番外編3、僕が海でコトと楽しいひと時を過ごします。ー海水浴編 A-
時系列としては22話と23話のランキング決戦と誕生日の間にあるはずの夏休みです。
夏休み、今までの僕ならば楽しいことへの希望で始まってけれども9月手前まで来ると夏休みの充実のしていなさに絶望してあっさりと終わるところだろう。
しかし今年の僕は一味違うと思ってもらいたい。なにせ彼女ができたのだ。これほどまでに充実した人生があるだろうか。きっと今年こそ、今年こそは「いい夏だった」と言って終わることだと希望を抱き夏休みは始まったのだが・・。
「そっれにしても暑いですねー。この暑さと忙しさなのにこの部屋はどうして扇風機だけなんですかね 」
「それは経費削減のためじゃないかしら 」
「おい菊池、クーラーを取り付けてくれ 」
「それは店長の仕事ですよ 」
「はぁ・・こんなのなら表に出て仕事してるほうがむしろ疲れませんね 」
現在の日付は8月15日。もう夏休み終了まで後2週間に迫ってきたものの今日も毎日コトととデート、明日も明後日もデートという流れが僕の理想だったわけだがやはり現実と理想は大方異なる。
というのも夏休みから今日まで僕はここメイド喫茶ゆーりんにバイトとしてくる日々が続き、もちろん数日の休みでコトと数回デートはしたものの中々コトと話す機会を得られずにいた。コトも一緒に働いているとはいえどうしてか中々休憩の時間は一緒にならないしむやみやたらと店内で会話するわけにもいかないのだ。
「いっそのこと面倒だし休憩室を客用で、フロアを休憩室にするか 」
「店長そんなことしたらこの部屋にはすべての客が入らないわ 」
「そうだな 」
「いや、それ以前に客に暑い部屋を押し付けないでください 」
「人によってはそういうプレイのほうが興奮するかもしれんぞ? 」
「暑さに興奮ってどこのドMですか 」
さて、僕とさなえさんと菊さんの3人は暑さに負けてだらだらとやる気のない会話を繰り広げていた。さなえさんだけならともかく、菊さんとそれにあの超真面目と有名な僕までがだらだらとしてしまってるのだ。この部屋がどれほど暑いかは明らかだろう。
「そういえば女子大生だと思われるお嬢様たちがプールに行ってきたとか何とか話してましたよ。羨ましいですね 」
「いいわねぇ。そういえば今年は海にもプールにも行ってないわ。はぁ・・今年はこのまま夏休みが終わっちゃうのかしら・・ 」
「ん? お前ら大事なことを忘れてないか? 」
プールに行ってないことでなお一層絶望感に浸っているとさなえさんがそんなことを言う。はて、大事なことなんてあっただろうか。それ以前にさなえさんが覚えていて僕が覚えていないなんてことがあるだろうか。
「なんだお前らそんなことも覚えていないのか。ほら、今週末にみんなで海に行くじゃないか。宿泊施設は無料だから当然お前らも行くと思っていたぞ 」
「みんなで海!? みんなってここで働いているみんなでってことですよね? 初耳ですよ! 」
「えぇ私もはじめて聞いたわ 」
おそらく菊さんも聞いたことがないのだからつまりはさなえさんが言ってなかっただけだろう。まぁ結構大事なことではあるが連絡事項の伝え忘れなど安定のさなえさんクオリティーだから今更とやかく言うつもりはない。
それよりも問題なのは宿泊施設が無料だということだ。お金には困り気味の僕ではあるがその僕にとってこれほどまでに美味しい話はない。
「絶対行きます!! 」
「お、おぅ。そうか・・頑張ってくれ 」
僕の突然のやる気にあのさなえさんですらやや引き気味の対応だ。けれども僕にそんなことは関係ない。無料でコトと海デート、この一文の呪文を唱えるだけで僕の活力はみるみるうちに湧き上がってくる。今の僕だったらレベル1でもラスボス倒せてしまいそうだ。ってレベル1クリアなんてどんなクソゲーだよ。
真夏の太陽から強烈な日差しが降り注ぐ砂浜。海に入って水を掛け合う女の子達もいればボートに乗っていちゃつくカップル、砂浜にはお城をつくる小さな子供。そこは色んな人たちが色んな楽しみ方で遊ぶことができる楽園だ。
そう、僕たちゆーりんのメンバーは予定通り真夏の海へとやってきていた。行きの電車の中では今度こそ僕を待っているコトとの楽しいひと時をいかに過ごすかの計画も立てた。準備は完璧だ。
「じゃあコト。時間ももったいないし早速水着に着替えて遊ぼうか 」
「そうだね、もう楽しみだよ 」
「あっちに更衣室があるから行こうか 」
「うん。着替え終わったら更衣室の入り口付近でまた合流だね 」
僕とコトは着いて早々水着に着替えるべく更衣室へ急ごうとする。しかし走り出そうとする僕たちをさなえさんが肩をしっかり掴んで行動不能にしてくる。
「おい、お前ら。遊ぶのはまだ早いぞ。最初に行くのはあそこだ 」
てっきりさなえさんは子供みたく先を越されないように足止めしたのかと思ったがどうやら違ったようである。さなえさんが指差すほうにあるのは海の家「カニカニ」。見たところ海水浴場にはよくある食事をする場所のようだ。
「あのぉさなえさん。いくらなんでも食事は早すぎますよ。僕はお腹空いてませんし、食べるのなら一人で食べてくればいいんじゃないですか? 」
「まったくスバスバは店長の心が分かってないなぁ。一人で食べるのが寂しいから誘ってるんだよ 」
「なんやそういういことかいな。それやったら一緒にいったんで 」
「私もいいわよ 」
「麻衣も食べる 」
さなえさんの心中を察したみんなは次々と承諾していく。僕は少し無神経だったようだ。確かに海水浴場にみんなで来ていて一人でご飯はあまりにも虚しい光景である。
「おい、お前ら何か勘違いをしていないか 」
と、折角さなえさんに合わすように海の家に向かおうとしたところでまたもやそれを否定する。おかしい。あのさなえさんが、いやさなえさんでなくとも海の家に行く理由がお腹が空いて何か食べたい以外にあるだろうか。
ボートの貸し出しやらシャツみたいな物を売ってる店は別にあり、あの海の家には食べるスペースしかないはずである。うーん、いくら考えても検討がつかない。
「ついて来い 」
僕たちはさなえさんの言われるがままに後ろをついていく。少し歩くと目的地海の家に到着したがそこはやはり食べるスペースしかなく何も変わったところはない。強いていうならまだ昼ごはんには早い時間とだけあって客は少なくおまけに従業員も少ないので物寂しく感じるぐらいだろうか。
「おーい美幸! 連れてきたぞー 」
さなえさんは店の奥に向かってそう呼びかける。そしてしばらくするとガチャガチャと食器を洗うような音が消え、奥のほうから小さな女の子が現れた。
「おぉさなえよ、やっときよったか。ワラワは待ちくたびれたぞ 」
「すまんな。ちょっとこいつらが勘違いをしていてな 」
「まぁよい。で、こやつらがここで働くワラワのしもべたちかのぉ 」
この一連の会話を聞いた僕にはまさに「は? 」の一言以外出てこない驚きと不安に包まれた。
もちろんこの店から出てきた子が小学生みたいなこととか、変な喋り方にも驚きは感じるが、それよりも僕たちがここで働くしもべとはどういうことだろう。
僕たちはここにエンジョイするために来た。さなえさんからは何も聞いていない。ならばまさか本当にここの従業員として働くなんて馬鹿なマネはないだろう。うん・・ないよね?
「あの店長、冗談だとは思いますが本気でここで働かなければいけない、なんてことはありませんよね 」
「おぉ今宮には言ってなかったか。宿泊代の変わりにここでメイドのバイトをしてもらうんだ。あ、もちろん今宮と児子は厨房を手伝ってやれ 」
『いや、私(僕)も聞いてませんけど!! 』
またもや伝え忘れの安心安全のさなえさんクオリティーに今度こそ皆がハモるように抗議する。
いくら安心安全とはいえ今回のは黙って見過ごすわけにはいかない。なにせ僕とコトとの楽しい時間が奪われるのだ。これほどまでに危機的状況はあるまい。
「さなえさん! 悪いですけど僕はここに遊ぶために来たんです。こんなところで働く暇なんてありません!! 」
「それは困ったな。もう全員ここで働くと言ってあるんだが 」
「僕の意志はちょっとやそっとでは揺るぎませんよ 」
「宿泊費は1万もするらしいが・・ 」
「うっ・・働きます 」
僕の強固な意志もお金の前には弱いものだ。
こうして僕たちは夏休みの大事なひと時に海の家でメイドをすることになってしまった。
番外編を書こうとなり海というテーマにしようと書き始めたのですが書いているうちに宿泊とかなって到底1話、2話で終わらせられる内容じゃなくなってしまいました。これじゃあもはや番外編じゃない説までありますね。




