34、先輩がスリラー屋敷でこわいです。-文化祭編 J-
「すばっち、暇・・なんだよね。一緒にまわらない? 」
ついに待ちに待った文化祭が始まった。とはいえ始まってすぐに劇の発表があるわけでもない。よって各自時間まで文化祭を楽しむわけだが僕は一緒にまわる相手がいないで困っていた。そこに声をかけてきたのがほのかだ。
「もちろん、いいよ 」
普通なら彼女がいる僕は断るべきなのだろう。しかし、先ほどもいったとおり僕は一緒にまわる相手がいなかった。というのもコトはうまいぐらいにシフトが噛み合わず今回の文化祭は断念せざるをえなかったのだ。コトのメイド喫茶を見に行くことで我慢しよう。
そして純と宅哉についてである。純についてはサッカー部がたこ焼き屋を出すということで手伝い、宅哉は生徒会として文化祭の見回りをしている。
「まずはあそこ・・いこっか 」
二人で歩き始めて何処に行こうか提案しようとしたらほのかに先を越される。ほのかの指差した先は3年生の展示。看板に書いてある文字は『先輩のこわさを知るスリラー屋敷』となっている。その題名がなにを意味しているのかは果たしてだがいわゆるお化け屋敷ということでいいのだろう。いきなりお化け屋敷とはハードルが高いなぁ。
「さあさぁ入った入った!! カップル一組入りゃーす 」
僕たちの会話を聞いていたのか無理矢理にスリラー屋敷の中に連れ込まれる。一応否定しておくべきなんだろうがカップルじゃないからな。
「うぅー雰囲気あるね 」
お化け屋敷に入ってすぐほのかは僕の制服の裾を掴みながら怯えた声でそういう。もっともほのかがそう言うのも無理はない。高校生のお化け屋敷なんて大したことないだろうと高をくくっていた。しかし実際には取り付けられた僅かな明かり以外は完全に真っ暗で周りにつけられた装飾やBGMでさらに雰囲気が増す。
「ほのかは怖いのどうなの? 結構平気なほう? 」
「ううん、全然っ 」
そうやってきっぱりと言い切るほのかに思わず「えっ? 」と聞き返してしまう。いや、自分からしかも初っ端から誘っておいて好きなのだとばかり思っていたからだ。
ううーん、どうして嫌いなところに行こうとしたのだろう。もしかして僕がこういうのが好きなのだろうと予測してのことか? 気遣いはありがたいがほのかが怖がってしまったら元も子もないのに。
「じゃあ、手繋ごっか 」
僕にやましい気持ちなどなく自然に手を差し出した。そしてこれこそがカップルだと気づいたのはほのかにその手を握り返された後だった。
柔らかな手をぎゅっと握り締める。驚くほどに小さくか細い手だ。僕がほのかと手を繋ぐのはこれで2度目になると思う。前回は握ってすぐに話した事故のようなものだったしそう考えると今回が初めてしっかりと繋いだことになる。
うぅーん、彼女がいる立場でこういうのはどうかとも思うが、やはりほのかを放っておくことなんでできない。
「僕がついてるから大丈夫だよ。それに本物がでるわけじゃないんだ。ほら、あっちが進路だからいこ 」
「うん、ありがと 」
暗闇のせいでほのかの顔を見ることができない。とはいえ手の震えは止まったし声もさきほどのような怯えた感じはない。本当に大丈夫なのかは分からないがまぁ何とかなるだろう。
「おう、おう、おうっ! 」
そうやって進みだして5歩目ぐらい。突如僕たちのところだけ明かりがともされ横のカーテンから誰かが出てきたかと思えば手をポケットに突っ込みながら男子生徒が厳つい声と顔で迫りよってくる。
顔には何のメイクも施されていないようだったがただただ睨みつけているのだ。坊主頭に鋭い目つきと、元の顔が恐いのにその厳つい態度が加わるともう恐ろしい。
「てめぇらなにイチャついてやがんだ! こちとらなぁ、彼女に振られたばっかでそんなことされると腹が立つわけよ。あんっ!! どう落とし前つけてくれんだ? 」
何がなんだか訳が分からない。一つ分かることといえばほのかがその男に悲鳴がでないほど怯えて僕の後ろで震えているということだけだった。それでも繋いでいた右手は離さず、痛いぐらいの力でぎゅぅっと握られる。
「あ、あのっっ! 」
声が裏返ったかもしれない。しかしこのときの僕にそんなこと関係ない。僕は自分自身恐いと思いながらもひたすらにほのかを守らなければという使命感が働いた。
「あん? 」
僕は必死に思いを言葉にしようとこの男をどうにかしてやろうとするが、それを遮るように男は直もいかつい声で威嚇する。いまにも殴られそうな勢いであっけなく僕の思考回路は破綻する。
どうしよう。どうしてこうなったのだろう。僕には無理だ。助けて。僕にはそんな無意味なことしか考えられなくなっていた。
「あん? なんとかいえやっ!! 」
男は一歩間合いをつめさらに威嚇を繰り返される。もう、駄目だ。僕にはほのかを助けることなんてできなかった。なんて哀れでかっこ悪いのだろう。
そうやって絶望感に覆われ目を閉じようとしたときだった。
「きゃゃぁぁぁぁぁーーーーっっっ!! 」
僕の真後ろから何かのチャイムとも捉えられなくもない悲鳴が鳴り響く。同時に目にとまらぬ速さで何かが男の顔面に直撃する。
はじめは何が起きたのか信じられなかったが状況はすぐに理解できた。単にほのかが恐さのあまり悲鳴をあげながら右手フックを男の顔面に当てたのだ。
そういえばほのかはマットに埋もれた僕を助けられるほどの並の男レベルはある力の持ち主だった。そう、僕の「か弱い女の子」レベルのパンチならともかくほのかのパンチをふいにしかも顔面直撃にくらったのだ。
男は床に倒れ鼻血も出ている。一大事というほどではなさそうだがその有様は同情できるレベルに悲惨なものだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁーっ! 」
そしてどうしたものかと戸惑う僕をよそにほのかは僕の右手を引っ張りながら出口のほうへ駆け出していった。
「はぁはぁ・・・・・・ 」
僕たちはスリラー屋敷を出た。いきなり男にからまれたことといい理解が追いつかない。
「なんか、ごめん・・ほのか。僕が頼りなくて 」
今はっきりしているのはほのかを守ろうとした僕が逆に助けられたという情けない事実だけだ。とりあえず僕には謝ることしかできなかった。
「うぅん、まったく気にしないで。いてくれるだけで心強かったよ。そ、それに守られる男ってのも良いと思うよ! 」
本人にとっては慰めのつもりなのだろうが守られる男って普通に残念なだけだと思うのだが。
「それにしてもこのお化け屋敷ってなんだったんだろうね? お化けかと思ったら普通に厳つい人がでてきただけだったし・・ 」
ずっと疑問に思ってたことを口に出してみる。こんな驚かす気のないお化け屋敷なんてお化け屋敷失格だ。別にグルメ評論家ならぬお化け屋敷評論家で口うるさいというわけではないがさすがにこれはひどすぎる。
「そのことで・・今気づいたんだけどさ・・ほら、これ見てよ 」
ほのかが指差すのは出口に貼ってある紙だ。
「えーっと・・・・・・ 」
『皆は先輩の恐さを知ることが出来たかな。これで君たちも先輩には礼儀をもって接しようね。 P.S ここをお化け屋敷だと思ったそこのあなた! ざんねぇーん!! 』
なんだ、これは・・。一度読んだだけでは理解し難い、いや理解したくない内容だった。
ここをお化け屋敷だと思ったのは僕たちの勝手な認識であって実際にはお化け的「怖い」ではなく物理的「恐い」を味わう場所、とこのふざけた紙は言いたいのだろう。
確かに思い返せばどこにもお化け屋敷とは書いてなかったし「こわさ」という字もあえてひらがなになっていた。よくこんな企画が容認されたものだ。
「ま、まぁ気を取り直して・・次は神凪さんのとこ行こう! 」
「うん・・ 」
ううーん、それにしても最後の挑発するような「ざんねぇーん」は腹が立つ。
僕は情けなさと腹立たしさというどうしようもない感情を抱えたままコトの教室へとむかった。
毎度のごとくおそくなってすみません。次話もテスト勉強のため最低2週間はお待ちください。
さて、文化祭編を書き始めようと思い立った時は3話ぐらいでしょ、と思い一話書いた時点で長引くなと・・それでもここまでいくとは思ってませんでした。これで10話目、結局15話いくかなというぐらいです。
これからもよろしくおねがいします。




