28、僕たちが動物園でデートします。-文化祭編 D-
「やっほースバくん! 」
塚本駅前の噴水で待つこと約5分。小走りでこちらに向かって走ってくるコトの姿が見えた。服装は上には紺のコートを羽織っていて下は白に黒の水玉模様入りの短めのスカート。今日もしっかりと可愛い。
「おはようコト。今日も似合ってるよ 」
「ありがと。最近買ったばっかのお気に入りなんだ。よかった 」
似合ってるとデートの度に言ってるような気もするが経験的法則から服装を褒められて嬉しくない女の子はいない。いや、僕の場合は女の子じゃないから経験的法則で言えば女の子の服を着た人は服装を褒められて嬉しくならないはずがない、が正しいか。
「それにしても結構早く集合しちゃったね 」
「もう、寒くなってきてスバくんをあんまり待たせられないからじゃない。スバくんはいっつも30分前とかに来るんだから 」
さて今日は動物園デートの当日。集合時刻は一応10時と設定したが現在時刻は9時35分。予定よりも25分も早い。こうなった元凶は完全に僕にあるわけで毎回のデートの度に30分前に来ているからだ。今回はコトが僕のことを気遣ってくなってしまった。
30分前集合は早すぎるのは百も承知だが心配性と信念からどうしてもこの時間で来てしまう。だって絶対に女の子を待たせるなんてマネはしてはいけないと思うし、仮に途中で忘れ物に気がついて家に戻って遅刻なんてしたくないじゃないか。まぁ家出る前に5回ぐらいは忘れ物チェックするからそんなこと一度もないんだけどね。
「じゃあ10時まで時間潰す必要もないし早く電車に乗ろうか 」
「うん 」
『まもなく動物園前、動物園前終点です 』
電車に揺られること30分程度。学校の色んなことについて話していたらあっという間に時間は過ぎて目的の駅につく。
「じゃあ早速レッツゴー!! 」
電車から降りるとコトは目の前の動物園まで駆け出す。コトはほのかと違い何度も来たことがあるはずだが楽しみにしてくれているのだろう。もともとコトは動物は好きなほうだしこれには納得がいく。
「はじめはピノちゃんだったよね。うわーっピノちゃんに会うの久しぶりだなぁ。小学校3年の遠足が最後だからえーっと・・7年ぶりだよ! すっごく楽しみ!! 」
「え、えーっとピノちゃん? 最初はゾウだよね 」
動物園に入場してすぐコトがそんな意味不明な動物の名前を出す。ピノって動物この動物園にいたっけ。この前ほのかと来たばかりだからゾウが最初であるのは確かなはず。というよりピノなんて動物この世に存在するのだろうか。どうもコトは久しぶりすぎて他の何かと勘違いしているらしい。
「もちろん。ゾウのピノちゃんだよね。あ、あれ? あの子の名前ってピノじゃなかったっけ。でも絶対ピノちゃんだったはずなんだけど 」
それを聞いて僕はやっと理解ができた。ピノって生物学的名前じゃなくて単純にあのゾウの名前なんだ。いや、でも待て。何でコトはあのゾウの名前を知っていた? もちろんゾウにも名前があって動物園の説明のとこに書いてあったりするかもしれないがそんなの覚えようともしないし増して7年も経っているのに。
「コトってどうしてゾウの名前覚えてるの? それとも最近どっかで名前を知る機会があったとか 」
凄く気になったので尋ねてみた。今日のために動物園について調べていたらたまたま目に入ったとか、あるいは動物園に入るまでにでていた看板に書いていたとかなら合点がいく。というよりそれ以外考えられない。少し考えれば分かったことだから聞く必要もなかったか。
「どうしてって逆にどうして覚えてないの? 動物さんの名前を覚えてあげるのは当然じゃない。ほらみんな飼ってる動物には名前をつけて覚えてるじゃない。それと同じだよ、みんなにちゃんと名前あるんだから覚えてあげないと 」
逆に聞き返されても困るし飼ってる動物と動物園の動物では話も違う。どうやらコトはここのすべての動物の名前を覚えているらしいが7年も経つのに素晴らしい記憶能力だ。恐るべし動物愛護パワー。
「じゃあ全員の動物の名前について教えてあげるから順番に回ろう! 」
そう言うコトに連れられてゾウのピノちゃんの前に到着する。
「ひっさしぶり! 元気だった? ピノちゃん 」
目の前にいくなりコトがゾウに向かって話しかけるとゾウはまるでそれに応えるかのように長い鼻を空に向かってあげる。
「元気なんだ。よかったよ 」
ゾウの返事に無邪気に笑うコト。はたしてゾウとの会話は成立しているのか、おそらくしつけをされているか客が来ているうちに覚えた一種の芸の類だろう。それでも僕はそうやって笑うコトを見ているだけで楽しい。もう動物園じゃなくてコト園でいいんだけどなぁ。
「あのねピノちゃんって名前はイタリア語で松ぼっくりって意味なんだけどね、名前をつけた飼育員が松ぼっくりを好きだったからなんだよ 」
「へ、へぇー 」
動物園の動物の名前決めが一飼育員の好きなものっていうだけで決めていいのだろうか。普通は見た目が何かに似ているとか可愛らしい響きの名前とかだと思う。いや、まだ飼育員の好きなものから取ったということはいい。
問題なのは松ぼっくりが好きな飼育員ってどんなやつだよ。どこに松ぼっくりに凄さを感じられるんだ? 松なら盆栽とかでわかるし栗とかならおいしいからわかる。ううーん世の中には色んな趣味の人がいるんだなぁ。
「次いこっか。じゃあねピノちゃん 」
ゾウに別れを告げて次は鳥のコーナーだ。一番初めに見えるのはトキ。ホオアカトキとかいう種類らしいけど詳しいことは分からない。
「この子の名前はクロノスっていうの、ほらトキって時間の時と同じ音でしょ。それで時間の神のクロノスからつけられたの 」
こんな地味な鳥一羽一羽にコトの名前解説がある。単純に聞いてるだけでも楽しいし嬉しそうに話すコトを見るのもいいので僕としては結構なことである。ところでトキに神の名前つけるってどんなネイミングですか。お前偉大すぎだろ。僕はお前を尊敬しなきゃいけないのか。
「それでこのボタンインコの名前はエノグっていって・・ 」
その後もコトの解説は続きあっという間に時刻は12時30分。お昼時となった。
「じゃーん!! 今日のお弁当はサンドイッチでーす! 」
近くのベンチに移動しコトは風呂敷からサンドイッチの入った弁当箱を出して蓋を開ける。一般的なサンドイッチではなく1口サイズで食べやすいように施されていた。見たところ具はタマゴとツナ、ハム、カツの4種類のようだ。
『ぐぅー』
正直な僕のお腹は40センチほどの距離にあるコトにも聞こえるぐらいの音で鳴った。案の定聞こえていたらしく小さくクスッと笑って
「さぁさぁ食べよ 」
コトはそう言ってあらかじめ弁当箱の中に入っていた爪楊枝でタマゴのサンドイッチを刺す。爪楊枝を持った右手がそのまま彼女の口のほうへ持っていかれるのかと思っていたら違った。
僕の口の前まで持ってきて手を静止させる。彼女は何をやりたいのだろう。まぁ僕でも予想はつくけど。
「はい、あーん 」
ごく自然な流れで彼女の口から甘い言葉が発せられる。目の前を5、6歳ぐらいの男の子を連れた家族連れが通っていく。さらには60代のおじさん。
ってあれものすごくほのかのときの光景がデジャブっている気がする。よく考えれば動物園のベンチで一口サイズのサンドイッチをあーんってまったく同じじゃないか。偶然にしてはよく出来過ぎている。こんな言い方したらコトがほのかと何か企んでいるように聞こえてしまうがこのコトはほのかの変装だったとかそんなことはないと思う。たぶん完全な偶然だ。
「ん。じゃあ 」
けれど僕はあのときのように少し抵抗したりはしない。知らない人から痛い目線をぶつけられてもいい。何せ僕たちは付き合ってるんだから。
次回はデートの後編です。




