35、僕の彼女がメイド喫茶でメイドやってます。-文化祭編 K-
「さぁさぁ早く入りましょ 」
無事スリラーハウスからの脱出を遂げた僕たちはコトのクラスのメイド喫茶を見ようとコトの教室の前まできていた。コトが一体どんな可愛らしい格好をしているのかやや緊張しているとほのかに背中を押されるようにして中に放り込まれる。
「お帰りなさいませ、ご主人様 」
中に入ると早速メイドさんがお迎えをしてくれるわけだがいつも迎える側の僕がこうされるとどこか違和感を覚えてしまう。ホント慣れって恐ろしい。
「あちらの席でゆっくりしてくださいね、ご主人様 」
僕たちを出迎えてくれた水色髪の女の子はあらかじめ決められたセリフなのかそう言って案内する。それにしてもはじめの「おかえりなさいませ」から感情のこもっていない棒読みっぷりはすばらしい。顔も完璧なまでの無表情でこの子はやる気があるのかとさえ思ってしまう。
うぅーん、顔は可愛いがこの接客ではメイドとしては失格だな。僕がきっちりと指導してあげたいぐらいだ。って僕はなにを考えているのやら。
とにかく案内された席へ座ろうとすると隣のテーブルで見知った集団を発見する。
「あれ、ほのかちゃんとすばすばじゃん! やっほーー! 」
こちらが気づくよりも一歩早く向こうに気づかれたようで教室中にその声が響き渡る。もちろんその集団とはゆーりんのみんなであって芽衣以外にもあらかじめ来るといっていた人たちがいる。
「こんにちは、芽衣さんとそれに皆さんも。神凪さんの応援に来てたんですね 」
「あ、うん。そうなんだよ・・ 」
ほのかはゆーりんのみんなが来ていたことになんら驚きも示さず落ち着いた風に対応する。こういうところはほのかの少し大人びたような部分がよく現れる。
一方で今宮さんを含む椎名さんや菊さんはといえば頭を押さえて途方にくれていた様子だったがそうなるのも無理はない。というのも昨日僕のことがばれないようにと決めたばかりで芽衣がやらかしてくれちゃったからだ。
芽衣が普通のトーンで話したものならばここの教室にいる全員に聞かれることはもちろんなくせいぜい周囲の席に座って耳をそば立てている注意深い人だけだろうがよりにもよって芽衣の興奮した、教室全体に聞こえる声である。
驚いて全員がこちらを向いていたようにも見えるしおおよその人には聞こえたに違いない。おまけにここはメイド喫茶だからゆーりんに行ったことがある人が紛れている可能性だって十分にあるそういう場所なのだ。
「芽衣ちゃん 」
椎名さんが芽衣の言動をとがめる口調で名前を呼ぶ。芽衣もその口調と周りの雰囲気で自分がやらかしてしまったことに気づく。
「あぁー今のは嘘、嘘。そうそう私とスバスバは初めて会ったんだよね。うわー初めてだなぁ・・まったく知らない人だー。えーっと・・な、名前はなんていうのかな 」
芽衣はわざとらしく教室全体に聞こえるようにそう誤魔化す。もっとも相変わらずというかまったく誤魔化せていないが。
初めて会った人にうわー初めてだなぁなんて絶対に言わないと思う。そして初めて会った感じをかもしだそうと名前を聞こうと思ったのは感心に値するがその前にスバスバって言っちゃってるよ。
少なくとも今の一連のやり取りを聞いたみんなは僕が怪しい隠し事をしているのではないか、と疑うに違いない。
「とりあえず昴くんだったかな? 」
「はい、そうですが 」
「コトちゃんの彼氏らしいし僕のほうから自己紹介させてもらってもいいかな? 僕の名前は今宮っていってコトちゃんの働いてる店で働いてるんだよ。それでこの人たちも一緒に働いてる仲間で・・ 」
ここで今宮さんが機転を利かして自己紹介を始める。こういう会話を自然にしていればあたかも初めて会った風を装える。これでみんなが僕は怪しくないと信じてくれるかは不明だがあのまま芽衣に暴走させておくよりかは賢明だろう。
「ウチは椎名です。いっつもコトちゃんにはお世話になってます 」
「わ、私は金井よ。せ、せいぜい金井様っていうことね! 」
「私は菊池です。チーフをやってます 」
「麻衣は麻衣です 」
「ふぇ・・えーっと芽衣といいます。コトちゃんとは友達だよ、あっでもスバスバも友達と思ってるから安心してね 」
うーん僕の心の中のつっこみたい精神がうずうずしてしょうがない自己紹介だこと。
金井さんはプライドが許さないのかもしれないが初めて会った人に様付けを要求するとかどこの高飛車お嬢様ですか。
麻衣ちゃんも麻衣ちゃんで「麻衣は麻衣です」といわれてもむしろそうじゃなかったら恐いよな、と思うがそれはまだ許容範囲。問題はやはり芽衣で結局僕は初めて会った名前も知らない人なのか友達なのかはっきりして欲しいところだ。
「僕は糸谷昴といいます。一応コトの彼氏です 」
うぅっ、自分で彼氏ですって言うのはなんだか照れくさいものだがこの際しかたないか。ゆーりんのみんなは協力してくれてるのだ。ここで僕が躊躇ってどうする。
「そういえばすばっちはゆーりんに行ったことがなかったんだね。彼女の店なんだから行けばいいのに 」
「そうなんだよ・・また今度言ってみようかな 」
さらに状況を察したほのかまでもが合わせるように会話を進める。何の説明もなしに状況を理解するのは流石というしかない。
とにかく今周りを見渡してみてももはや誰も僕たちのほうを注目してるものはいない。ふぅ特にゆーりんのことを知ってる人もいなかったようで一安心だ。
「あ、あの・・ご注文はどうなさいますか? 」
そうやっているとコトが注文をとりに来た。入ったときから分かっていたことだがメイド服はゆーりんのピンクの少し派手な感じではなく白と黒のいかにもメイドといった色合いだった。
メイド服である以上おとなしい服装というにはおかしいがこういう感じでもコトには十分似合っている。
「えーっとじゃあこのお絵描きオムライスとウーロン茶にしようかな 」
「私もそれがいいわ 」
お絵描きオムライスを頼むと定番なメニューにしておいた、と表現されるのが普通なのだろうが実際のところはそうではない。というのもメニュー表に書かれてるのがオムライスとウーロン茶しかなかったのだ。
まあ、学園祭のメニューというのを考えれば簡単なものしか無理というのは分かるがそれでも手を抜きすぎではないだろうか。もはやこれでは注文を聞く意味さえ疑う。
「お絵描きオムライスとウーロン茶をお二つずつですね。それではすぐにお持ちいたします 」
始めは緊張ぎみだったコトもすぐに平生を取り戻し丁寧に頭を下げると去っていく。こういうところは流石のプロだがいくら仕事中とはいえ会話が出来ないのは物寂しい。
今日は新たなメイド姿が見れただけでもよしとするか。遠距離恋愛みたくコトと会える時間が限られてるわけでもないのだ。
「そうそう雪前さん。よければこれから私達と一緒にまわれないかしら? 」
「ごめんなさい、私もそろそろクラスの劇の準備に戻らなくちゃいけないんです。本当にすいません 」
金井さんがそうやってせっかく誘ってくれたところ悪いが(誘ってもらってたのはほのかだけで僕は誘ってもらってなかったかな? )僕たちの本番も刻一刻と近づいている。うぅ、考え出したら凄く緊張してきた。ただでさえ主役は緊張するのに女装までするんだからなぁ。
「そういえばもうすぐやったね本番。皆で見にいかんとあかんなぁ 」
「麻衣もみたい 」
「いよいよ本番だね。昴くんは主演と聞いてるけど心の準備はどう? 」
今宮さんにそう聞かれるがもちろん緊張しているに決まってる。しかも分かっていたこととはいえゆーりんの皆が見に来て期待されると余計に緊張を増すばかりだ。
たぶんコトと同様女装するというのは聞いていないっぽいし・・。
「お待たせしました。お絵描きオムライスとウーロン茶です 」
作り始めてたのか案外すぐに運ばれてきた。運んできたのは始めに案内してくれた水色髪の無表情女の子だがオムライスには「アイ ラブ ユー」のケチャップ文字の横に「コトより」と書かれている。
普段客としていくことはないのでこうされると新鮮でとても嬉しいものだ。そうだ、今度はお返しとして僕がメイド姿になってコトに書いてあげようか。いや、彼氏にそんなことされても嬉しくないですね。
「さてこれを食べたら本番だよ、すばっち。緊張もするけどみんな見に来てくれて楽しみだね 」
「あ、うん。そうだね・・ 」
緊張しすぎて楽しむ余裕のない僕はほのかに苦笑いでそう返すしかなかった。
遅くなって申し訳ございません。期末テストに加えていいのが書けないなあと四苦八苦した結果です。本当にすみません。




