36、僕の未来は不安ばかりで大変です。-文化祭編 L-
「みんな! 準備は大丈夫か! 」
『はい!!』
「じゃあいよいよ本番だ。初っ端の糸谷は特に緊張するかもしれないが練習どおりにするだけだ。よし、最高の演技ができるように頑張るぞーっ! 」
『おぉーー!』
僕たちの劇の本番まで後5分もない時間。体育館の裏で円陣を組み花沢が委員長らしく声だしをしているところだった。こうやってみんなをまとめられるリーダー力があるのって流石だと思う。
とはいえこの程度で僕の緊張が完全になくなるわけではもちろんない。なにせ、僕が主役というだけでなく先ほど花沢の言ったとおり初っ端に体育館のあのステージに立つのである。どのくらいの客が入ってるのか予想はつかないが各々の家族や友達などがくると考えただけでもそれなりの数になる。
うぅーっ、また一つ緊張する要素を見つけてしまった。
『それではまもなく1年3組による劇が始まります。皆様がたご着席ください』
体育館にそのようなアナウンスが響きわたり体育館の裏にいる僕たちはより一層の緊張を持って静かになる。
「スバルちゃんはいつでも可愛いから安心して。客全員を惚れさせてやると良いさ 」
僕がいざ舞台の真ん中に向かおうとしたとき宅哉がささやくようにそう言う。まったく、宅哉はこんなときでも冗談を言えるとは余裕もいいところだ。どうすればその余裕が生まれるのか僕は知りたい。
『じーーーーーーー』
ブザーが鳴り幕がゆっくりと上がっていく。このゆっくりな感じが余計に腹立たしさを感じさせる。やってしまうのなら早く終わって欲しいのだ。
「ジョン、あなたと別れてから1週間がたちます。私はあなたのことを一時も忘れることが出来ず、それ故常に心が痛いです。あぁ、どうすればこの気持ちを抑えることができましょうか 」
窓辺で一人で悲しげに呟くはじめのセリフ。自分でも震えているのが分かるほどに緊張しているがこのやや悲しいシーンならまだいい。問題はこれをこの後も続けないこと。練習でやったとおりのことをだせばいいのだ。
さて、僕のセリフが一つ終わると母親のほのかがゆっくりと舞台に登場する。僕と同じくほぼ最初からの登場でさぞ緊張しているはずなのにその姿は堂々としていてやる気に満ち溢れている顔をしているように見える。
まったく、ほのかはどうしてこんなにも堂々としていられるのだろう。こんなにもほのかがちゃんとしていたら僕もやらざるを得ないじゃないか。こうしてほのかに勇気をもらうことも多いものだ。
「はいお母様 」
これで短くはあるが第一シーンの終了。最後たったの7音ではあるが震えずに自分なりにしっかり言えたと思う。
その後の僕のシーンも何とか乗り切りいよいよ最後のシーンとなる。最後のシーンとはもちろんすべてがうまくいき宅哉とキスのフリをするあのシーンである。
「あぁメアリー・・僕は君に会いたかった。会いたくてここまで来たよ 」
「ありがとうジョン。私もあなたに会えてとても嬉しいわ 」
これで僕のセリフ自体は終わり後はゆっくりと目を閉じながら宅哉のほうへ唇を近づけていくだけである。もうここまできたらセリフを噛んで恥ずかしい目にあうこともセリフを忘れる心配もいらない。ふぅこれでやっと一回目の劇は終わるわけだ。
と、安心したはいいが一つ重要なことを忘れていないだろうか。確か練習の段階で本番の女装した姿でキスシーンの写真をとるとかなんとかいってなかっただろうか。まだ本番までは時間あるしと嫌なことは先延ばしにして考えていたがここでもまた不安要素の出現だ。
僕の可愛い姿がクラスのみんなあるいはこの劇を見ているみんなのカメラに保存されてみるとしよう。クラス中の人の携帯の待ち受け画面が僕になるというどこか気恥ずかしい自体になるかもしれない。
ふむ、それはそれで僕の可愛さが知れ渡っていいのではないだろうか。恥ずかしさを代償に名誉を手に入れられると考えればそれでもいい。というよりここまでくればどうでもいいや。
そのような思考を繰り広げた結果投げやりになった僕は頭を空っぽにしてゆっくりと唇を近づける。
あぁ後何センチで宅哉とぶつかるかな。目を閉じる前は15センチぐらい離れてたし感覚的にはもう5センチきっちゃってる? マジでキスしちゃったら駄目だから直前の1、2センチぐらいでは終わらないとなぁ。
練習の段階では何気なく終わらしていたキスシーンではあるがこうして考え始めるとどこでとめて良いのか分からなくもなってくる。えぇい、後5センチぐらいなら大丈夫だろう!
そうやって勢いよく近づけてみる。ん? なにやらちょっと柔らかく、コトの唇の甘い感触と似ていなくもないがコトの唇よりもカサカサしたものが僕の唇に当たっているような・・。なんだろうこれ? 僕は恐る恐る左目だけを開けてみる。
『っぶ!? 』
目の前にあったのは正真正銘宅哉の顔。そして僕の麗しき唇は宅哉の唇によって汚されていた。
僕は咄嗟に一歩ほど距離を取るが時既に遅し。認めたくない事実として僕は宅哉と3秒ほどキスをしてしまったのだ。何が好きでこんなやつとキスをせねばならん。僕の唇はコト以外に渡すつもりはなかったのに!!
一方、宅哉はというと唇に手を当てつつ顔を少し赤らめているように見えた。それこそいつもの宅哉なら僕をいじる風ににこやかに笑い返してもおかしくないのにどうしてしまったのだろう。まったく、どこの乙女の反応なのやら。
「おぉ!! 今日はじめて会った友達のスバスバにほのかちゃん! 今日の演技はすごかったぞ 」
「麻衣もすごかったぞ 」
アクシデントはあったものの劇を終えた僕たちはゆーりんのみんな、それからコトと合流した。
早速芽衣と麻衣ちゃんからは僕の演技について感想を述べてくれたわけだが、やっぱりこの二人はつっこみがいがあることで。芽衣はさっきの失敗を踏まえ、僕の呼び方について色んな要素を盛り込んでくれて・・。
麻衣ちゃんについては芽衣の「すごかったぞ」を踏まえて麻衣ちゃんなりに僕のことを褒めようとしてくれたのだろうが・・これでは麻衣ちゃん自身を褒めていることになっている。「麻衣もスバスバとほのかちゃんのことすごいと思ったよ」ぐらいに解釈しておこう。
「そういえばスバくんはやっぱりお姫様役なんだね 」
「あぁうん、まぁね 」
僕の懸念していたのをコト自身が切り出す。ずっと黙っていてどんな反応をされるか心配だったが「やっぱり」と言われている辺り僕に女装劇は当然のことだったらしい。それにしても彼氏が女装して当然ってのもよくよく考えるとどうなのだろうか。
「いやぁそれにしてもあのスバルちゃんの熱烈なキスはすごかったなぁ 」
「えぇまさかホントにするとは思いませんでしたが 」
と、つかの間の安心もすぐに終わりを告げ先ほどの宅哉とのアクシデントで椎名さんと今宮さんがさっそくいじってくる。コトの前では話題に出して欲しくなかったが。
「うぅあれはただの事故なんですよ。一生の不覚です 」
「コトちゃんはもうキス済ませたのよね。ファーストキスじゃないんだしいいじゃない 」
「えぇ私としてはただの事故で相手も男だからどうでもいいんですけどね 」
「僕の唇はコトだけのなんですよ! 」
しまった、話の流れでつい恥ずかしいことをさらっと口走ってしまった。唇に限った話をしているだけにこの公開告白は余計に恥ずかしい。公開告白をして後悔、なんつって。おっと、この親父ギャグだけは絶対に僕の心の中だけに留めておかないとまた後悔することになるな。
「もうっスバくんったら! 」
「バカップルを見せ付けないでくれるかしら 」
「スバルちゃんたちも百合百合するんやったら二人きりのところでしいや 」
コトは僕の恥ずかしい発言に対し案の定顔を赤らめる。そしてそのやり取りに対し金井さんは少しトゲのある口調で、椎名さんはからかうようにそういう。
「いや、椎名さん・・僕男だから純愛ですよ? 」
「あぁすまんなぁ。スバルちゃんがあまりに女の子っぽいから 」
「今の僕は男の制服姿で間違う余地がないと思うのですが 」
そう、いつも恒例の椎名さんの僕を女の子だと思う勘違いだが今回はドレスから着替え完全な男姿。いつものメイド姿での間違いならともかく。
「ほら、スバルちゃんはもう存在が女の子なんやって 」
ひ、ひどい・・ひどすぎる!! 僕は列記とした男の子なんですよ。普段女装してるからって別に女の子になりたい男の娘というわけでもないんですよ。冗談かどうかは知らないが本気なら今までのありとあらゆる精神攻撃よりもきつい一言だ。
「あの、ところでですけど・・ 」
と、ここまで無言だったほのかが話の間に入る。これは落ち込む僕をフォローしてくれるのだろうか。
「皆さんすばっちのこと初めて会った感じで接しなくていいんですか? 」
『あ・・・・・・』
ほのかの指摘にこの場にいた皆が口をそろえてそう言った。僕の期待していたフォローではなかったものの重大なことを気づかせてくれる指摘だった。
劇の話題で色々話していたらついつい皆忘れてしまっていたのだろう。周りを見れば注意深く会話を盗み聞きする人は見当たらないが体育館の前で人通りは多く誰にも聞かれていない保証などまったくない。
僕は正体がばれるのではという新たな不安をまた一つ抱えため息をつかざるを得なかった。
宅哉とキスさせる辺りからノリで書いていたら妙な話の展開で、しかもやや長めになってしまいました。
今回は唯一の宅哉ルートというわけで宅哉くんにもちょっとぐらい良いことがあっても良いですよねという回です。別に宅哉との恋愛なんて見たくないでしょうし僕も書きたくないので宅哉くんの恋もこれで終了ですね。儚い恋ですこと。




