38、僕のメイドライフが今日で終わりそうです。ー文化祭編エピローグ 後編ー
本編最終話ですが、間に番外編があると分かりづらいので割り込み投稿になってしまいました。
「おっ!! 早速発見!! よぉよぉオカマメイドくんよぉ。いやぁ劇の女装もいけてたしメイド姿もいけてるねぇ。これが本当に女だったら間違いなく俺の彼女なんだけどなぁー 」
店に入ってきた若い男は店内全体に聞こえる大声でそう言った。
えーっと……なにがあった? あまりの突然の出来事に理解が追いつかない。ただ、しばらくの沈黙の後他の客たちが急に騒ぎ出し菊さんが飛んでくるようにこちらに来る様子だけは分かる。
「あれ、あれぇ? オカマくん、どうしちゃったのかなぁー。完全に目が逝っちゃってるけどぉ。もしかしてだけど秘密だったとかー。ひゃひゃ、もしかして俺やばいこと言っちゃったぁ? 」
「あなたっ! ちょっと帰ってください!! 」
直も頭が真っ白で、耳からよく分からない男の声が聞こえてきて目には菊さんが僕をかばうように男との間に入る情景が見える。
どうして菊さんはこの男を帰らせようとしているんだ? この男は客、ご主人様だよな。
「冷たいこと言わずにさぁ、こっちは客なんだぜ。早く席に案内してくれよ 」
「帰ってください 」
「だからさぁ日本語分かる? こっちはお・きゃ・く・さ・ま! 神なのよぉ 」
「ひっ! 」
男は顔を菊さんに近づけ睨みつける。菊さんは怯えて悲鳴のような声をあげた。
違う。この男は客じゃない、ただのマナーのできてないクズだ。いや、そもそもなんでこんなことになってるんだ? ずっと僕はそばでやり取りを見ていたじゃないか。どうして菊さんはこの男を追い出そうとしたんだ? そういえば店に入ってきてこの男が何か騒いでたっけ……。
そうだ、やっと理解できた。文化祭のせいで僕が男であるとばれて他の客にも言いふらされたんだ。一番ばれてはいけないこと、ばれたらクビになることがばれてしまったんだ。
少しの間、放心状態だったが正気を取り戻すと相当やばい状況になっていた。
「おい、君。それ以上やると警察を呼ぶぞ。早く帰って二度と来るな 」
客席から一人の客が立ち上がってそう言った。その客とはここの常連の岩尾さん。低く落ち着いた声で言い放ったその一言は強烈でさっきまで威勢のよかった男も急に分が悪そうな顔で逃げ腰になっている。
「聞いているのかね? 」
もう一度岩尾さんはその低い声で攻める。すると、どうしたことか男は
「チッ、ジジイ覚えてろよ!! 」
と捨てゼリフを残して店を出て行った。
時間にすればほんの数分の事件だったのだろうが心の中には複雑な感情たちが絡み合うように生まれた。
僕の正体がばれたことへの喪失感と恐怖、菊さんが助かったことへの安堵、岩尾さんが助けてくれたことへの感謝。けれども心は抑えきれない感情でいっぱのはずなのに口に出すべき言葉がなかった。
「…… 」
店内に沈黙が流れる。
周りからの視線を強烈に感じる。ここにきて僕の心の中の恐怖心はより一層強まる。僕はとんでもないことをしてしまったのだ、と今更のように痛感する。
客の期待を裏切ったことによる罵倒はもちろん、店には大迷惑ですまない損害かもしれない。客に黙って男をメイドとして働かせていたなんて完全に店の信頼はなくなる。きっとこの店の客は大幅に減ってしまう。
「どうしたのにゃスバル。さっさと働くにゃ 」
そんな沈黙を破ったのはさなえさんだった。客の前で見せる営業ネコスタイル。
完全に仮面を被ったその口調からはさなえさんの本心は分からない。いつもの偉そうなさなえさんのように単純に働いていない従業員に命令しているだけかもしれない。あるいは気にせずにいつも通り働けという優しい気遣いなのかもしれない。
さなえさんのことだから命令しているだけって考えるのが自然だったがどうしてかこのさなえさんは本当の店長であるかのような気がした。
「はい 」
ここは店長に甘えておこう。
「はぁ…… 」
あれから2時間ほどたってやっと休憩時間を迎える。
あの騒動の後、どうなったかというと実のところどうもなっていない。僕としてはさなえさんがああ言った以上できるだけいつも通り振舞ってみたがこのことを知る客はどこかよそよそしく、けれど店を出て行ったり僕を罵倒したりしない。
ゆーりんのみんなも最低限のこと以外は話しかけてくれずやはりこちらもよそよそしい。コトですら「大丈夫? 」の一言だけだった。
「はぁ…… 」
もう一度ため息をつき休憩室の扉を開ける。きっと中には今休みのさなえさんがいるはずだ。店のことを考えれば今日中で辞めさせられるのは自然であり、僕としてもそれで責任をとるしかない。
ずっと調子に乗りすぎていた。ずっとばれてこなかったからもう大丈夫と思っていた。だから油断してあんな学校の劇で目立ってしまった。ゆーりんのみんなが来るのもしっかり断ればよかった。ただもう遅い。後悔は必要ない。もう仕方のないことなのだ。
「あっやっときたのね 」
入って声をかけられるのはさなえさんから、と思っていたが違った。部屋の中にはもちろん、さなえさんもいたが姉さんまでいたのだ。そういえば姉さんが来るとか何とか言ってたっけなぁ。
「おぉスバル。今日のこととかについて地獄の帝王ハドリアヌスと話し合っていたのだがなぁお前に言わなければいけないことがある 」
地獄の帝王ハドリアヌスってのは姉さんのことだ。いつぞやの姉さんが働いたときの名前だが律儀に覚えていらっしゃったようである。
とはいえ、今はいつものようにつっこみを入れてる余裕など微塵もない。「いわなければいけないこと」ってのはズバリ僕へのアルバイトを辞めろということだろう。
「スバル 」
「はい 」
「お前には今日限りで辞めてもらう 」
「…… 」
予想通りすぎだろ。心のどこかでこの店なら「別にいいんじゃないか」みたいな軽い気持ちで終わることを期待していた。でも現実はそんな甘くない。
泣きたかった。いや、既に目の中いっぱいに涙が広がり少しでも気を緩めると涙が溢れてきてしまう状況だった。
覚悟はしていた。していたはずなんだけど大好きなみんなと別れるのはこんなにも辛いものだったのか。楽しくお喋りをしたここで働くみんな。ときに意地悪だったけどそういう冗談も好きだった。僕を見て笑顔になってくれるお客さん。僕のほうこそがそういうお客さんを見て笑顔になれた。
ここを辞めたらもうその楽しさを得ることはできないんだ……。
そうやってどうしようもない絶望に浸っていると続けてさなえさんは口を開く。
「まぁ店長の立場としては人気のあるお前に抜けられるのは困るのでずっと働いて欲しいんだがな。地獄の帝王ハドリアヌスがもう借金もなくなったんだしスバルのことを思うと辞めたほうがいいんじゃないかって言うのだ 」
「・・・・・・えーっと……いくつか質問させていただいてもかまわないでしょうか 」
なんか僕の予想していた展開と違う気がするんだけど? せっかくと言うのもおかしいがしみじみと哀れで感動的な場面だったはずだったんだけど!!
「まず、姉さん借金なくなったって言わなかった? 」
「言ったよ 」
いやいや、何平然といっちゃてるの! こんなにも毎日苦労して働いてコツコト返していたのが僕の知らない間に終わっていたってどういうことよ。
「借金って結構あったよね 」
「返し終わったのもつい最近なんだけど、まぁ私とお母さんはちゃんと勤めていて結構給料はあるし、すばちゃんも毎日バイトしてくれてたからもう返し終わったのよね 」
「そういえば姉さんって仕事なにしてるの? 」
「言えない仕事よ 」
その危ない仕事感出す答えなんなの? 水商売か殺し屋でもしてんのかな?
と、まぁそんな姉さんの仕事なんてさておき。つまりは長く苦しめられてきた借金はなくなって晴れて自由の身になったということだ。こんなにもあっさりしちゃうと「なんだかなぁ」となっちゃうがこれは素直に喜ぶべきところだろう。
「で、次の質問だけど僕のことを思うと辞めたほうがいいってのはどういう理由で? 」
「それはすばちゃんが本気で女装に目覚めてしまいそうだからよ。ほら、すばちゃん働いてるときすっごく楽しそうで、つまりそんなにメイドさんの格好でいるのが楽しいんだなって。やっぱりね姉の身としてはそれを黙って見放すのはできないの! 」
「確かに最近では楽しいけどさ別に女装に目覚めたわけじゃないからねっ! 単に周りの仲間とかお客さんと一緒にいるのが楽しいだけだからねっ! 」
まったく、変な誤解で僕は辞めさせられそうになったというのか。理不尽以外のなにものでもない。
そういえば爆弾発言についあさっての方向に話の論点がずれていたが、大事なことを忘れてはいけない。一番の問題点は僕の女装がばれたこと。店としてそれを放っておいていいのだろうか。
「あのぉ今日のことは結局どうなったのでしょうか? まったく解決していないように思うのですが 」
「なんだ、そんなことはとっくの昔に解決しているぞ。何なら自分で調べてみればいい 」
「はっ? 」
つい、さなえさんの理解不能発言に失礼な反応をしてしまった。でもとっくの昔に解決しているってどういうことだ? むしろこの情報が広まってどんどんこの僕と店の信頼が落ちていくのはこれからだろう。
とりあえず僕はさなえさんの言ったとおりスマホをカバンから取り出し『メイド喫茶ゆーりん』と検索する。案の定一番上には『スバルちゃんがまさかの女装っ子だった』という名前でスレが立っている。そのスレを開いてみると。
『性別なんて関係なし!! 俺のスバルちゃんはいつでも俺のメイドちゃんだ!! 』
『可愛いればすべてよし』
『女装メイドとか超好きなんだが? 場所どこ? 』
『俺もあいてぇーー!! 』
『画像プリーズ』
なんてコメントがずらっと並んでいる。えーっと、つまり女装がばれたことでそこまで反発を持っていない客もいるってことか? 全員が全員許してくれるわけではなさそうだが、それでも新たな客層が僕に興味を持ってくれている。
すべてがよかったとはいえないがそこまで悪くもなかった。こんな結論でいいのだろうか。
「まとめると姉さんが辞めさせる理由もなければこの店てきにもやめる必要はないってことですか? 」
「そういうことになるな 」
この言葉を聞けてやっと安心した。「僕があそこまで絶望したものをこんなにもあっさりと片付けやがって! 」と怒り出したい気持ちもあるところだが今はそんな気持ちは捨ててしまう。
本当によかった。もう一度あの楽しい空間にいられるんだ。ならばここで言うことは一つだ。
「さなえさん、僕をメイドとして雇ってください! 」
僕はさなえさんに深々と頭を下げる。もう大丈夫ではあるが形式上「クビ」を告げられた以上もう一度正式に言ってもらわないと。そしてそれに店長はにんまりとして口を開く。
「いいだろう。お前は一生私のお世話をすることを許可してやろう 」
「いや、今のはこの店で雇ってくださいという意味で別にさなえさん専属メイドになりたいんじゃないですからね! 」
「なんだそっちか 」
「今の流れで逆に専属メイドになりたいって発想がでてくるほうが不思議です 」
「まぁいい、せいぜい2位という私の下位ランクのもとこの店のために身を粉にして働くことだな。なっはっはー 」
まったくいつも上からしか、ものを言えない人だ。
何はともあれこれで無事不安もなくなり明日からも僕のメイドライフはまだまだ続きそうである。
もう前のように続きは書きません。作者の自己満足終了です。ここで書いているうちに色々学ぶことができました。もし最後まで読んでくださった方がいるのならありがとうございました。




