスで帰ってきたようです。

 日が沈みかけて薄暗い小さな公園。あるのはブランコと砂場だけ。1人の女の子がブランコを立って漕いでいる。その子は僕と同じでまだ小学校低学年ぐらいだろう。

 ブランコが行ったり来たりする度に『ぎーこぎーこ』と音がなって1人で砂のお城を作る僕にはなぜだか心地よかった。時間も遅くなってきたため人通りも少なく静かで、僕の親は夜勤のためついて来ていない。その中で孤独ではないことを感じさせる音は僕を安心させたのかもしれない。


 どれくらい時間が経ったときだろう。こんな言い方はしたがひょっとしたら10分も経っていなかったかもしれない。砂遊びに夢中になっていたその頃の小さな僕は時間なんて全然気にしていなかったのだ。

 とにかくそのときにずっと鳴っていた『ぎーこぎーこ』という音が急に鳴り止んだ。気になって後ろのブランコのほうを振り返ると女の子は立って乗ったままじっと僕のほうを見つめていた。


「ねぇ、君も一緒にやろうよ。楽しいよ 」

 その場にはもちろん僕とその女の子しかいないので間違いなく僕に言った言葉だ。

 小さな頃は体が弱く病気がちだった。そのせいか体を動かすことはあまり好きではなくだからこうして砂遊びをしているのだ。だが、折角の誘いを断るのも悪いと思い、黙って女の子の乗っている隣のブランコに腰掛ける。


「立ってやろうよ。そっちのほうが風がすーすーして気持ちいいよ 」

「危ないから 」

 ボソッとそう断ってから漕ぎ始める。


 揺れる幅はほんの少し。これ以上揺らすのは振り落とされそうで恐かったし、第一隣の女の子のようにあんなに大きく揺らす方法も分からない。

 それでも僅かに感じる風が気持ちよく、こうして誰かと一緒に遊ぶのが嬉しい。僕は生まれて初めてブランコを楽しい遊びだと感じた。




『ピ ピ ピ ピ ピ ピピピピピピピ・・・・』

 けたたましく鳴る目覚し時計の音で目を覚ました。どうやら今のは夢だったらしい。あれは僕が小学2年生の時の記憶。忘れかけてしまっていた大事な記憶が鮮明に蘇ってきて心が痛む。


 さて、時刻は6時30分。目覚まし時計を止めて僕はリビングに行く。


「あぁー・・おはよぉー。すばちゃん 」

「ね、姉さん!! 帰ってたの!? 」

 リビングに置いてある2人がけ用のソファー。そこを片手にビールを持ちながら1人で占領している長い金髪女。それは紛れもなく僕の姉の糸谷(いとだに)(あずさ)だ。姉さんは普段は家を出て関西のほうで働いているのだが、休みが取れた時に何の連絡もなく急に帰ってくることがある。


「夜行バスで帰ってきたのよ、ふぁ~。おかげで眠いわ 」

 眠たいのならビールなんて飲んでないで早く寝ろ、と言いたいところだがこればっかりはいつものことでどうしようもない。

 1度、前に指摘したら「疲れた身体を癒すには寝るよりもビールが1番! 」と非科学的な答えが返ってきたのだ。それがただの出鱈目(でたらめ)ならいいのだが姉さんの場合、(あなが)ち間違いではないから困るのだ。


「それで姉さん、今日は何の用事で帰ってきたの? まさか家族が恋しくなって会いに来たとかいうまともな理由じゃないよね 」

「もちろんよ! まあ家族に会いに来たっていうのは間違っていないんだけどね 」

 そこを「もちろん」と返されると人間的に問題があると思う。いや、こんなことは今更というやつだろうか。小学校のときはストレス解消のためだとか言ってすべての教室の窓ガラスを割って行ったりしたとか、中学校の頃に遅刻した理由が宇宙人に連れ去られたと言ったり、それこそ挙げていけばきりがない。


 ところで家族に会いに来たとはどういうことだろう。いつもは帰ってくる理由は大食い大会に出るためとか、あるアイドル歌手のライブに行くついでとかなのだ。

 色々推測して考え出された結論は親に金をせびりに来た、これ以外に考えられない。

 家には前途している通り貧乏で貸している金なんてない。そうだ借金を突きつけてやろうか。借金も金という字が入っているのだからいいのじゃないか?


「ねぇスバちゃんってメイド喫茶で働いているんだよね 」

 唐突にそんなことを言い出す。それを知っているのは身内では親と叔母さんだけのはず。それなのにどうして姉さんがその情報を知っているのだろうか。

「叔母さんが教えてくれたのよ 」

 そんなことをわざわざ姉さんに言う必要なかったのに。何ていらないことをする叔母さんなんだ。


 待てよ。姉さんがその情報を知ったとなるとつまり・・。さっきの家族に会いに来た理由の真の答えが導き出された。

「スバちゃんのメイド姿が見たいわ 」

 やっぱり。姉さんがこんな話題に食いついてこないわけがない とにかく姉さんに来られたら面倒だ。姉さんに僕のメイド服姿を見られるのは恥ずかしいし、下手をすれば他の客に僕が男だとばれるきっかけにもなりかねない。


「だから今日はスバちゃんの働いているメイド喫茶に行こうと・・ 」

「駄目 」

 すべてを言い終わる前に否定して出鼻を挫いてやった。これで僕が先手を取れた。この調子で押し切って姉さんの来店阻止をしたいところだ。


「あら、最後まで言ってないわよ。私は、行こうと思ったけれど隣の駅前のショッピングモールに行くことにした、と言おうとしたのよ。でもスバちゃんがそんなに強く否定するのならしょうがないわね。特別に、本当に残念だけれど、残念で死にそうだけどそのメイド喫茶に行ってあげるわ 」


「へぇー僕も、駄目な姉さんの意見を尊重してあげる、と言おうとしたんだよ。だから是非ショッピングモールに行ってくるといいよ。あぁー残念だなぁ 」


「残念だったら行ってあげてもいいわよ。幸い私は世界一弟思いのお姉さんなの 」


「それなら姉さんだって死にそうなんだったらショッピングモールに行くべきだよ。幸い僕も世界一姉思いの弟なんだよ 」


 あぁ・・なんて醜い争いなのだろう。誰もがそう思っただろうし論争をしている僕でさえ思っている。これをまともなやり取りだと思っているのはおそらく姉さんぐらいだろう。


「まったくそんなに言うならショッピングモールに行ってあげるわ。それで納得? スバちゃん 」

 あれ? 姉さんが自ら負けを認めただと! この姉さんは今までどんな争いでも決して負けを認めることはなく決着着かずか僕が仕方なく負けを認めて終わるのが毎度のことなのに。これは何か裏があるはず。




 同日。店内には12時になった時計の鐘が鳴り響く。日曜の昼という1週間で最も客の入りが多い時間帯だ。休む暇なくカウンターとか入り口、テーブルを行ったり来たりと店内を歩き回る。


『いってらっしゃいませ、ご主人様 』

 双子メイドの丹沢姉妹が1組の客を送り出す。菊さんがその客のいたテーブルの片づけを始めている。また新たな客が入ってくるわけだ。

 その新たな客に備えて僕は入り口のほうまで行ってお出迎えの準備をする。


『カランカラン』


「お帰りなさいませお嬢さ・・ま 」

 危ない、危ない。思わず疑問形にしかけてしまった。下手な接客は他の客にも見られているわけでイメージマイナスに繋がる。

 僕が驚いた理由、多くの人はすでに予想も付いてくることだろう。僕も頭の片隅では考えていた。その客はマスクに眼鏡をつけた女。でも流石に長い金髪は隠せていないし、多少の変装をしていても身内なら明らかに分かる。こいつは僕の姉さんだ。


「それでは席にご案内しますね 」

 心の中では怒りが大爆発している状態だが、表に出さないように丁寧に案内する。

「こちらがメニューになります 」

 普通ならここで客が決めるまでしばらく待つのだが、僕には他にやることがある。他の客がこちらを見てないのを確認した上で姉さんにしか聞こえないような小声で話しを始める。


「どうしてここに来ているんですか? 隣の駅のショッピングモールに行ったんですよね 」

「ちゃんと行ったわよ。入り口の門を潜ってすぐに引き返してきたの。ほら証拠写真よ 」

 スマホで撮ったショッピングモールの門の写真を見せてくる。姉さん自身も写っているし日にちも書いているので行ったのは間違いないようだが・・。

 無駄に律儀すぎだろ! 確かに自分でショッピングモールに行くと言ったんだがすぐに引き返すのなら本当に行かなくていいだろ。隣の駅なんだから時間と動力、そしてお金あらゆるものが無駄だ。まったく家計のために僕までがこうして働いているのだからちょっとは姉さんも考えて欲しい。


「もう何か色んなことのやる気がなくなっていくよ 」

「まぁそれは大変。何が原因? 進路の不安? 失恋? さあ言いなさい。私が解決してあげるわ 」

「そうだね・・姉さんが帰ってくれればすべてが解決すると思うよ 」

「わ、私が原因!? 」

 驚愕の事実を知ってしまったかのように落ち込みだす姉さん。今更ですか。僕は生まれた瞬間からそう感じていたんだけどな。


「とりあえず忙しいから行くね 」

 机に突っ伏して涙を流す姉さんをよそにカウンターに戻ろうとすると、姉さんの手が僕のメイド服の裾を掴む。


「言い忘れてたけどスバルちゃんまじ天使よ 」

 グーサインでそんなことを言い出す。僕は無言のままけれど少し笑みを浮かべてカウンターに戻った。

 もう少しコメディー要素を入れたかったのですが・・

 次話はこれまで登場していないメイドたちにも出てもらいたいところです。

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